汚水の浄化は一日してならず

「門野生命保険と川井生命保険の二社が桂華金融ホールディングス傘下の極東生命と合併すると発表がありました。

 これは、事実上の桂華金融ホールディングスによる救済であり、桂華金融ホールディングスCEOの一条氏は『桂華ルールに則って二社との合併を決めた』とコメントを発表しております。

 桂華金融ホールディングスは、今年春に共鳴銀行と桂華銀行の合併を決定した後に、丸々火災海上保険を救済合併し桂華海上保険と経営統合を発表。

 今回の合併で極東生命は桂華生命保険と改名する事を決定しており、組織の大幅な再編は避けられない状況となっています。

 共鳴銀行が桂華銀行と合併する事でリテール部門の強化を、桂華海上保険は損保部門の強化、桂華生命は保険部門の強化とそれぞれ弱い所を補強する事ができ、経営基盤を強化したと言えます。

 これらの救済に桂華金融ホールディングスは保有する帝西百貨店グループの放出を検討しており、帝西百貨店の再上場は日本経済にとって明るいニュースになるでしょう。

 一方で野党をはじめとする議員たちの間には、『公的資金を拒否している桂華銀行にも公的資金を入れて再国有化を検討すべし』という声が出ており……」


 私はリモコンを押してテレビのニュースを切る。

 バブル崩壊後の一人勝ちに見えなくもない桂華グループへの風当たりはやっぱり強い。

 とはいえ、救済合併で助けた丸々海上保険と門野生命と川井生命の三社は本来ならば経営破綻する事になっており、現在の株価が22000円台で含み損が少なかった事で救済合併に踏み切れたというのがある。

 これも大蔵大臣として睨みを効かせてくれた泉川副総理と私の連携プレーのたまものではあるのだが。

 それを野党はあまり面白い目では見ていない。

 大臣の功績は与党の功績であり、自分たちの存在意義に関わるからだ。


「どこまで持つかなぁ……」


 ソファーで横になって私はぼやく。

 これで金融関連でヤバイ所はあらかた片付けた。

 銀行・証券・保険とも美味しい優良金融機関の出来上がりであり、それを売っぱらってしまえば日本の不良債権処理の山は越えたことになる。

 だが、そこまで政治は待ってくれそうにない。


「お嬢様。

 よろしいでしょうか?」


 橘の声に私はソファーから起き上がる。

 そして、橘の報告に私は額に手を当てたまま再度ソファーに倒れ込んだ。


「財団法人中小企業発展推進財団から与党複数政治家に利益が供与されたと週刊誌がスクープを出し、マスコミが騒いでいます。

 村下副総裁をはじめ渕上元総理や現職大臣などの名前が上がっており……」




「おそらく、派手に動けるのはここまでになります」


 TVでは取材陣が村下副総裁に群がり村下副総裁が釈明に追われているが、説明のしどろもどろさから持たないのは明白だった。

 既に彼の派閥参議院議員が逮捕&議員辞職しており、村下副総裁の議員辞職は避けられない。

 なお、渕上元総理も捜査線上に浮かんでいたが、治療入院の為に先の選挙で引退した事で助かったらしい。

 ちなみに、渕上元総理の選挙区には娘さんが立候補して当選している。


「私も同意見だね。

 官房長官の辞職に続いてこれだ。

 年末に内閣改造をするから私は外れるかもしれないな」


 電話の先にいる泉川副総理がため息をつく。

 党内の不満を解消する手の一つに内閣改造がある。

 これで大臣予備軍と呼ばれる議員達を入閣させて箔をつける事で、派閥の不満を解消するのだ。

 泉川副総理が就いている大蔵大臣は大物ポストだから欲しがる人間も多い。


「ゼネコンとスーパー太永までは片付けておきたかったのですが」


「小学生でできるのだから俺にもという輩が多い証拠だろうな。

 人は見たいものしか見ないものだよ」


 泉川副総理の声には苦味がある。

 来年には省庁再編が起こり、大蔵省は財務省と金融庁に分割される。

 これは金融行政が金融庁に移ることを意味するだけでなく、財務省と金融庁に分かれる事で中の官僚の序列が崩れることを意味していた。

 つまり、今までのようなスタンドプレーは、金融庁的には新しくできた組織ゆえに見逃せない。

 桂華金融ホールディングスが手持ちの帝西百貨店グループ株を売却する理由はこれで、再上場させる事で得た資金で日銀特融の返済をする事にしたのだ。

 桂華金融ホールディングスは不良債権の少ない優良メガバンクではあるが、その経営安定の為に多額の日銀特融が注ぎ込まれている。

 無担保無制限だからこそ、この日銀特融だけは返す必要があった。

 野党はこの日銀特融を問題視しており、八千億円という安値で買った桂華グループから取り戻す事を主張していた。


「外資に売れば一兆五千億円は堅かった桂華銀行を半値に近い八千億円で売るなんて言語道断!

 今からでも国有化して、外資に売却し財閥から会社を解放すべし!!」


 一番危ない時に手を上げたのが私しか居なかったという事をきれいに忘れて、そういう事をのたまってくれるから怒るより呆れる。

 彼らは桂華金融ホールディングスに公的資金を注入し、転換社債を発行させることをもくろんでいた。

 日銀特融が融資だからこそ返済すればよいのに対して、転換社債はある一定条件を満たすと株式に転換するから転換社債。

 四社の救済を桂華ルールで申請した日銀特融では無く転換社債にして株式に転換すれば、その発行額から桂華金融ホールディングスは再国有化されかねない。  

 この資本の強制注入を私は拒んでいた。


「私は外れるだろうが、何とか柳谷君の金融庁長官の椅子だけは死守させる。

 あと押さえるのは国土交通大臣かい?」


 来年の省庁再編でできる予定の国土交通省は公共事業の許認可権を一手に握る巨大官庁である。

 桂華金融ホールディングスへの締め付けが厳しくなっているので、ゼネコン救済は側面支援として仕事を与えることで支援するセカンドプランを考えていた。

 そこで出てくるのは京勝高速鉄道を買収し四国新幹線をぶち上げた桂華鉄道で、サッカーワールドカップ絡みで豊前交通を買収し大分空港連絡鉄道を計画していた。

 これは開発している由布院温泉向けで、観光列車に力を入れる九州の目玉の一つにしようと言う意図である。

 

「ですね。

 しばらくは鉄道に力を入れようかなと」


「狙いは新幹線の新宿延伸かい?」


 東北・上越新幹線の新宿延伸。

 用地が確保されているが巨額の建設費用がネックで尻込みしている区間だが、できれば儲けは莫大なものになる。


「ええ。

 お国のために色々苦労してきました。

 少しは己の利を取ろうかなと」


「小学生に言わせる言葉じゃないな。

 つくづく己の無能を思い知るよ」


 三兆円という物流企業最大の有利子負債があるスーパー太永の処理や、これから本格的に始まるゼネコンや不動産企業の不良債権処理の為にこれから動くつもりだったのだが、この動きを政治に止められるのが痛かった。

 何しろこのスキャンダルの他に、林内閣の官房長官が女性問題で辞職を余儀なくされた後のこれである。


「お気になさらず。

 泉川先生には色々と助けてもらって感謝しています」


「それはこれから先に出会う政治家にも言ってあげなさい。

 君の人生は長いのだ。

 君が私に言ったような台詞を言えるような政治家と出会える事を祈っているよ」


 12月に内閣改造が行われ、泉川副総理は副総理として残ったが大蔵大臣は外れることになった。

 彼とは裕次郎くんとの縁で何度も会う事になるが、この一年の事を互いに何度も振り返って話す事になる。




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この頃の自民党はたしかに清濁が混じりきっていた。


門野生命保険と川井生命保険と丸々火災海上保険

 この年に潰れた生保と損保で、不良債権処理ハードランディングの序章となる。

 なお株価はこの年右肩下がりで、日経平均は13000円を割り込んでいる。


財団法人中小企業発展推進財団

 KSD事件。

 調べたらかなりの人間の名前があがる結構大きな汚職だった。

 なお、このタイミングで官房長官の女性スキャンダルが発覚するからもうめちゃくちゃ。

 そりゃ、加藤の乱も起きるわな……


大分空港連絡鉄道

 元々鉄道が走っていたが、大雨で橋が流されて廃線に。

 その後で大分空港の場所が決まるという不運な路線である。

 あの空港を使うなら福岡空港まで出た方が楽だったりする。

 なお、作った後は大分空港-別府-大分-由布院という観光特急が走る予定。

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