第10話 身体の限界
誰かに撫でられている気がする。
優しくて、愛に溢れている母親に撫でられているようだ。柔らかい何かに頭が乗っている感じがする。俺の頭を撫でているのは誰だろう。
意識が戻って来たので静かに目を開けると、視線の先には結奈の顔があった。柔らかい何かは膝なようで、いつの間にか膝枕をされていたようだ。
「あ、気が付いたのね! よかったぁ……」
「結奈! 無事だったか!」
「無事だよ……出雲のおかげで……私は無事だよ……」
見上げている結奈からは大粒の涙が零れ落ちている。
ポツリポツリと出雲の頬に滴り落ちる涙。悲しみの涙ではない、笑顔の涙が嬉しい。だが、気絶をしている間に何があったのだろうか。一色朧は生きているのかなどの多数の疑問が生まれるが、それは飛んできたリラによって解消されることとなる。
「いーくん起きた!?」
「リラさん……起きましたよ」
ポスッと音がするかのように顔に座ってきたリラ。
少し息が吸いずらいが、元気な姿を見れて満足だ。二人とも暗い顔が消えて笑顔に溢れている。表情から見るに、一色朧からは解放されたのだろう。
「いーくんが一色朧を倒してくれたから、解放されたよ! ヘカテーっていう精霊血を止めて、何かを言ったら解放するって急に言い始めたの。何を言ったんだろう」
「それは私もわからないの。お前たちは解放する。用済みだって急に言って、仲間と一緒にどこかに行ったわ」
周囲を見るとバリアを張る装置もなくなっており、出雲たち三人しかいない。
それにヘカテーの姿も見えない。どこに行ったのだろうか。
「あのヘカテーって精霊はどこに行ったか知らない?」
「一色朧に何かを言うと、いーくんの身体に入って消えたよ。ちゃんと精霊がいてよかったね!」
「そ、そうだね。全然意思疎通はできないけど」
本当はルナっていうもう一人の精霊がいるんだけど、今はいうのはやめておこう。
二体も精霊がいるなんて聞いたことがないし、もしバレたらどんな風になるかわからないからだ。今は二人を救えた。それだけでいい。
「さ、帰ろうか。周りに色々な人が見て来ているようだし」
膝枕を堪能したかったが、身体を起こして周囲を見た。
すると子供から大人までが抉れているサッカーフィールドを見て驚いて立っていた。どこかに電話をしている人もいて、警察を呼ばれたら厄介だ。そそくさと三人は土手を後にして家に帰ることにした。
「でもいーくんって戦うの初めてだったんでしょ? なんか光の剣で攻撃をしていたし、一色朧の攻撃を何回も受けてよく倒れなかったよね!」
結奈に支えられている肩に座りながら、頬を突きつつ聞いてくる。それだけリラにとって、出雲が戦ったというのは大きなことだったらしい。
二人には精霊に興味がないように映っていたけど、実際は凄い興味があった。パートナーの精霊がいる奇跡は大きい。だからずっと興味がないふりをして生きてきたんだ。だけどもうそんなふりをする必要はないな。俺には精霊がいたんだから。
「もうすぐ俺の家だね。二人とも無事に解放されてよかった」
「ありがとう。出雲のおかげよ」
「そうそう! いーくんのおかげ! でも生まれた時じゃなくても精霊が出るんだね! 不思議ー!」
リラがそういうのも無理がない。教科書に載っている通説を覆してしたのだから。
不安なのは、戦っている最中に通報をされたかかもしれないことだ。帰りに土手にいた人たち以外が見ていて、どこかに通報をしたかもしれないことが一番怖い。
「精霊遊戯ってさ、運営会社に連絡をしてからやるんだよね?」
気になったことを隣を歩く結奈に聞いてみる。
なぜか尖らせて考えているようだ。すぐに答えてくれると思ったのだが、その思惑は外れてしまった。
「そうねぇ……普通はそうだけど、あの時のは普通の精霊遊戯じゃなかったから気にすることないわよ」
「そうそう。いーくんが気にすることじゃないよー。何かあったら私たちのせいにしていいんだからねー」
やっぱり違法な精霊遊戯だったようだ。リラが気にすることないと言ったけど、気にするよ。警察とか来たら嫌だな。
肩を落としながらおぼつかない足取りで道を歩いていると、母親とフィラが家の前で心配そうな顔をして立っていた。どうして待っているのかわからないが、心配そうな顔をしている二人を見て、ただいまと笑顔で話しかけた。
「出雲! 心配したわよ!」
「出雲君! そんなに怪我をして、早く治療をしないと!」
駆け寄って来た真紀に右肩を支えられつつ家に入っていく。
途中、結奈が帰ろうとしていたが一緒に来てとフィラに言われて申し訳なさそうにしているようだ。そんな顔をすることはないのだが、巻き込んでしまったことが負い目になっているようにも思える。
「そんな顔をすることないよ。俺がしたかったことだからさ、笑顔だよ」
玄関の扉を開けながら結奈に言った。
でも、と言っているがそんな声は聞かない。言葉通り俺がしたかったことだから。
「出雲は優しすぎるよ……私にそんなに優しくする価値なんてないのに……」
真紀の腕を解いて、出雲は下を向いて俯いている結奈に近づく。
前の間に立つとビクっと身体を震わせているが、静かに抱きしめた。言葉にならない声を発しているが、関係ない。耳元で俺がいるから安心してと言うと、うんっと小さな言葉を発した結奈は涙を静かに流して泣いてしまう。
「いーくんが泣かしたー! いけないんだー!」
「い、いや! 泣かせてないから! 本当だよ!?」
リラに茶化されてしまうが、今はそれが最善だっただろう。
うるさいなと結奈が笑顔で言っているので、助けられたともいえる。五人で玄関を抜けてリビングに移動をすると、フィラとリラに椅子に座ってと言われた。
「手当てをするからね。痛いけど我慢をしてね」
「消毒液発射!」
落ち着いているフィラと違ってリラは自由だった。
消毒液を出雲の傷口に大量に飛ばしてくる。とても痛い。痛いけど治療をしてくれているので何も言えない。戦闘の時よりも我慢をしているのではというくらいに、顔に力を入れて苦しそうな声でありがとうと言うしかない。
「はい。治療終わりよ。よく耐えたわね」
「耐え耐えた! よく耐えたね!」
「ありがとう。傷口に染みるー!」
痛いけど、これは結奈を助けた名誉の傷だ。あれ? 結奈はどこに行ったんだ?
リビングを見渡しても二人の姿は見えない。一体どこに行ったのだろうか? どこかで何かしてるのかな?
「あのさ、母さんと結奈はどこに行ったの?」
救急箱を片付けているフィラに聞くと、見てないよと返された。
リラに聞いても同じ答えが返ってくる。治療をしている際に出て行ったのだろうか。結奈に変なことを聞いていなければいいのだが。一抹の不安を抱きつつ、ソファーに座って寛いでいると、扉が静かに開いた。
「ありがとう。良い話が聞けたわ」
「いえ。お話ができて良かったです」
目を腫らしている結奈が真紀と共に入って来た。
出雲はすぐに駆け出すと何があったと話しかけるが、気にしないでと返されてしまう。だが、気にせずになどいられない。
「結奈と何を話してたの?」
「目くじらを立てる話じゃないわよ。結奈ちゃんが家に帰っていないって聞いたから、そのことを聞いただけ。聞かれて困ることでもあるの?」
墓穴を掘りそうになる。
ヘカテーのことや一色朧と精霊遊戯をしたことなど話せない。どうにか真紀の疑念を晴らす方法はないのか。
「聞かれて困ることなんてないよ。泣いていたと思ったから、何かあったかなとね。何もないならそれでよかったよ」
「そう。ならいいわ。結奈ちゃんとリラちゃんは今日はここに泊まりなさい」
「いいんですか?」
「いいのよ。疲れたと思うからね」
今日はここに泊まるのか。両親に売られて一色朧のところにいたから、実家になんか帰りたくはないよな。ずっとここ暮らした方が幸せになれると思うけどな。
もう苦しむ顔は見たくない。結奈には笑顔でいてほしい……たったそれだけを叶えることが凄く遠い。どれだけの障害があるのだろうか。
「早く出雲は寝なさいよー。怪我をしてるんだからね」
「わかってるよー」
言われなくても寝るさ。もう身体が限界だからな。
母親たちに先に寝るねと言ってリビングを後にする。階段を上って自室に移動をすると、すぐさま目に入ったベットにダイブをした。
炎熱の精霊魔法士 天羽睦月 @abc2509228
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