第6話 精霊がいない現実
「結奈!」
声を上げて身体を起こし、目に入った景色は自室であった。
いつもの見慣れた空間だが、違う点が存在する。それは寝ているベットの横に結奈とリラが座っていたことだ。
「め、目が覚めたのね! よかったぁ……」
「心配したんだよ! いーくんはあの男に殴られて気絶してたんだから!」
「そうか……気絶してたんだ……」
身体を見ると、頬に絆創膏が張られていたり腕に包帯が巻かれているのがわかる。
傷の具合から見て、朧とかいう男は危険すぎる。町中で精霊術を発動したり戦闘を行ったりと、警察になぜ捕まっていないのか不思議なくらいだ。
「もう関わるのはやめましょう。それがお互いのためみたい」
朧のことを考えていると、結奈が話しかけてきた。
「どうしてそんなこと言うの? 俺が結奈をあの男から助けたいよ!」
「ダメなの! これから私はあの男、一色朧の道具としていいように使われて死ぬわ。それを親も良しとして売ったのだから」
結奈の顔は全てを諦めているよな表情をしている。
自分の人生がここで終わり、後は死ぬだけだというような、そんな死を悟っている顔をしていた。
「私は結奈ちゃんと一緒にいるからね。最後まで一緒だよ」
「ありがとう……私にはリラだけよ。一緒にいましょう」
顔に抱き着いているリラを撫でて
やはり精霊の存在は大きい。パートナーとして生まれてから死ぬまで一緒にいる精霊。俺にはいない大きな存在だ。
「俺だって結奈と一緒に――!」
「出雲に何ができるの? 精霊がいないのに、呆気なく一色朧に負けたのに、何ができるの?」
「そ、それは……」
何も言い返せない……俺は何もできない無力だ。
精霊も力もなくて、結奈が言った通り呆気なく負けるだけの弱い人間だ。
だけど、もし俺に精霊がいたら助けられるのか? いや、助けられるかじゃない。助けるんだ。俺が結奈を救って笑顔でいてもらうんだ。
「無理でしょ? 精霊がいないのに戦えるわけないわ。私のことは忘れて、平和に暮らしてね……さようなら」
その言葉を残して、部屋から出ようとする結奈を見た出雲は待ってと叫んだ。
「俺が必ず助ける! だから待っててくれ!」
「いつまでも待てないわよ。肝に銘じておきなさい」
「ありがとう」
顔を見ずに話したその言葉を最後に、結奈は部屋から出て行ってしまう。
助けなければ今生の別れになってしまう。いつまでも待てないという結奈の言葉を忘れずに、一秒でも早く救い出さなければならない。
しかし、どうやって助ければいいのか。後を付けて追いかければいいのか。
「これからどうやって結奈を助けるのか考えないとな」
ベットの上に座って考えていると、横にある窓をトントンと叩く音が聞こえた。
いーくんと自身を呼ぶ声が聞こえたので、声を主はリラであろう。結奈と一緒に帰ったはずなのだが、どうしてすぐに来たのだろうか。
多くの疑問を感じながら窓を開けると、リラは静かにベットの上に座った。
「急に来てごめんね。いーくんが最後に言った言葉が本当か気になって来たの」
「最後に行った言葉って、必ず助けるってこと?」
「そうだよ。いーくんは本当に結奈ちゃんを助けたい?」
真っ直ぐに見つめてくるリラ。
その顔は今まで見た冗談を言う顔でもなく、初めて見た真面目な表情をしていた。
「本当に助けたいよ。精霊がいない俺じゃ何ができるかわからないけど、結奈を救いたい気持ちは本当だ」
「そう。やっぱりいーくんは結奈ちゃんの英雄だよ」
「英雄? そんなことないよ。俺が結奈を助けたことなんてないし、むしろ助けられてばかりだよ」
頬を掻きながら言うと、覚えてないのと聞かれた。
何を覚えていないのだろうか? 何か結奈にしたことなんてなかったんだけどな。
「幼稚園くらいだったかな? 結奈ちゃんが苛められていた時に、真っ先に立ち向かって助けてくれたんだよ? 覚えてないの?」
「あ、確か結奈が苛められている子を助けたら標的にされた時だよね? 二対一で負けそうだったけど、俺が入って勝ったやつだね」
「そうだよ。その時から結奈ちゃんはいーくんの話しをするようになったし、目で追うようになったんだよ」
目で追う?
それってどういう意味だろうか。気になってという訳ではないだろうし、どういう意味か聞かないとわからないな。
「そうなんだね。目で追うってどういう意味か聞いてみたいな」
聞いてみたいと言葉を発すると、リラが目を見開いてわからないのと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「本当にわからないの? 目で追うってことだよ?」
「敵対心じゃないのはわかるけど、どういう意味かわからないな。助けたら聞いてみたい」
大きな溜息を吐いているリラ。
何か変なことを言った覚えはないのだが、前途多難だわと言っている。助けることが前途多難なのだろうか。それとも目で追うって言葉のことだろうか。
「まあいいわ。話がずれちゃったけど、これを届けに来たの」
そう言いながら一枚の紙を手渡してきた。小さなメモ用紙には一週間後、水宮海浜公園に二十三時と書いてある。
水宮海浜公園とは、出雲や結奈が住んでいる場所から電車で三駅先にある海沿いの町である。海辺の町ということもあり、水に関するイベントが多数行われていることで有名だ。
「あんな平和な町で何をしようとしているんだ?」
「わからないわ……私にも教えてもらってないの。だけど一週間後にあの町に行くって話している声を聞いて知っているだけよ」
「そうなんだ。あ、今って家に結奈はいるの?」
ふと思っただけで聞いたのだが、リラの顔は曇ってしまう。
もう何を言っても地雷にしか思えないが、臆せずに聞いていくしかない。
「もういないよ。荷物を纏めて一色朧のところに行ったんだ。実はもう学校に休学届を提出済みで、今回のいーくんとの精霊遊戯を最後の楽しみにしてたの」
「それって本当なの?」
「うん。私に行く前に教えてくれたの」
どうして教えてくれなかったんだ。俺に心配をかけたくなかったからか? それとも何も知らせないでフェードアウトをするつもりだったからか?
考えても結奈ではないので答えはでないが、一つだけわかったことはある。
「結奈自身は望んでいったわけじゃないのは確かだ。去り際にいつまでも待てないって言っていたから、本心は助けてほしいんだと思う」
「きっとそうだよ。精霊がいーくんにはいないけど、だけど……結奈ちゃんはいーくんに助けてほしいんだと思う!」
リラさんが言うのなら俺の考えは合っているみたいだな。
だけどどのように救えばいいのか。そこを考えないと救うことは無理だ。
腕を組んで精霊がいない中でどうやって救えるのか考えていると、頭部を鉄製のバットで殴られたかのような痛みが襲って来た。
突然で唐突で、リラの目の前で身体を丸めて悲痛な呻き声を上げてしまう痛みだ。
「どうしたのいーくん!? 何があったの!?」
「あ、頭が……頭があ……」
な、なんで突然頭痛が!? 鉄製のバットで殴られたかのような強烈な痛みが頭全体に……頭が割れるみたいだ。
「大丈夫!? 急にどうしたの!?」
「あぐぅ……わ、わからない……急に鉄のバットで殴られたかのような痛みが……」
痛い痛い痛い。
治まるどころかさらに痛みが強くなったみたいだ。どうすれば治まるのかわからないし、頭痛がなんで起きたのかもわからない。何が原因だ? 朧に殴られたからか?
「とりあえず今は休んで! 一週間後に水宮海浜公園よ? そこに来てね。それまでは私が結奈ちゃんを守るから、安心してね」
「わ、わかった……痛みで話しを続けられなくてごめん……」
「気にしないで。本来は一週間後のことを伝えに来ただけだから……今はゆっくり休んでね。次は笑顔で会いたいな――」
悲しい口調で言葉を発したリラは、羽を動かして窓から出て行った。まだ話したいことはあったのだが、痛みで目すら開けられない。
最後の言葉が心に残る……次は笑顔で――こっちだってそうだ。今まで通りの結奈とリラと会いたい気持ちは俺だって同じだ。
「お……俺が……かなら……ず……」
苦しみに耐えながら発したその言葉を最後に、意識が消えた。
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