VOL.2 「井戸端会議はとりとめもなく」
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「プロデビュー?」
「あぁ。昨日のライブの後、スカウトされたんだ。」
「何でだよ!事務所の犬には絶対にならないって言っていたじゃないか。常に自分のま直ぐな気持ちを伝えていきたいからって!」
「うん。でもさ、話を聞いてみたら色々条件も良いし、自分達の手腕をきっちり発揮出来る環境を用意するって約束してくれたんだ。それにそこにいれば、もっと沢山の人に俺達の想いを知って貰えるんじゃないかってさ。」
「自分の信念一つ守れない奴に、誰が心動かされるもんか!兄貴には失望したよ、東京にでも何処にでもとっとと行っちまえ!」
「ごめんな、夕。」
デビューから一ヶ月、彼らの活躍は音楽業界に突風を巻き起こした。
そして記念すべき初ライブの最中、
MINORITYの解散と羽月
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
■2020.4.11 PM12:37--------------------------------------------------------------------------------
「いいか、ギターっていうのは絶対的な音感とテンポの把握が絶対条件だ。」
天野のしつこい勧誘行為の末、一先ずは楽器を教えるというところで話は落ち着いた。
昼休みの時間を用いて、簡単なレクチャーと課題を与えていくというものだ。
ところで、バンドの最初のステップといえば楽器選びだが、目立ちたがりの天野はやはり定番のギターを選んだ。
楽器人口で言えば圧倒的に多いから情報は溢れかえっていて教えやすい反面、求められるテクニックは段階を経ることに異様に複雑化していく特徴から、継続することが何よりも難しい楽器である。
よって、適当にあしらっていけば、勝手に挫折してくれるだろう。
と、あの時は思っていたのに。
「先生、質問!」
「はい、あほn。失敬、天野くん。」
「待って、今アホって言った?」
「疲れてるんじゃないか?気のせいだろう?」
「こういうのは、言われた方よりも言った方が馬鹿なんだよ?」
「Mr. Amano ! さっさと質問を述べよ。俺から貴重な休み時間を奪った罪は重いのだ。」
「先生を気取るならもっと簡単に説明すべきです。」
なるほど、よもや質問を通り越してご意見申し上げてくるとな?
当の本人は口を尖らせ、徹底抗戦の姿勢を示しているが。
「はぁ。つまり演奏も手拍子や足踏みと同じ感覚なんだ。謂わば、俺達が生命活動のために身体で自然にやっていることを、道具に落とし込んだ結果出来たものが楽器という訳。」
「ふーん。言葉にすると小難しいね。」
天野の反応に見て見ぬ振りをし、俺は話を続ける。
「曲ごとにテンポが決まっているから、弦楽器はそれに合わせてかき鳴らせば終了だ。例えば」
ポケットから折り畳んだコピー用紙を取り出し、天野の目の前に掲げる。
「汚い折り目だね。ぶほっ」
「どうだ、少しは綺麗な顔になったか?」
「ザラザラしてて凄く痛かったよ !? 」
天野の顔との摩擦と油を吸って皺々になった紙を伸ばし、説明を再開する。
紙には等間隔に並んだ6本の横線と、そこを横切るように直角に交わる縦線が数本、その2本の縦線に仕切られる位置には8個の音符がそれぞれ記載されていた。
「こんな風に、弾くにしても、曲ごとにリズムに合った適切なタイミングっていうものがある。」
「なにこれ。」
「6線譜だ。ここに書いてある数字と同じ場所に指をおいて弦を弾けばいい。そして、この縦線に挟まれたところ。1小節というが、まぁいい。その塊達の通りに決まったリズムを保って鳴らしていくんだ。」
「ふーん。」
「そこで更に重要となってくるのが、ストロークの表と裏の関係だ。」
「なんか壮大なドラマがありそうな言い回しだね?」
「つまり、上下にめっちゃ早く、でもリズムが崩れないようにタイミングを見計らってかき鳴らしていくってこと…」
「ってかさ、羽月?」
「ん?」
「楽器の、音楽の役割ってなんだと思う?」
「そりゃぁリズムを作り、音の壁を作って抑揚と土台をコントロールし、歌を届けるとか」
「そうじゃなくてさ、聴いてる人に何を届けるのが演奏者の役割なんだろう?」
「と、いうと?」
「だって、ボーカルは唄うんだからそのまま聞き手に言葉で想いを届けることが出来るけど、楽器は音を出している以上のことはしていないじゃん。」
「歌はそんな大層なもんじゃないだろ。言葉なんてものは所詮、聴く人間によっていくらでも解釈が変わるんだ。耳で観測されるのと同時に、その本来の想いは消滅してしまう。」
「そうなの?」
「少なくとも音楽ごときで人の営みは変えられない。本当に人を導く影響力が欲しいなら新興宗教でも起こして芋づる式に広げていく方が現実的だろうな。歌では直接的かつ物的な利益を与えるのは難しいからね。」
「とはいえ、宗教にだってテーマソングみたいなものはあるよね。例えばなんだっけ?登れ登れってやつ。」
「そう、つまりは卵が鶏から産まれたってことだ。世の中に蔓延る概念というものは所詮、集団と実績によって捻じ曲げられた偏見の塊に過ぎないのさ。」
「ほぅ…。」
「話が逸れたが、楽器の役割は音を繊細に積み重ねて観客の身体にぶち当てることだ。まずはメロディーで五臓六腑に揺さぶりをかける。そして、思考回路が鈍って判断能力を低下させたところに唄を叩き込めば、後は勝手にトリップして盛り上がってくれるって寸法よ。」
「アウトローだねぇ。」
「心理学的な事実を述べただけさ。」
本当かなぁと顔を歪めながら、天野はこう続ける。
「楽器のことは何となく分かったけど、今の例えだとボーカルに詩人的な要素は重要じゃないって言ってない?でも、羽月は本当にそれで良いと思っているの?」
「良いも何も、そんなことは一言も言っていないじゃんか。」
「んー。羽月の言うことはやっぱり難しいね。」
誰もいなくなった校庭に、授業開始を知らせるチャイムが鳴り響く。
こうして今日もとりとめもなく、二人の時間は過ぎ去っていくのであった。
---------------------------------------------------------------------------------------------Vol.2 END---
虚空のビート クリシェ_Iris Project @Cliche_iP
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。虚空のビートの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます