第1話 雲の晴れ間からもくもくと

 終業を告げる鐘が鳴る。


 それはとある放課後のこと。まだまだ明るく白い夕方の空。

 そこはよくある高校の部室棟。ユニフォーム姿の生徒が行き交うその奥の、片隅にある小さな一室。コンクリート打ちっ放しのそこは、グランドに面した鉄格子付きの窓がひとつあるだけで、狭く薄暗い。


 突然、金属製の重たい扉が勢いよく開いた。真っ白な目映まばゆい光が射し込み照らす――。


「あー、もうっ!くそ!だっる!」


 傾きかけた太陽を背に現れたのは三人の男子高校生。


「何やねん、アイツ!クソくそクソのクリソツか?!もうホンマにマジのマジカルでクソやんけ!」

 ぼやき散らしながらツカツカと入ってきた武藤むとうみつるは、部屋に入るなりエナメルの鞄を床に放り出し、側にあったパイプ椅子へ乱暴に腰かけた。座椅子カバーが色褪せた年季入りのパイプ椅子。ギィギィギィと文句を言うように軋む音を立てる。


「まぁまぁ、そんなにクソクソ言わんときや言わないでおきなよ……。ほら、アメちゃん食べる?」


 そうなだめるように言うのは三倉みくらけいみつるけいの差し出した袋から渋々ひとつ受けとると、大口開けてポイっと放り込んだ。大玉の飴を頬張った彼の不満はモゴモゴモゴと言葉にならずに消えていく。

 そんな二人の後ろで『我関せず』とばかりに漫画を読み耽る森野もりのかい。低身長ながらも体格がいい彼は、部室に入るなり、入口の側の本棚からコミックスを手に取ると、ベーンっ!と地べたにお尻をつけて座り込み、鞄も降ろさず読んでいた。

「カイも要る?」

 敬が袋を差し出すと、「ん」と返事と言えなくもない声を発して、漫画から目を離すことなく受け取った。

「……でっか大きいな

 一瞬、驚いたように飴玉に向かって呟くも、パクっと頬張り、再び漫画に戻る。片方の頬がぷっくり膨らんでいた。


 バタンっ!


 不意に、扉が音を立てて閉まった。外の陽射しが遮られ、サッと薄暗くなり、室温もスッと下がる。


「僕もマンガ読もかな……。

 こないだ、どこまで読んだっけ?」

 蛍光灯の明かりをつけた敬が本棚へ手を伸ばすと、充が不満げな声をあげた。

「えーっ!今日はボス戦攻略を手伝ってくれるって言ってたやん」

 そう言って大玉の飴をガリガリと噛み砕きながら、携帯ゲーム機を取り出した。


「でも、今から今日の復習するんちゃうの?

『今年は毎日最低15分は勉強する!』って言ってたやん?」

「あー…いや…今日はお休みにする。

 ほら、先月は毎日頑張ったし……」

 後ろめたそうにモゴモゴ言いながら、再び敬の飴袋に手を伸ばす充。隣で素知らぬ顔をしていた界だったが、思わず吹き出し、口から飴が転がり落ちた。

「うおっ、汚な!」

「ふふっ、悪い。

 ごめん、俺ももうひとつ貰うなー、ケイ」

 界はそう言って、飴をあさりながら、意地悪そうに白い歯を見せる。

「ミツルはいつもそうだよな。三日坊主ならぬ一月坊主。最初ばっかりやる気満々」

 クスクスわらう界に、充はキッと目を吊り上げるも、飴玉が大きくて言葉が出ない。それを横目に界は言葉を続ける。

「……まぁ、いつもやる気のない俺よりはマシかもだけどさ、結果、いつも俺より成績悪いじゃん」

 充の顔が更に赤くなり、敬はオロオロと目を泳がせる。

「あぁ、いや、これは悪口じゃなくて。

 ……ん~、何ていうかさ。心配?っていうかさ。口ばっかりなのが、もったいねぇーっていうかさ。……あはは、そう怒るなって。

 でも、『有言不実行』ってお前が『クソ』っていう先生や親と同じじゃね?」


 ガリッ!と飴玉の砕ける音が響いた。充は困ったような、泣きそうな顔をして、界を見つめる。一方、界は彼の視線に気づいているのか、好みの味の飴を見つけて、満足げに頬張った。

 充は結局、何も言わずにゲームを鞄にしまうと、マンガ棚の方へ向かう。


「……勉強すんのちゃうの?」

 躊躇いがちに尋ねる敬。

「今日はやっぱり気が乗らへんもん。でも、」

 少しむくれた顔をしながら、チラッと界を見て呟いた。

「……歴史漫画なら、勉強にもなるかなって」


 再び吹き出す界の笑い声。遠くにランニングをする運動部のかけ声が聴こえる。部屋に漂う生暖かい空気は砂埃すなぼこりで少しけむたかった。

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