短冊に願いを

「雨ねぇ……」


 放課後の学校のいつもの図書室で、私達はいつものように駄弁っている。

 四人の目の前に置かれているのは、一枚ずつ配布された短冊。

 七夕である。


「いざ願いって言われてもなぁ。

 思い付かないんだよ」


 栄一くんが短冊を前に悪戦苦闘している。

 かと思えば、裕次郎くんは短冊を手に取って裏表をひらひらと眺めている。

 光也くんはさっさと『次のテストで一番が取れますように』と書いて放置していた。


「別に叶うわけでも無いのだからさっさと書いてしまえばいいだろうに」


 光也くんに私は乙女チックに指を振って大げさに告げる。

 私の短冊にも何も書かれていなかった。


「駄目よ!

 こういうのは、あれこれ考えているのが楽しいんだから」


「で、考えすぎて、ドツボにハマると」


「裕次郎くん。しゃらっぷ!」


 実に可愛らしい和製発音で裕次郎くんのツッコミを封じた後、私は栄一くんに話を振る。

 たしかあそこの一族には、ちょうどいいルールがあったはずだ。


「栄一くんは例のルールでもそろそろ書けばいいじゃない。

 『一代一事業』だっけ?

 何をするにしても、大まかな目標ってそろそろ決めてもいいと思うし」


「……既にその事業をやっている瑠奈が言うと嫌味に聞こえるんだが」


 ジト目で私を見詰める栄一くんに光也くんが続く。

 その手には経済新聞が握られていた。


「時価総額三兆円を超える銀行を牛耳る大株主が何を言っているんだ?」


「帝西百貨店と赤松商事もあるから、時価総額は五兆を超えるんじゃないかな」


 さらに追撃をかける裕次郎くんにまるで国会答弁のように私が煙に巻く。

 もちろんつっこまれること前提でだ。


「私一人で何かしている訳じゃないわよ。

 ただ、株式を保有しているだけ」


 つくづく思うが小学生の会話じゃないな。これ。

 そんな事を思って苦笑していたら、栄一くんが真顔で言い放つ。


「瑠奈。

 俺は、お前を越えたい」


「……身長?」


「この間越えただろうが!!」


 怒り気味につっこむ栄一くんだが、地味にトラウマだったらしい。

 最終的に高身長のイケメンになるからいいじゃないかといじっていたから気にしていたらしい。


「事業家としてだ」


「私、投資家で事業家じゃないわよ」


 栄一くんの宣言に私が訂正を求めるが、男子三人供そろって首を横に振りやがった。

 なんでだ。


「瑠奈。

 つっこんでやるが、その短冊の横に置かれている設計図とイラストは何だ?」


 私は短冊の横にあった設計図とイラストを見せて微笑む。

 場所は九段下で、元債権銀行が在った場所だ。


「今度建てるビルの設計図とイメージイラスト。

 順調に行けば三年後にはできるんじゃないかな。

 地下二階で地下鉄と直通させて、一階はコンビニとかカフェを置いて、半分はオフィスでうちのファンドの本部が入る予定。

 残りは桂華ホテルの高級スイートホテルとして使う予定。

 最上階は私のオフィス兼屋敷ね。

 屋上は緑地庭園にして、私の独り占めって素敵仕様なの。

 ここに屋敷を移す予定だから、完成したらパーティを開きましょう♪」


 こっちはイメージを語っただけだが、いい感じに建築会社が設計してくれて大満足である。

 で、そんな私に今度は裕次郎くんが突っ込む。


「これ、事業主体が桂華グループじゃなくて、ムーンライトファンドなんだ?」


「ええ。

 私の家だから、私が責任を持たないと駄目でしょう?」


 で、最後のツッコミは光也くん。

 設計見積りにあるゼロの数を数えながら一言。


「で、総事業費数百億円は誰が払うんだ?」

「ムーンライトファンドの実質的所有者の桂華院よ?」


 君達のような勘の……いかん。

 まだ世に出ていないな。この言葉は。

 という訳で、女の武器である笑顔で三人を黙らせる。


「なぁ。帝亜。

 これを超えるのか?」


「僕はちょっときついと思うな」


「瑠奈でもできた事だ。

 俺にできない訳がないだろう?」


 うん。

 その心意気は買おう。

 けど、これ呼ばわりはひどいと思う。

 そんな私の内心など気にせずに、短冊に『瑠奈を超える』と堂々と書こうとする栄一くんの短冊を取り上げる。


「何をするんだ!瑠奈!」


「一応名前は秘密に願います。

 女の子の世界って嫉妬が激しいんだから」


 私の注意に裕次郎くんがぽんと手を叩いて栄一くんの気がそれる。

 彼のこの気遣いは本当にありがたい。


「たしかに、最近は桂華院さんも女子とよく話しているみたいだし、気を付けた方がいいのかもしれないね。

 『企業人として先達を超えたい』あたりでいいんじゃないかな?」


「なるほどな。

 それにするか」


 納得した栄一くんは、私が返した短冊に裕次郎くんが言った文句を書いてゆく。

 それを確認した私は今度は裕次郎くんの方の短冊に目をやる。


「で、裕次郎くんは何を書くの?」


「在り来りだけど、『家族が仲良く過ごせますように』にするよ」


 既にゲームのシナリオから変わっている裕次郎くんの所は、兄弟間の骨肉のお家争いが発生していない。

 彼がこのままどう変わってゆくのか私にも分からない。


「結局、桂華院は何を書くことにしたんだ?」


 光也くんの質問に、少しだけ天井を見上げて私はこう書くことにした。

 叶わないからこそ、夢を見たいと願って。


『この四人で、楽しく過ごせますように』


と。




────────────────────────────────


一代一事業

 某自動車会社一族の家訓。


瑠奈の語るビルの屋上庭園

『SPEED GRAPHER』の天王州タワー。

 確認のために調べたら、失われた10年なんて言葉が出ているので、不況のスタートは95年なんだなと再確認する。

 ビルそのもの構造は日債銀ビルの後にできたビルをイメージ。


君達のような勘の……

『鋼の錬金術師』スタートが2001年なんだよなぁ。これ。

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