目黒明王院竜宮城での一席

 目黒明王院竜宮城。

 元は寺だった敷地からこの名前を使った高級料亭で、バブル華やかな頃にはこの料亭を舞台に某銀行が絡んだ不正経理事件が起こるなどその名前が出なかった事はなかった。

 戦前から昭和に、平成に至るまでこの料亭を多くの政治家や財界人や芸術家が愛したのも、この料亭の竜宮城と謳われた豪奢で壮麗な佇まいを多くの人達が愛したからに他ならない。


「待たせた」

「構わんよ」

「先にしているのでお構いなく」


 最後に入ってきたのは渕上総理、それに答えたのは泉川副総裁と、岩沢都知事である。

 料亭の素晴らしい所は秘密が守れる所にある。

 三人はそれぞれ時間をずらしてこの料亭の別の部屋で宴会や会食をとっている事になっているが、こうやって会っている。

 もちろん、この三人が会合をしている事が内緒であるのは言うまでもない。


「酒の肴にピザを用意してみた。

 冷めたのを試しにと思ったが、これがうまくてな」


「女将からそれを聞いた料理長が、腕を奮ったんだろうが。

 あとでお礼を言っておけよ。

 ついでに言うと、それピザじゃないから」


 泉川副総裁がピザを片手に茶化し、岩沢都知事がそのピザに突っ込む。

 この料亭は和食だけでなく中華も出していて、そちらから持って来させたらしい。

 そんな中華ピザの名前は、葱油餅という。


「とりあえず乾杯しよう。

 互いに長居ができない身分だ」


「それは構わんが、何にだ?」


「我らが小さな女王陛下にさ」


 グラスが鳴り三人の喉にビールが注がれると、岩沢都知事が聞きたかった答えを口に出す。

 その顔は呆れと言うか面白みというか困惑と言うかそんな顔だった。


「あの女王陛下、二人のどちらかの駒じゃなかったのか?」


「まさか。

 俺たちが使われている側だよ」


「ああ。

 彼女を見ていると、彼女の爺様を思いだす」


 終戦工作に寄与したフィクサーとして、警察や裏社会に多大な影響を与えていた彼女の祖父の姿を見て、彼ら三人も恐れたものである。

 日本人というのは、その人ではなくその人の歴史を見る。

 彼女ではなく、彼女の祖父を知っていた三人は当たり前のように敬意を払ったのだ。

 もっとも、即座に彼女自身に目を向けざるを得なくなるのだが。


「という事は、桂華銀行買収に用意した八千億円は……」


「あの女王陛下御自ら調達したらしい。

 私はその時点で考えるのを止めたよ」


 岩沢都知事が呆れ声を出し、泉川副総裁が投げやり声で苦笑する。

 そのまま話が金融関連にシフトする。


「不良債権処理用に公的資金を六十兆円用意した。

 金融持株会社も解禁に向けて法整備を進めて今国会で通させる。

 これらを使って都市銀行に合併をするように推し進めてゆく。

 彼ら大銀行を合併に走らせる格好の餌が桂華銀行だ」


 渕上総理の言葉に岩沢都知事が首をひねる。

 ただの顔見せならば秘密裏にする必要はないからだ。


「総理と副総裁は僕を呼んで何をさせたいので?」


「桂華院家内部の事という事で表沙汰になってないが、既に彼女は一度誘拐されかかっている。

 彼女が失われる事があれば国家の損失だ」


 その事件に居合わせた泉川副総裁が真顔で言い放つ。

 都知事の指揮下に警視庁がある。

 組織的には警視庁の警察権全体を掌握していないという欠陥があるが、無視できるような権力でもない。

 

「それとなく彼女に護衛を付けておけと?」


「はっきりと彼女に護衛を付けるという事さ。

 既にCIAも彼女に接触している」


 泉川副総裁の断言に、岩沢都知事が納得する。

 己の勘は間違っていなかったと。


「内調と公安もそれとなく接触させる。

 彼女の周りに舞う金は最低で八千億、最大で六十兆円だ。

 バブル華やかなりし頃の紳士達が墓場からはい出てこられたら今度こそ国が滅ぶ。

 岩沢都知事には東京の大掃除も期待しているんだ」


 渕上総理が豪華絢爛な部屋を眺めながら、葱油餅をくわえる。

 だからこそ、今回の会合はこの料亭を選んだのだ。

 文壇を始めとした芸術家達が愛し、多額の金が舞ったこの料亭を。


「総理。

 それでしたら一人推挙したい人物が居ます。

 元内閣安全保障室長で、機動隊を率いて極左勢力と対峙した指揮官で……」


「あの人か。

 あの人は先生も気に掛けていたからなぁ。

 世に出せるならば、応援するよ」


 岩沢都知事が推挙したい人物の名を聞いて、渕上総理が破顔する。

 彼が官房長官時代に、この人物を時の総理がえらく評価していた事を思い出したのだ。

 その先生から派閥を譲られた渕上総理は、彼を引き立てるのも師事した先生への恩返しと考えたのだろう。

 その先生はとにかく、人付き合いが上手く与野党ともに敵が少なかった事で知られていた。

 ここで推挙された彼は、副知事として危機管理・安全保障担当として岩沢都知事を支える事になる。 

 警視庁や内調・公安を取り持って不良債権処理の裏に居た裏社会の紳士たちから小さな女王陛下を守る盾となったのだが、その女王陛下はついにその事を知らなかったという。




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目黒明王院竜宮城

 目黒雅叙園。『千と千尋の神隠し』の湯屋のモデル。

 もっともおっさんには下の理由のほうが有名かもしれない。


某銀行が絡んだ不正経理事件

 イトマン事件。

 あまりに複雑怪奇でバブルの紳士達と裏社会の名前の豪華なことと言ったら。

 その凄まじさにこの目黒雅叙園についたあだ名が『行人坂の魔物』。

 それを退治したのがハゲタカ・ファンドというこれだけでお腹いっぱいになる物語が。が。


ピザ

 渕上総理の元ネタの人につけられた『冷めたピザ』が元ネタ。

 なお、それを聞いた彼は外で待っている記者に温かいピザを差し入れたらしい。


元内閣安全保障室長

 元戦国武将の末裔で安田講堂、あさま山荘の警察側総大将。

 この人の『危機管理のノウハウ』は私の愛読書である。


先生

 経世会の初代ドン。

 ちなみに、下剋上をして経世会を立ち上げる前のボスの事はみんな『親父』って呼んでいたらしい。

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