お嬢様飛翔 その2
何で大蔵省が極東銀行に目を付けたのか?
その理由は管轄の違いである。
大蔵省は巨大官庁で、その中は縦割り行政できっちりと管轄が区分されていた。
特に金融分野は、銀行・保険・証券の三分野でそれぞれ取り決めがなされており、これを跨ぐ事はご法度となっていたのである。
「米国のムーンライトファンドの扱いが大蔵省から見て引っ掛かったらしいです」
一条がぼやく。
米国に本拠を置いたムーンライトファンドは、IT企業に出資してそのリターンを得るだけでなく、IT企業の株取引を通じて高い利益をあげていた。
ここが大蔵省の目に留まったのだ。
「米国だから、日本の規制は問題ないんじゃないの?」
「だからと言って、良い顔をしないのも事実です。
極東銀行の不良債権処理の資金から、手繰られたんでしょうね」
日本の官僚は優秀である。
特に己の管轄を乱す輩については徹底した攻撃を行う。
不良債権処理で大蔵省の護送船団方式に綻びが出つつある中、いや、出つつあるからこそ、その綻びは修正しないといけないという訳だ。
「で、大蔵省はなにか仕掛けて来そうなの?」
「今の所は目を付けただけです。
ですが、これ以上派手に動くと叱られるでしょうね。
今の頭取は大蔵省の天下りですから」
一条の言葉に私は納得した。
私が極東銀行で動かせる駒は一条しかないのに対して、その気になれば大蔵省は行政処分をチラつかせつつ、頭取に命じて一条を排除できる。
つまり、目を付けられたらその時点で負けなゲームである。
「いいわ。
今の所は大人しくしておきましょう。
けど、国内IT企業にも出資したいのよね」
米国企業から95年に発売され、大ヒットしてデファクトスタンダードとなったOSが、世界的なITの普及を爆発的に促した。
その後、98年に発売されることになる次世代OSによって、その流れは決定的になる。
そして、この国でもITバブルが一気に花開くことになるのだが、そこまでは手を打っておきたかった。
「橘。
極東銀行株主として、証券会社の保有を提案します。
買収の話を頭取に通しておいて頂戴」
「かしこまりました。
国内の中堅証券会社でしたら、買える所が幾つかあるかと」
「ですが、国内の中堅証券会社の多くは、多額の不良債権を抱えています。
下手に買って利益を不良債権に持っていかれるのは、まずいですよ」
私の指示に橘が頷くが、一条がそれに待ったをかける。
稼ぐだけなら、新しく作った方が含み損が無いだけに安心なのだ。
「うーん。
ちょっと考えさせて頂戴。
一応何か言ってくるまで、IT企業への投資は続けておいてね」
結局その日、私はその決断を後回しにした。
『極東銀行が攻めの経営を加速している。
不良債権処理を終えた極東銀行は、外資のムーンライトファンドを通じて主にIT関連企業への出資を繰り返している。
企業や家庭にパソコンが普及してゆく波に乗り、その収益を上げるというビジネスモデルを進めようとしている。
実際にそれが成功して不良債権処理に目処を付けたのはいいが、本来は証券業務であるこれらのモデルについて、大蔵省はあまり良い顔をしておらず、何らかの解決が求められている。
極東銀行への取材では、問題は把握していると回答があり、その上で、新規に証券会社を立ち上げるか国内中堅証券会社を買収するかを検討……』
子供の仮面を脱ぎ捨てたとしてもこの家のメイドたちにとって私はやっぱり子供であり、体が子供である以上子供としての行動はどうしてもとってしまうものである。
「お嬢様。
おやつですよ。
今日はお嬢様の大好きなプリンですよ」
「わーい♪」
頭を使うとどうしても甘いものが欲しくなるわけで、今の私は全く問題がない。
というわけで、生クリームの乗ったプリンを美味しそうに食べると、作ってくれた桂直美さんがにこにこと私の食べる姿を嬉しそうに見ている。
「やっぱりお嬢様が美味しそうに食べるのを見ていると、作ったかいがありますわ」
直美さんは桂華院家の分流の人で、家を分けた分家ではなく血の繋がりはある分流なのは彼女が女性だからという事もある。
お祖父様の弟の庶子らしく、行き場のなかった彼女を拾ったのが新興の家だった桂華院家という訳だ。
末端の一族扱いを受けたはいいが明確な差をつけられる事を彼女は受け入れ、桂華院家の主導でお見合いを行い結婚。
息子は銀行員として本店で働いているという。
「そういえば、息子さんは今、銀行の本店で働いているんだっけ?
うちの極東銀行?」
「残念ながらお嬢様。
コネを嫌って一杯勉強した結果、お嬢様の銀行よりもう少し立派な銀行で働いております。
いつか、ご紹介するかもしれませんが、その時はよろしくお願いしますね」
第二地銀の極東銀行より立派という事は、地方銀行か都市銀行か。
桂華グループとの取引を考えたら、岩崎財閥の岩崎銀行だろうか?
「それは楽しみね。
ちなみに、何処の銀行?」
直美さんは未来を知っているわけがないので、その銀行の名前を少しだけ誇らしげに言った。
「はい。
北海道開拓銀行の総合開発部に務めておりますのよ」
都市銀行下位の北海道開拓銀行。
その破綻のきっかけとなった巨額の不良債権を生み出し続けた本丸の名前を総合開発部と言った。
────────────────────────────────
この時のお嬢様の自転車操業ぶり。
1) 米国IT企業の含み益を担保に借金
2) それを円に変えて日本IT企業に集中投資
3) 株式公開後に売却し不良債権処理の原資にする
4) 米国での借金は含み益のさらなる高騰でカバー
知ってても怖いノーブレーキ自転車操業に書いている作者が青ざめる始末。
護送船団方式
最下位の銀行に合わせて行政を行うことで、第二次大戦時のドイツの潜水艦から輸送船を守った護送船団がその名前の由来。
なお、国際マネーの容赦ない攻撃にまもなく崩壊する模様。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます