カサンドラの足掻き その3

 立憲政友党阿蘇経済財政担当大臣の選挙本部は、新宿の桂華ホテルに設置された。

 泉川副総理が支援をした事で、泉川派の人間が場を仕切っている。

 集まったスタッフ達が必至に電話を掛け続けていた。


「はい。

 ですからご支援を……ありがとうございます」


「今回の総裁選の投票、候補者を決めているでしょうか?」


 総裁選は基本何でもありだ。

 こうやって党員・党友に電話を掛けまくって協力を要請する事もあれば、料亭で先生にドンと札束を積むこともやる。

 負け戦覚悟ではあるが、その負け方で阿蘇大臣だけでなく泉川副総理の今後も決まるから皆真剣である。

 だからこんな事も平気で言う。


「○○さん。

 貴方県連会長で県議会議員なんだから、貴方が民意を代表しているじゃないですか!

 当日はどうか貴方の意志で票に名前を書くべきなんです!!」


「たしか、そちらは東京での党大会投票は、代表と青年局と女性局に一票ずつ割り振って、互いに票を見せあって投票する仕組みでしたな。

 我々が総裁選選挙管理委員会に掛け合って、敷居を用意しました。

 ええ。

 書いて投票する瞬間は誰にも見えないようになっているんです!!!」


 選挙システムへの介入。

 結果が分かって、それを尊重する形で県連代表が上京して党大会で投票するからこそ、こんなお願いまで出る始末。

 本当にここまで来ると何でもありだから笑う。

 それでも勝てば正義なのだ。


「え?

 恋住陣営は名簿を買っていない!?」


 タレコミ情報に本部の中に居た人間の動きが止まる。

 情報を持って来た阿蘇大臣付きの記者も首をかしげている。


「ええ。

 恋住陣営はチラシすら作っていないようです」


 何を考えているというか得体の知れない恐怖感に襲われている中、私達は奥の部屋で飲み物を飲んでいた。

 駆り出された裕次郎くんの応援である。


「すまないね。

 栄一くんに桂華院さん。

 何でもありだからこそ、二人の力を借りたい」


 裕次郎くんが頭を下げるが、同じように泉川副総理も私に頭を下げたのは言わないでおこう。

 党員・党友の名簿は本来氏名住所に連絡先くらいなものなのだが、そこに政策や政治的立ち位置や趣味や嗜好まで記載されている議員にとっての生命の源泉である。

 この手の名簿を議員から入手するのも一人あたりお金がかかるので、本気で金が乱れ飛ぶ。


「友達だから協力はするけど、実際どうなの?」


「厳しいなんてものじゃないね。

 阿蘇氏の地元の福岡と、うちの地元がある関東で一・二個、桂華院さんと栄一くんのおかげで北海道と千島と愛知ぐらいかな。

 そうなると、最大で15票に議員票が70から80って所だから100届くかどうかかな」


 裕次郎くんは壁に貼られた日本地図を眺める。

 各地で恋住候補の優勢が伝えられていた。

 当選は無理でも善戦狙いだからまだ気は楽であるが、この勢いには唖然とするしか無い。


「そろそろ、恋住候補の街頭演説が始まるぞ」


 栄一くんがTVをつける。

 このTVは局の放送ではなく、派遣したカメラマンの生放送用のカメラを受信させてもらっている。

 TV局にこういう事を頼む当たり、本当に何でもありだなと苦笑するしか無い。


「皆さん!

 今の日本は閉塞感で覆われています。

 どうしてだと思いますか?

 政財官のトライアングルが疲弊しているからです!!」


 初っ端から言い切りやがった。

 そしてそれが心を打つのが分かる。

 画面をよく見ると、聴衆が次々と携帯電話やPHSを掛けているのが分かる。

 歩いていた人たちが立ち止まってゆく。


「我々は変わらねばなりません!

 改革無くして、未来はありません!

 既に省庁再編で官は変わりつつあります。

 次に替わるのは政治です!!」


 そして、運命の言葉を私達は画面越しに聞いた。

 この人の凄さは、現場に居ない私達にすら声を届ける所だ。

 まさにTVが生んだ化物。




「私は、この立憲政友党をぶっ壊します!!」




 一気に沸く聴衆。

 歓声に拍手が止まらない。

 私達だけでなく、事務所に居た全員が聞き入ってしまっていた。


「国民の皆さん!

 私に、立憲政友党に力をください!

 皆さんの力を!!

 支えていただけるならば、政治改革を断行し、不良債権処理と財閥を解体し、この日本を変えてみせます!!!」


 魅入ってしまう。

 そしてその言葉に酔ってしまう。

 そこには酔わせるだけの魅力と現実としての閉塞感があった。

 不良債権処理は道半ば、北日本を吸収した事による統一コストと少なくとも2000万人はいる元北日本政府国民の二級国民扱い問題、ロシアとの北樺太の帰属問題等問題は山積。

 それに対処できずに政権は一年どころか半年で変わり、財閥は肥え太っているように見える。


「負けたな」


 子供は正直だ。

 役に立たないけど仲間はずれにする気がないので一緒に来た光也くんがぽつりとつぶやき、その言葉を私を含めた誰も否定しなかった。

 その暴風は容赦なく地方選で猛威をふるった。

 最初の樺太道と千島県は、恋住氏の圧勝。

 続いて、21日の兵庫、広島、徳島、福岡の四県は、広島は鶴居元建設大臣の地元で取ったのに、阿蘇氏の地元福岡は恋住氏に持っていかれるという屈辱的敗北を喫する。

 それ以上に屈辱を味わったのは、序盤から優勢を伝えられていた端爪元総理で、翌日の七県の結果で撤退を検討なんてニュースが飛びこんでくる始末。

 そして、運命の22日。

 その結果は恋住氏の全勝だった。


 恋住氏が総理の階段を駆け上がる時、私は自分の地盤と思っていた北海道や徳島の敗北を受け入れ、ここから長い戦いが始まると覚悟せざるを得なかった。




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参考文献

 溜池通信2001年4月

 http://tameike.net/diary/apr01.htm



色々愉快な隠語たち

 生一本     所属している派閥の意向に従うこと

 ニッカ     二派閥から金をもらうこと

 サントリー   三派閥から金をもらうこと

 オールドパー  あちこちの派閥から金をもらい、結局誰に投票したか不明なこと



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