カサンドラの足掻き その2

 林政権の崩壊は民意の不信任を選挙で突き付けられた形で追い込まれた。

 三月の千葉県知事選についで、必勝を期した四月の秋田県知事選でも惨敗。

 これで、参議院は完全に戦えないと党内が見限ったのである。

 で、ついに立憲政友党総裁選が始まったのだが、この総裁選に林総理は二つの仕掛けを残していった。

 一つは党員票というものを作り都道府県単位で三票総取りで割り振ったこと。

 全部取ったら49都道府県で147票となり、国会議員票の1/3近くに迫れるという事。

 そして、この仕掛こそ林総理渾身の罠なのだが、地方選開票と議員投票開票を別の日にした事である。

 それをアンジェラの一言が的を射ていたので、紹介させてもらおう。


「彼ら、一週間程度で大統領選挙の予備選をするつもりなんですか?」


と。

 そのとおりである。

 このシステムだと、勝ち馬への乗り換えが可能なのだ。

 そして、敗者が撤退とかするので、ダイナミックに候補者が決まる。

 議員票を抑えているからとのんびり構えていると、容赦なくその前で叩き落とされるこの罠に気付いている人間が未来を知っている私しか居ない。

 だから、多くの議員達が立候補を表明した端爪元総理に付こうとしている。


「小さな女王様。

 我々も彼に付くべきかね?」


 電話口の泉川副総理の声は困惑に近い響きがあった。

 それはそうだろう。

 今やTVを賑わせている立憲政友党総裁選は、一人の男の劇場と化していたのだから。


 恋住総一朗。


 元厚生大臣で銀髪のライオン宰相と後に呼ばれる彼は、立候補を決めてから一躍時代の寵児となった。

 そのTVを眺めながら私は泉川副総理にぼやく。


「完全に林総理にしてやられましたね。

 これ、恋住さんに持ってゆかれますよ」


 時代が彼に味方していた。

 渕上元総理が病気引退で端爪元総理が派閥を継承したけど、その端爪元総理が前の参議院選挙で敗北した当事者だったという事。

 目前に迫った参議院選挙の対応を巡って、端爪派内で路線対立が勃発した事。

 林総理に引導を渡した端爪派の仕打ちに激怒した恋住氏が出馬を決めると、党内反主流派がそれに乗った事。

 秋田知事選が端爪派有力議員の子息が候補者で全面支援をしたのに惨敗した事。

 財団法人中小企業発展推進財団の汚職事件で、端爪派の有力議員が捜査線上に上がり、端爪派の現役閣僚が辞任に追い込まれた事。

 渕上元総理が事態の収拾に動きたくても、彼自身が捜査線上に上がり動きを封じられた挙げ句に端爪元総理も名前が出てしまった事。

 そして、端爪元総理の他に阿蘇経済財政担当大臣、鶴居元建設大臣が出馬を宣言して地方票の比重が更に大きくなった事があげられる。

 地方票を無視して議員票でひっくり返しても参議院選挙には勝てないし、恋住氏ら反主流派は負けたら離党と退路を絶っての決戦で死力を尽くしていた。

 

「だろうな。

 うちの若いのも彼に応援しているやつが居る。

 下手すれば派を割りかねん」


 私も苦笑するしか無い。

 彼のスローガンである『立憲政友党をぶっ壊す』の下に付いた公約は、『郵政民営化・構造改革・財閥解体』なのだから。

 乗れない。

 彼には絶対に乗れないが、彼が勝つのを知っているジレンマ。


「好きにさせるしかないでしょう。

 そうなると、狙われるのはうちでしょうね」


「たしかに、新興財閥として目立って他の大手財閥も生贄として差し出しやすいか。

 持ちこたえられるのかい?」


「そのためにいろいろしておりますから。

 足掻くだけ足掻きましょう。

 私は阿蘇大臣を支援しようかなと」


 泉川氏の声が途切れる。

 少なくともその名前を聞くのは意外と思っているのが電話越しに分かる。

 この時点で彼に賭けるリスキーさを説明するのも面倒なので、別の理由ででっち上げる。


「枢密院です」

「なるほど」


 華族の牙城で、国会閉会時における代理権限もある枢密院はその機能を今は停止して久しいが、その機能は停止しているだけだ。

 恋住氏が総理総裁になった時、彼を止めるシステムを探すと枢密院しか残っていない。

 そして、阿蘇大臣はその華麗な血脈から華族としても名を馳せている議員だった。


「彼とは遺恨がない訳ではないが、かつては同じ釜の飯を食べた仲だ。

 少し手伝ってやるか」


「ありがとうございます」


 泉川副総理と阿蘇大臣は立憲政友党が野党になる前に同じ派閥の仲だった縁がある。

 その後、野党時代に派閥が分裂して今に至っている。

 手を差し伸べると同時に、そろそろ泉川派の後継者を考えないといけない頃だから、後継者候補になってくれるとありがたいといえばありがたいというそんな一手である。

 泉川副総理は少し間を置いて、私に確認を取る。


「それでも負けるか?」


「ええ。

 色々考えましたが、勝ち筋が見付かりませんでした」


 それから少し話して私は電話を切った。

 つけっぱなしのニュースでは、立憲政友党地方選の日程が丁度流れていた。


『立憲政友党地方選ですが、党執行部は23日一斉開票を求めているのに、従うつもりがない道県が出ている模様で、執行部はこれを黙認する方向です。

 これにより地方選は、20日の樺太道と千島県を皮切りに以下のスケジュールが……変更の可能性もあり……

 4月21日に兵庫、広島、徳島、福岡の四県。

 4月22日に北海道、青森、山形、神奈川、石川、和歌山、愛媛、鹿児島の八県。

 4月23日に残りの都府県連が予備選を行い、24日に党本部で議員総会及び投票……』



 翌日の朝刊にはこんな記事が一面を飾っていた。

 時代という大河に足掻いても押し流される。

 これも彼の人の登場を押し上げるのだろうな、私は新聞をテーブルに置いて学校に行った。


『政界激震!

 泉川派が阿蘇経済財政担当大臣を支援表明!!

 政界に激震が走った。

 立憲政友党総裁選で、泉川派が阿蘇経済財政担当大臣の支援を表明したのだ。

 阿蘇大臣と泉川副総理はかつて同じ派閥の中におり、野党転落時に袂を分かったという過去がある。

 今回の支援で表明は泉川副総理からの手打ちのサインとみられ、恋住ブームに一石を投じる事は間違いはない。

 これに対して、長く主流派として優遇していた泉川派の阿蘇氏支援は端爪派にとっては青天の霹靂に等しく……』




────────────────────────────────


49都道府県

 47都道府県+樺太道+千島県


知事選

 与野党対決になりやすいので、民意のパロメーターとして政局に使われてきた。

 多分とどめを刺されたのは千葉知事選で、組織の機能不全が完全に露呈したのが秋田知事選。

 調べれば調べるほど、この時のあの党は彼が出るべくして出たのだなぁとしか思えない。


端爪派

 渕上総理が引退したのと、参院対応で中が割れたのが痛い。

 というか、参院選戦犯の端爪氏をよりにもよってまた参院選の看板にという所が党員の怒りを買った。


日程

 今は基本地方票と議員票はともに総会で開かれる。

 これの怖さを思い知ったのか、今に至るまでこの形式は行っていない。

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