6.いやな予感がする(泣)。

 相沢さんはとりあえず召されたり重態化したりした人がいないことを確認してからほっとしたような表情で去った。

 その話も聞いている。

 相沢さんの聖歌を聞いて感動のあまり天に召されかけた人がいて、相沢さんがその人に触れる事で蘇ったそうだ。

 多分精神的な問題だとは思うけど、そのことでローマ教会から奇跡審問官とやらが来て面倒くさかったと相沢さんが嘆いていた。

 やっぱそれ、奇跡の類いだと受け取られたらしい。


 実際には仮死状態だったとかその辺だろうけどね。

 相沢さんに声を掛けられて飛び起きたといった所だろうな。

 前にどっかで読んだけどキリストの奇跡もそれだったんじゃないかという説がある。

 目を治したとか死者を蘇らせたとかいう話って、精神的な不調を回復させてもそう見える場合があるという話なんだよ。

 例えば極度の鬱状態で死んだみたいになっていた人がキリストに触れられただけで回復したら奇跡だと思うよね。

 視力についても心理的な原因で見えなくなっていたのが、その理由を取り除いたために見えるようになったとか。

 相沢さんの神気もそれだと思えば思えなくもないんだよなあ。

 本当に奇跡なのかもしれないけど。


 ちなみにローマ教会の奇跡診断では「あれは奇跡じゃありませんでした」という結論だったそうだ。

 だったら何かと言われると困るんだけど。

 まあ、世の中には色々な人がいるよね、という事で治まったらしい。

 最後に相沢さんが悪魔憑きじゃないかどうかまで検査されたというから世の中ってまだまだ科学万能じゃないみたい。

 もちろん相沢さんは悪魔なんか憑いてないよ!

 魔王ぬらりひょんの友達はいるけど。

 更に言えば本人は依代神様だけど。


「矢代理事長ぅ。そろそろ行くですぅ」

 信楽さんに言われて気がついた。

 まだ僕の義務って終わってない。

 今日は卒業式の後、懇親会か何かがあるんだった。

 ちなみに向かう先は理事長室だ。

 つまり僕のお城。

 護衛に囲まれて歩きながら聞いてみた。


「いつからだっけ?」

「1時間後ですぅ。場所はぁ教務棟のぉ会議室ですぅ」

「食堂じゃないの?」

「そっちはぁ在校生スタッフに占領されてるですぅ」

 そうだった。

 僕たち卒業生は言わばお客さんだから卒業式の準備や実施に関わってない。

 そういうのは事務局と矢代グループからの派遣社員が担当していたんだよね。

 つまりは在校生後輩たち

 その人たちの慰労会というところか。


「僕たちは行かなくてもいいの?」

「比和先輩などはぁ最初に顔を出すそうですぅ。でも基本はぁ卒業生以外ですぅ」

 だよね。

 逆に言えば僕の出る懇親会は卒業生だけだ。

 でも百人くらいいるんだよね?


 聞いたら肩を竦められた。

「全部じゃないですぅ。実はぁ今回卒業出来たのはぁ3分の2くらいですぅ」

 何と。

 そんなに落第したのか(笑)。

「何で? 卒業単位が取れなかったとか?」

「その通りですぅ。専門単位が不足した者はぁいなかったみたいですがぁ、一般教養単位が足りなくてぇ」

 ああ、そういうことか。


 宝神のシステムは大学としては独特だ。

 普通の大学と基本は同じで卒業するためには必要単位を取得する必要がある。

 必要単位は専門単位と一般教養単位に分かれていて後者は通信大学の単位をそのまま使っているんだけど、これがなかなかどうして取るのが面倒なんだよ。


 宝神の学生は基本的にはサラリーマンだから普通に仕事をした上で通信大学のオンライン講義を受けなければならない。

 しかもただ見てればいいわけじゃなくて随所にチェックが入る。

 突然質問が出て規定時間内に入力するとかね。

 普通の大学の講義より難しくて面倒なんだよ。

 だから特に前世が護衛兵とかそういう人たちに単位未履修が続出したと聞いている。

 大変だなあ。


 尚、専門単位は自分がやっている仕事そのものだから、よほどサボリでもしない限りは履修出来る。

 病気や怪我で長期入院などしても、仕事上の問題なら融通が利いたりして。

 だから専門単位を落とす人は滅多にいない。

「厳しいなあ」

「そうでもないですぅ。卒業出来なくてもぉ仕事に関係するわけではないですぅ。ただしぃ給料がぁ据え置かれると聞いてますぅ」

 何と。

 そういう事になるわけか。


 繰り返すようだけど宝神の学生は同時にサラリーマンなので、卒業出来なくて就職がふいになったというような事は起こらない。

 既に就職済みだから(笑)。

 極端に言えば宝神を出なくても構わないことになる。

 だけどそれは士官学校をリタイヤしたことになるわけで今後の出世に響いてくるということだった。

 僕にはあまり関係ないけど。

 だって僕、卒業したからといってこれ以上出世するわけないもんね。

 既に理事長トップなんだし。


「その人たちは肩身が狭そうだね」

「懇親会にもぉ呼ばれてないですぅ。もっともぉ呼ばれてもぉ恥ずかしくてぇ出られないですぅ」

 厳しい。

「心理歴史学講座に留年者はいなかったよね?」

 ちょっと心配になって聞いてみた。

「ないですぅ。というよりはぁ成績よりはぁ政治的な理由でぇ留年出来ない人たちばかりですぅ」


 確かに。

 王女様高巣さん将軍様晶さんを留年させたら内乱とか起きるかもしれない。

 本人たちもそれは判っているのでそつなく単位取得していたなあ。

 そこで理事長室に着いたので護衛の人たちに声を掛けてから信楽さんと一緒に入室する。

 念のために鍵をかけてから珈琲を煎れていると信楽さんがソファーでタブレットを広げていた。

 馴染んでるなあ。


 実は信楽さん、事務局長辞めてから自分の居場所をなくして構内を放浪していたんだよね。

 宝神にいる場合は大抵、心理歴史学講座の教室で仕事しているんだけど学生がいる時なんかは理事長室に避難してくるのだ。

 僕は大抵理事長室に陣取っているからしばしば一緒に仕事したりして。

 密室に若い男女が二人きり、という状況だけどなぜか甘いムードは皆無なんだよ。

 比和さん辺りも何も言わない。

 何か密約でも出来ているのかも。


「珈琲飲む?」

「頂くですぅ」

 戸棚にある信楽さん専用のマグカップで珈琲をサービスする。

 もう慣れたものだ。

 信楽さんが仕事に戻ったので僕もデスクトップの電源を入れてみた。

 あんまり仕事したくないんだけどなあ。


『大地さん。今よろしいですか?』

 画面が明るくなったと同時にCG美少女碧さんが画面一杯に現れて言った。

 やっぱしか。

 緊急の用件じゃないだろうけど。

 その場合は勝手にスマホに電源が入って呼びかけてくるもんね。


「いいけど何?」

『黒岩専務が懇親会の前にご相談したいことがあるとのことです。理事長室にお訪ねしてもよろしいかと』

 いやな予感がする(泣)。

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