7.な、なんだってーっ?

 断れないので許可する。

 信楽さんもいるけどいいのかと聞いたら是非ということだった。

 つまり矢代興業、いやむしろ矢代財団絡みの問題か。

 しばらくしてドアの外が騒がしくなって誰かが誰何する声が聞こえたかと思うとノックの音がした。

「はい?」

「矢代興業の黒岩専務がおいでです。通してよろしいでしょうか」

「どうぞ」


 すぐにドアが開いて黒岩くんの巨体が入ってくる。

 ただそれだけで狭いとは言えない理事長室がちょっと混んできた気がしたりして。

「ダイチ殿。失礼致します。信楽殿も」

 重低音が響いた。

 相変わらずプロレスラー並の巨躯は健在だ。

 そしてそれ以上に何というか存在感? が増している気がする。

 右翼結社の総帥とかヤクザの大親分とかに共通するアレね。

 黒岩くんはごく普通の背広を着ているんだけど紋付き袴のイメージがあるんだよ。

 八里くんが何を着ていても黒○事的な印象イメージなのと一緒だ。


「いらっしゃい。ここまで来るなんて大変だね。東大の方はいいの?」

 聞いてみた。

「卒業は致しましたので。卒業式は欠席させて頂きました。あまり意味がございませぬもので」

 そうなのか。

 まあ、確かに黒岩くんは矢代興業の専務ではあるけど東大ではただの学生だもんね。

 別に出席の義務はないと。


「ご両親はぁ大丈夫なのでしょうかぁ?」

 珍しく信楽さんが口を挟んだ。

 確かに普通の東大生だったら子供の卒業式に出たがるかも。

「問題はございません。こちらの事情も納得して頂けております」

「ならいいのですがぁ」

 何か二人で僕には判らない話を始めてしまった。

 いいんですけどね(泣)。


「これは失礼致しました」

「ご免なさいですぅ」

「気にしてないから。黒岩くん、珈琲いる?」

「ありがたく頂きます」

 黒岩くんをソファーに座らせると軋む音がした。

 うーん。

 もっと荷重限界が高い奴に変えた方がいいかも。

 珈琲を煎れて滅多に使わない来客用珈琲カップに入れて出す。

 僕だってマグカップばっかじゃないから!

 信楽さんがタブレットの電源を落とした所でソファーに座る。

 さて。


「話というのは?」

「実はですな。結婚の事でございます」

 危うく吹く所だった。

 何かと思えば結婚?

「黒岩くんのだよね? お相手って誰なの?」

 聞いてしまった。

「今の件はもちろん私でございます。相手は、その」

「神薙先輩ですぅ」

 信楽さんが空気を読まずにぶちまけた。


「神薙さんが? 黒岩くんと?」

「はい。実は既に籍を入れております」

 なぜか白いハンカチを取りだして額の汗を拭きながら言う黒岩くん。

 知らなかった。

 ていうかそんな甘い雰囲気は全然無かったのに!

「信楽さんは知ってたの?」

「はいですぅ。もちろん賛成しましたぁ」

「信楽殿に賛成して頂けた事で私も神薙あれも踏ん切りがつきまして。感謝しております」

「とんでもないですぅ。二人はお似合いですぅ」


 そうか?

 片やプロレスラー並の巨漢で東大卒、十代から発展を続ける企業を事実上率いて来た男。

 片や怜悧な美女で同じく東大卒。十代から総務担当役員として社内をまとめてきた女。

 確かにお互い以外に太刀打ち出来る相手がいるようにも思えないけど。

 しかし結婚ね。

「それにしても急だね」

「事情がございまして」


 黒岩くんが口を噤んでしまったためか信楽さんが言った。

「実はぁお二人ともぉ親族やぁ取引先などからのぉ引き合いが酷いですぅ。親御さんにもぉ圧力がかかっているそうでぇ」

(どっかで聞いたような話だな)

 無聊椰東湖オッサンの言うとおり聞き覚えがある。

 比和さんや信楽さんが通ってきた道だ。

 若くして成功者で、更にこれからどこまで伸びるか判らない逸材だもんね。

 しかも美女や美少女。

 お相手本人はもちろんその親とかが舞い上がってお見合いを強要してきたりして。

 その相手の親が取引先の大物だったりすると断りにくいのは判る。


「それで『もう相手がいるので』と?」

「その通りでございます。もっともそれだけではございません。お互い、これからも王女殿下に尽くして参りましょうという目標が一致しまして」

 そういう事ね。

 黒岩くんや神薙さんは前世から高巣さんの臣下一筋だもんなあ。

 忠誠心の高さでは甲乙付けがたい。

「まあ、良かったじゃない。結婚式はいつ?」

 聞いてみたら照れられた。

「それがその。どうにも皆の都合が合わないということで内輪でやることに」

「そうだろうなあ。みんな忙しいもんね」


 何せ黒岩くんや神薙さんに親しい知り合いと言えば、そのほとんどが矢代興業や関連会社の社員だ。

 幹部も結構いるし、全員集合なんて無理な気がする。

「それに王女殿下を差し置いて私共が挙式というのも僭越な気が致しまして。加原も結局、結婚式は挙げておりませんからな」

「そうだったっけ」

 矢代興業の技術部門を率いる加原くんは一昨年だったかその前だったかに結婚した。

 お相手は前世が帝国の魔法兵だったかの中国人だったっけ。

 名前忘れた(泣)。

 そういえば結婚したと聞いて一応お祝いの贈り物はしたんだけど結婚式に出た覚えがない。

 ていうかやってなかったみたい。


「いいのかなあ」

「結婚式はぁ法律上必須でないですぅ。役所に届け出ればぁ婚姻は成立しますぅ」

 信楽さんが教えてくれた。

 ん?

 そういえば黒岩くんの結婚報告に何で信楽さんが関係してくるんだろう?

「実はですな」

 黒岩くんがまた汗を拭いた。

「ご相談したい事というのは矢代殿のご結婚についてでして」

 な、なんだってーっ?

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