第7話 精神世界と精霊

「君は未だに精霊を拒むのか?」


 誰だ? 誰が話しかけて来るんだ?

 結奈が引っ張られていた暗い空間とは違い、出雲が立っている場所は眩い光で満たされている不思議な空間だ。

 痛みで気絶をしたはずなのに、次に目が開いたら不可思議としかいえない空間に立っていた。誰かに説明をしてほしいが、そんな人は誰も立っていない。


「ここはどこだ? 誰が話しかけているんだ?」


 前後左右、上下、全てが明るい光で満たされている。


「痛みで倒れたはずなのに、俺がどうしてこんな変な場所にいるんだ?」


 話しかけられた声など気にならないほどに、綺麗という言葉が似合う空間だった。

 眩しいのに眩しくない。矛盾をしているだろうが、その言葉しか出ない。前に歩いても後ろに歩いてもどこかに辿り着く気がしない。目的無く歩き続けていると、再度声が耳に入って来る。


「君は未だに精霊を拒むのか?」


 その声は初めに聞いたと同じ、美しく艶やかで穢れを感じない綺麗な声がした。

 天井もないこの空間でどこから声がするのだろうか? 周囲を見渡すがそれらしい人の姿は見えない。きょろきょろと視線を動かしていると、目の前に霧が突然発生して白いワンピースに身を包んだ女性らしい人が姿を現した。


「な、急に霧が!? それに顔とかは見えないけど女の人が浮かんでる!?」


 ワンピースや服の上から見える身体の線から女性だとわかるが、霧が邪魔をして顔までは見えない。目の前にいる女性がこの空間の主だろうか?


「俺をここに呼んだんですか?」


 意を決して話しかけたのだが、返答がない。


「あなたは誰ですか?」

「―――――」


 何か言葉を発したようだが聞き取れない。

 さっきの綺麗な声はなんだったんだ? 目の前の人の声じゃないのか?

意識を失って、変な空間に立ってて俺に何をしたいのか。これは夢なのか? そんな風に思っちまうよ。


「とりあえず座るか。ずっと立っていても疲れるしな」


 ただただ目の前に浮かんでいる女性を見つつ、立っている地面と思われる場所に座ることにした。夢か現実か。はたまた精神世界なのか。

 誰からも説明がないまま、浮かんでいる女性だけが異質な雰囲気を放っていた。


「しかしここはどこなんだ? 何もなくて眩しい光で溢れてるけど、誰かの精霊魔法なのか?」


 地面と思われる場所に座って目の前で揺れている女性を見続けていると、先ほど聞こえた綺麗な声で「逃げて!」と周囲に響き渡った。


「え!? なに!? 逃げてってなに!?」

「いいから早く! 目の前にいる人はあなたを取り込もうとしてるのよ!」


 綺麗な声からは想像ができない焦っている口調だ。

 突然なことばかりで意味がわからないが、今は意思疎通ができると思われる声の主に従うことに決めた。


「わ、わかったよ! ていうか、どこに逃げれば――」


 立ち上がって前方を見ると、浮かんでいる女性が一気に距離を詰めて来ていた。


「―――――」

「な、何を言っているのかわからないよ!」


 鼻先数センチにまで迫っている女性の顔を見ると、そこには何もなかった。いや、何もないというよりは顔に当たる部分が消えていると言った方が正しい。

 腕や足、身体はある。首や耳、腰まで届く長い髪もあるが、顔の部分がない。


「うわあ!? な、なんだお前!」


 恐怖で腰が抜けそうになるが、聞こえた声に従って後方に全力で走ることにした。

 踵を返して一直線に走り続けると背後から「喰わせろ」と、身体の奥まで響く重い低音を発しながら浮かんだまま追いかけて来る女性の姿を横目で見た。


「どうして急に!? 喰わせろって意味がわからねぇよ!」


 どうすればいい!? どこに逃げればいい!? 方向はこっちであってるのか!?

 意識を失ってからわけがわからないことの連続で、出雲の思考はショート寸前だった。綺麗な声の人の指示に従うのだって不安だし、この空間で信じられる人がいないことが一番の不安だ。


「どこに逃げればいいの—! 教えて—!」


 頭上に向けて叫びながら走っていると、右に避けてと声が聞こえた。


「右!? 右ってどっち!?」


 焦っているので、右がどっちかすらわからなくなっている現状だ。

 どっちなのと叫ぶと右手の方と再度声が聞こえたので、勢いよく指示があった方にヘッドスライディングをして、浮かんでいる女性から離れた。すると肩に付く長さの白銀の髪を持つ純白のワンピースを着た女性が横に現れて、右手を前に出した。


「これでいいの!?」

「それでいいよ。ありがとう」


 右手から衝撃波のようなモノを発生させて、浮かんでいる女性を後方に吹き飛ばした女性は笑顔で話しかけてくれた。

 大きな紺碧の瞳が印象的な目鼻立ちが良い、髪色も相まって妖艶で麗しい艶麗な女性だという印象を受ける。


「間に合ってよかったよ。私は君と会うのを楽しみにしてたんだ」


 出雲より身長が高い女性は、両膝に手を置いてウィンクをしてきた。

 その際に揺れた大きな胸に視線が引き寄せられてしまうと、エッチだねと甘い声色で耳元に囁いてくる。


「あ、えっと、その……ごめんなさい……」

「いいのいいの、ちょっとからかっただけだから。あ、こんな話をしている場合じゃなかったね。早くここから離れよう」


 そう言いながら手を掴んで引っ張ってくる。


「離れようって、どこにいくの!?」

「それはね、現実世界に行くのよ」

「現実世界!? やっぱりここは現実じゃなかったんだ……」


 引っ張られながらやっぱりと言うと、女性が当たり前でしょと笑っていた。


「ここは出雲君の精神世界だよ。精霊を望んだから来れたの」

「望んだから?」

「そうだよ。結奈ちゃんだっけ? その子を助けたいと思って、初めて精霊が欲しいって願ったでしょ? だからこの世界に来れたの」

「ということは、あなたは精霊なの?」

「そうよ。本来は出雲君が赤ちゃんの時に出会うはずだったけど、誰かが介入をして出会えなかったの」


 走りながらごめんねと言う女性に対して、出雲は謝ることはないよと返した。


「今出会えてるし、俺にもちゃんと精霊がいることがわかって安心したよ」

「そうだよ。生まれた時からちゃんと側にいたよ」


 そっか……ちゃんと精霊がいたんだ。

 側で見守ってくれていたし、俺は一人じゃなかった。まだ名前を聞いていないけど、二人なら結奈を救えるはず。


「あった! 目の前の扉に入って! そうすれば現実世界で意識が戻るよ!」


 女性が指差した先には、銀色の鉄製の扉が見える。空間にポツンと扉だけがあるのは不可思議だが、恐れずに指示に従うことにする。

 ドアノブに手をかけて、意を決して扉を開けた瞬間、「早く!」と女性の声が周囲に響き渡った。


「え? どうしたの!?」


 女性がいる背後を見ると、そこには浮いている女性が右手に持っている巨大な黒色の鎌をバリアのようなモノで防いでいる女性の姿が目に入った。


「私のことはいいから早く入って! そうすれば助かるから!」

「で、でも、そうしたら俺だけしか助からないじゃん!」

「いいの。出雲君を守るのが私の役目でしょ?」

「わかった……また必ず会えるよね?」

「会えるわ。そうだ、名前を教えてなかったわね。私の名前はルナよ」

「ルナ……ありがとう」


 前を向いて出雲は扉の中に入った。それからルナがどうなったのかわからない。

 戦闘を続けているのか、終わったのか。再度会った時に、その後のことを聞いてみたいものだ。


「ただ、精霊に会えた。今はそれだけで充分だ。早く現実世界でルナと会えるようにしないと」


 周囲が暗く、目の前に伸びる幅が狭い輝く一本道を歩き続ける。

 不思議だと誰しもが言うだろうが、精霊が関わることなので不思議とは思わない。むしろこのような経験が無さ過ぎたと俺なら返すだろう。


「ま、聞かれることなんてないと思うけど」


 自分で自分に突っ込みをしつつ歩いていると、道の終着点にまたも扉があった。

 輝く道以外は暗く、下は奈落に続いているかのように見えるのだが、どうやって立っているのだろうか。いや、不思議な空間なので考えるのは無粋であろう。


「この扉に入れば現実の世界に……」


 冷や汗を垂らしながら意を決して扉を開けると、目を開けられないほどの眩い光が溢れてしまう。


「眩しい! でも先に進まないと」


 一歩、また一歩と前に進むと、扉の中に完全に入ると途端に痛みによってベットに倒れたように、一瞬にして意識が消えた。

 だけど、今回は怖くはない。ルナと会えたことや現実世界に帰れること。そして、現実世界で必ずルナと会って結奈を救える可能性が高くなったからだ。


「か……必ず……俺が……」


 言葉を発しながら、静かに開けた目に入った景色は自室の天井だった。

 いつも寝起きに見る景色に安堵をするが、意識を失った時に布団に入った記憶はない。どうして布団に入って寝ているのかと、身体を起こしながら考えていると扉が開いて母親とフィルが入って来た。


「お、起きたの!? 心配したよー!」

「何があったかはわからないけど、三日も寝ていたのよ? 心配かけないでよ!」


 真紀とフィルが涙目になりながら出雲に抱き着いてきた。


「二人ともごめん……頭痛が酷くてさ……でも、精霊に会えたんだよ! 俺にも精霊がいたんだ!」

「精霊? 精霊は生まれた時にいなければいないはずだよ? そうよね真紀さん?」


 フィラが隣で神妙な面持ちの真紀に話しかけているが、どうしたのだろうか。

 出雲が何か変なこと言ったかなと話しかけると、大丈夫だよと返された。


「本当かどうかわからないけど、会えたのはよかったわね。少し仕事を思い出したから行ってくるから、安静にしていなさい。フィラも一緒に来てね」

「わかったよー。出雲君は絶対に安静だよ! わかったわね?」

「ゆっくりしてるよ。ありがとう」


 終始神妙な面持ちの母親と共にフィラが部屋を出て行った。

 静かな家にガチャっという玄関の鍵を閉めた音が響いたので、言葉通り仕事に行ったのであろう。


「何か知ってそうだったけど、聞いたところで教えてくれないだろうな。今は気にするのはやめて、結奈のことを考えよう。体力を戻して四日後に水宮海浜公園に行って結奈を助けるんだ」


 結奈を助けることと、ルナを現実世界に呼ぶことだけを考えることにした。

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