鳥風会定例会

 桂華グループの社長会である鳥風会は微妙な緊張の中に包まれていた。

 中堅財閥から急速に事業規模を急拡大させて企業序列がやっと定まったと思ったら、その中核企業群の岩崎財閥への合併や買収である。

 動揺しない方がおかしい。

 で、彼ら社長会で私の買った会社は私の出席を求め、それに対して旧桂華財閥系は仲麻呂お兄様の出席を求めた。

 そしてもう一人。


「はじめまして。

 瑠奈君。

 今日は、オブザーバーとしての参加だからよろしく」


 帝都岩崎銀行頭取。

 岩崎弥四郎。

 岩崎財閥御三家のドンの一人直々の出席である。


「では、鳥風会定例会を始めたいと思います。

 まずは、我らの新しい仲間を紹介したい」


 議長として議事進行を進めるのは桂華製薬の清麻呂義父様が務める。

 清麻呂義父様の声で末席に座っていた社長達が挨拶をする。

 私が立ち上げた桂華鉄道の社長、次に救済した越後重工、桂華部品製作所の社長と挨拶が続き、現在事業再編中で支援を求めている四洋電機の社長はオブザーバー参加である。

 挨拶の後に拍手が起こり、続いての議題に移る。

 今日の社長会の本題である。


「次は知っていると思うが、我が桂華院財閥を源とする企業は岩崎財閥との統合を決断した。

 その上で、この会の存続と序列について話し合いたい」


 社長たちの緊迫した視線の先に私がいる。

 つまり、私の企業群の処遇をどうするかという話なのだから。

 もう少し話を深くすると、桂華院家は岩崎財閥の株主の一人として経営から身を退く訳で、そんな中で経営から身を退くどころか積極的に関わって事業をここまで拡大させた私という才能をどうするかという話でもある。


「我々としてはこの会の存続を希望したい所ですな。

 互いを知るにはもう少し時間が必要でしょうし」


 私の企業群を代表して桂華金融ホールディングスCEOの一条が声を上げる。

 私の企業統治は一条が居る桂華金融ホールディングスを押さえる事による間接支配だ。

 岩崎財閥の狙いが彼の率いる桂華金融ホールディングスなのは明らかだ。

 私も今は事業中核となっている桂華金融ホールディングスを手放すつもりはない。


「一条CEOの意見を尊重する場合、序列の変更はどうしても出てくるでしょう。

 その場合、桂華金融ホールディングス、帝西百貨店、赤松商事あたりが御三家になるのかな?」


 仲麻呂お兄様の立場は桂華金融ホールディングス社外取締役では無く、財閥一族桂華院家次期当主としての発言である。

 それを理解している一条は、多分事前に用意していた椅子を仲麻呂お兄様に勧める。


「仲麻呂様には、帝西百貨店及び赤松商事の社外取締役に就いていただきたく。

 また、引き続き桂華製薬、合併後は桂華岩崎製薬にも御三家の席についていただきたいと思っています」


 そうなると、席順は桂華金融ホールディングス・赤松商事・桂華岩崎製薬という形になる。

 少し先の話になるだろうが、清麻呂義父様が引退後仲麻呂お兄様が何処を本社とするかでこの話は更に変わってくる。


「私の席は桂華岩崎製薬のままでいいのかな?」


 桂華岩崎製薬は合併しても製薬企業大手下位にしかならず、メガバンク入りをした桂華金融ホールディングスや絶賛リストラ中だが業界最大手になった帝西百貨店、総合商社でもトップ5入りを果たしている赤松商事などに比べると明らかに見劣りがする。

 一条はそれを踏まえた上で、こう告げる。


「ご自由に。

 社外取締役でいいなら席はどこでも用意しましょう」


 現在の主要企業に仲麻呂お兄様を社外取締役で置くのは、桂華院家の監視を受け入れるという意味と桂華院一族を無下にしないというメッセージである。


「オブザーバーだが、発言いいかな?」


 瞬間、皆が息を飲むのがわかった。

 議長役の清麻呂義父様が頷いて、帝都岩崎銀行の岩崎頭取が口を開いた。


「ここには旧桂華財閥系メインバンクとして来ている。

 その旧財閥系が岩崎財閥の仲間入りをするのに対して、君たちを見捨てるつもりはない事を告げておきたい」


 そこで一区切り置いて、岩崎頭取はまっすぐに私を見据えた。


「どうかね。瑠奈君。

 君が持つ企業群、全て持って我々の所に来ないかい?」


 ぞくりと体が震えた。

 彼はこの一言の為だけに私の所に来たのだと悟った。


「今はお断りします。

 まだ私にはやらないといけない事があります」


 それだけの言葉を出すのに私の額に汗が吹き出る程度の時間を要した。

 岩崎頭取は少なくともその日はそれ以上何も言っては来なかった。




「瑠奈。

 よかったら、瑠奈が言っていたやらないといけない事が何なのか教えてくれないかい?」


 鳥風会定例会合終了後。

 一緒に帰る事になった仲麻呂お兄様は当然それを聞き出そうとし、私は用意していた答えを口にした。


「泉川副総理や渕上元総理との約束です。

 不良債権処理を終わらせるって」


「瑠奈は私達大人が信用できないかい?」


 仲麻呂お兄様の質問に『はい』と答えたい私がいるのだが、笑顔を作って我慢する。

 皆が最善を努力した結果、みんなで最悪に突っ込んでいった未来を知っているから、信用できるわけがないなんて言えるわけもなく。

 

「お嬢様」


 助手席に乗っていた橘が声を掛けてテレビをつける。

 米国大統領選挙は壮絶な大接戦の末に、最終決戦地フロリダ州の帰趨に焦点が移っていたのだが、そのフロリダ州の地図が赤く塗られていた。

 私は仲麻呂お兄様が居るのにも関わらず、大きく大きく安堵のため息をついて大統領選挙にまで絡んでいた事を自ら暴露してしまうのだが、今はそれを気にする余裕はまったくなかった。




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岩崎弥四郎

 オリキャラ。

 財閥経営なので、岩崎一族の登場として出した。

 なお、日本の商家よろしく岩崎家の娘と娶って養子に入った口という設定。

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