出るJSは打たれ……るのか? その4
喧嘩を売られたら買うというのが悪役令嬢である。
学校の中にまで入って騒ぐ以上こっちも容赦はしない。
という事で、騒動を鎮圧する為に蹂躙する事にした。
「桂華院さん!
お話を!!」
「すいません!
こっちを向いてください!!」
「一連の疑惑について何かコメントを!!!」
首相官邸の玄関口にて総理番の記者達がマイクを向けて、私にカメラのフラッシュがたかれる。
泉川副総裁にお願いして、北海道農業親善大使としての公式訪問である。
要するに北海道の美味しいものを総理に食べてもらってPRしようという目的で、記者クラブや官邸職員の皆様にも法に反しない程度に新鮮な食品で作られた料理が振る舞われているはずである。
各TV局や雑誌などに、北海道生鮮食品プレゼントチケットをばらまき、見開き北海道食品特集の掲載を依頼している。
アンケート葉書を送れば抽選で北海道の生鮮食材がもらえるという、PR力アップアイテム+広告スポンサーなんだからがたがた抜かすなという賄賂攻勢である。
「北海道の生鮮食料品はおいしいね。
新鮮さもすばらしい」
「そうでしょう♪
もっと皆様、食べてくださいな。
そしてもっと北海道を知ってくださいな」
疑惑の事を聞きたがる記者をガン無視でイベントは進むがニュースにはその部分は出てこないようになっている。
編集の力ってすげー。
そんなイベントを囮にして渕上総理と差しで話せる時間はたった十五分。
片付けで部屋からマスコミが居なくなったタイミングを見計らって、私は勝負を仕掛ける。
「総理。
ちょっと私の近辺が騒がしいので、色々と潰したいのですがよろしいですか?」
「潰すのは構わないけど、どうやってだい?」
周りにいるのは官邸のスタッフのみで総理の側近であるから、私達の会話を彼らは無視していた。
もったいない精神なのか、本当に美味しいのか渕上総理は振る舞われた海鮮丼をまだ食べていた。
それでも目は政治家として私を量っているのだから、一国の総理というのは凄い。
「政治家を黙らせるのに刃物はいりません。
選挙に勝てばどうとでもなります」
「それが一番難しいんだけどねぇ。
去年の選挙に負けたせいで、私はその尻拭いで大変だ」
暖かい緑茶を一飲みして渕上総理は私の狙いを見抜いた。
というか、見抜けない人間が総理になった所で長続きはしない。
「統一地方選、いや、都知事選か」
都知事を抑える事はかなり大きなメリットが有る。
首都東京の顔であり1000万都民の民意を代表するという分かりやすい力は、今後の国政政党の浮き沈みをダイレクトに反映する。
その上世界有数の金融都市であり、日本の全マスコミがこの東京に本拠地を置くという情報拠点でも有る。
その都知事職を無党派の嵐によって与党は失っていた。
「無党派の支持する元タレント知事からの首都奪還。
野党を黙らせるのに十分な戦果ですし、水面下で動いている連立交渉にもプラスになるでしょう?」
私も緑茶をちびちび。
小学生がふーふーしながら緑茶を飲みつつする話が都知事選なのだから生臭いことこの上ない。
「官僚上がりだと負けますよ」
「適当な駒がない。
いや、駒が多すぎて誰に賭けるといいのか分からない」
野党からは知事後継指名を受けた衆議院議員が辞職して出馬を表明し与党は都内の衆議院議員が当初出馬を予定していたのだが、選挙を仕切っていた加東一弘幹事長が水面下での連立工作に配慮して差し替えが発生。
それに激怒した与党議員が出馬を強行するとごねただけでなく、与党都連が政治学者の擁立に動いて内部がめちゃくちゃになっていた。
「議員の方は泉川副総裁が抑えさせました。
あとは総理が頭を下げれば撤回を受け入れる所まで話を進めています。
選挙期間中は党としての公認を出さない形で、当選後に公認をという形に持っていきませんか?」
ありがたい事に、ごねていた与党議員は元大蔵省出身で泉川派の人間だったのがこの荒業を可能にした。
おまけにこの議員は外務省に出向していた事もあって、渕上総理ともパイプがあった。
そこまでは渕上総理は読めただろうが、そのあとの私の台詞に彼は首をかしげる。
「小さな女王陛下。
政治学者に全賭けでは無いのかい?」
「もう一幕ありますよ。
だから、最後まで死んだふりをして、結果が出たら公認という手で」
渕上総理はじっと私を見て、持っていた湯呑を置いた。
私も同じく湯呑を置くが中が残っており、湯気が出ていたりする。
「分かった。
そこまでお膳立てするのならば小さな女王陛下に全賭けしよう。
君の好きな候補にチップを張り給え」
「え?
何も聞かずに丸投げしていいのですか!?」
「ああ、構わない」
さすがに驚いて目を見張る。
総理がちらりと時計を見た。
時間となったので私と渕上総理は立ち上がる。
「幹事長が少し好き勝手にやりすぎたからね。
勝っても負けても、幹事長に腹を切らせるよ」
なるほど、そういえば加東一弘幹事長は総理とは別派閥。
幹事長が押した候補は選挙に出ないから彼の勝利はすでに無い。
私の押した候補が負ければ選挙の総指揮を執っている幹事長を責める事ができ、私の押した候補が勝てば政権の功績となって総理の求心力が上がるから損はないという訳だ。
私に放った一言で、この人の良さそうな顔でも派閥を率いた領袖なんだなと感心してしまった。
「で、僕の所にどんな用事かな?
小さな女王様?」
文豪であり政治家だった岩沢真氏は書斎で私との面談に応じる。
元々文学人というのは富裕層から出た一派、つまり食うに困らぬから遠慮なく文学に打ち込めたという連中が一定層居る。
その上に、参議院開放に伴う参議院選挙区は比例代表制があったから、名前が売れる文壇の有名人の多くが政治家になっていた。
岩沢氏は立憲政友党から出馬し運輸大臣まで務めた大物議員だったが、95年に息子に地盤を譲って引退していた。
「今日はとある方からのメッセンジャーとして。
与党は、予定していた官僚上がりの方の擁立を見送ったそうですよ」
私の一言に岩沢氏はただ黙って私を見詰める。
少しの静寂の後で、彼はゆっくりと口を開いた。
「何を期待しているのか知らないが、僕は既に引退した身だよ。
帰ってくれ」
「『首都奪還』」
この手の文豪相手に理や利はいらぬ。
必要なのは物語だ。
「この選挙にふさわしいスローガンだと思いませんか?」
まぁ、知っているから。言わないが。
彼が、弟が運営していたアクションスター軍団を引き連れての大規模選挙運動を行うのを。
そんなアクションスター軍団を選挙という生物に突っ込んで幻想に昇華させる魔法の言葉。
それが私の言った『首都奪還』だ。
彼の目が食い付いた。
「お金の流れって正直ですわよ。
誰がどれだけ借りて、何を用意しているのか。
ご健闘をお祈りしていますわ。
私の言葉を思い出したのでしたら、渕上総理か泉川副総裁に選挙後に電話を。
では」
「待ち給え。
電話はしよう。
それだけ面白い物語を語られて動かない私ではない。
だが、対価を貰いたい」
そういえば芥川賞作家だったな。この人。
やな予感が。
岩沢氏は私にいたずらっぽくウインクして、言葉を続ける。
「君だよ。
こんな面白いキャラクターは編集が見たら荒唐無稽過ぎて没を食らう。
だがそこがいい。
手伝ってくれるのだろう?」
泉川副総裁と言い、渕上総理といい、岩沢氏といい。
ただのJSに何を期待しているのだろうか?
「何をお求めで?」
「たいした事ではないよ。
君を小説に書かせて欲しい」
いかん。
政治家よりも作家の心を刺激しすぎたか。
とはいえ、私に断る選択肢は無かった。
東京都知事選は与党公認候補者が誰も居ないという中で始まり、一番最後に出馬宣言をした岩沢真氏が圧勝という形で幕を閉じた。
その翌日には与党立憲政友党は岩沢都知事の公認を決定し、裏技に近い勝利を手にする事に成功する。
それ以上に私にとって厄介だったのは、岩沢都知事が選挙期間中に一気に書き上げてしまったアクション小説『小さな女王陛下の首都奪還』が大ベストセラーになって、映画化まで企画された事だろう。
映画会社から当たり前のようにオファーがやってきたのでお断りしたが、何でこうなったんだろう……
まぁ、都知事から依頼されたのだろう某アクションスタープロダクションがマスコミに釘を刺してくれたみたいなので、マスコミ連中がおとなしくなったのは良いことだと自分をごまかすことにした。
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官僚あがり
官僚をまっとうに勤め上げた人。
途中退職で知事選だと官僚『くずれ』になる。
何処までを上がりとするかは難しいが、次官・局長級を大体『あがり』と見るのがわかりやすい。
近年は若さもファクターだから、課長級等の『くずれ』知事も多い。
当選後に公認
立候補調整がつかずに分裂選挙になって、『勝った方に公認をやる』というなかなか素敵な制度で、今も某与党でよく見られる。
なお、分裂選挙だから第三者にかっさらわれる事もよくある。
この時の幹事長
清和会のあの人。
渕上総理のモデルは平成研というか経世会。
つまり、角福戦争からの因縁の相手。
協調しているのだが、互いの足は踏んでいる関係。
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