第8話 悲劇を振り払う

 あれからさらに三日が経過した。

 身体の方は既に万全だ。だけどルナを現実世界に呼ぶ方法がわからない。

 国が運営をしている国立図書館や、近所の古い書店まで幅広く通ったが、精神世界にいる精霊を呼ぶ方法が書かれている本など一切なかった。


「どうしようか……どうすればルナをこっちに呼べるんだろう」


 溜息を吐きながら地元の商店街を歩いていると、結奈と思われる姿を見かけた。

 今日は休日なので歩いていても不思議ではないのだが、様子がおかしい。昨日リラと会った際に家に帰っておらず、朧のところで寝泊まりをしていると聞いている。


「後を付けてみるか。何かわかるかもしれないしな」


 気付かれないように、一定の距離を開けながら後を付けることにしよう。しかし一体どこに行くんだろうか。結奈が進んでいる先には何もないはずだけど。

 結奈が向かっている先は土手しかない。大きな川が有名で、釣りをする人や家族連れで休日に賑わっている場所だ。


「土手に何か用でもあるのか? 話しかけて家に帰っていないこととか聞かないと」


 気が付かれないように後を付けること三十分。

 何度か振り向かれたが気が付かれることはなかった。結奈は溜息を吐いているようで、チラッと見えた横顔は酷く疲れているように見える。


「話しかけるか。土手の前は住宅街だから、隠れられる場所はあるはずだ」


 江柄川と呼ばれる川が流れている土手の側には多数の住宅街が広がっており、工業地帯が隣接するように建設されている。

 出雲は住宅街と工業地帯が密接している場所であるなら、隠れて話せば朧にバレないのではないかと考えた。


「結奈! 俺だ!」

「え!?」


 土手に続く階段を上っている結奈に意を決して話しかけると、突然聞こえた出雲の声に目を見開いて驚いた表情をしていた。


「ど、どうしてここにいるの!?」

「商店街で見かけて追いかけたんだよ。家にも帰っていないって聞いてさ、話しをしたくて来たんだ」

「ストーカーじゃない。犯罪よ?」

「犯罪は一色朧たちでしょ?」

「それもそうね。でも早くしないと朧たちが来ちゃうわよ?」


 結奈の言うとおりだ。

 決めた通り隠れて話さないとバレてしまう。時間との勝負なんだ。


「こっちの影で話そう」

「うん」


 何かを諦めたかのような。隠すのを止めたような、そんな顔を結奈はしていた。

 しかし今はその顔を気にしてはいられない。隠していることを聞かないと。


「土手とマンションの間の狭い道なら平気かな?」

「いいと思うわ。少しだけよ?」

「ありがとう」


 間近で見た結奈は遠目から思た通り酷い顔をしていた。

 赤く腫らしている頬に、首筋には絆創膏を張っている。また、あれだけ艶のあった髪はボロボロだ。


「顔、酷いでしょ? そんなに見ないで」

「ご、ごめん……」


 見ていたのがバレた。

 綺麗で可愛いと周囲から言われていた結奈だが、今は見る影がない。服も汚れているし朧と会う前であったのなら、こんな服で外には出ないはずだ。


「それで、何が聞きたいの?」

「あ、そうだ。家に帰ってないの? それに明日の精霊遊戯は何をするの?」

「そのことね。親に借金の肩に売られたのに家にいるわけないじゃない。精霊遊戯は昨日正式に選手として登録をしたから、一色朧と戦って負けるだけよ。ただそれだけだから安心して」


 何を安心すればいいのか。

 一色朧に負けるだけと言っても酷い負け方をさせるはずだ。自分以外を道具のように扱う男だというのに、結奈は安心してと言った。


「安心なんてできないよ! これ以上結奈が酷い目に合うのを見ていられない! リラさんだって同じ気持ちだよ!」

「やっぱりリラが何かしたのね? そうでしょ?」

「それは言えない。だけど、心配しているのは確かだよ!」


 心配。酷い目。

 その言葉を聞いた結奈は、当然でしょとポツリと言葉を漏らした。


「辛いのは当り前よ! 親に売られて一色朧に殴られて! なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの!? 精霊遊戯にこんな形で参加なんてしたくなかった!」

「実力を付けてから参加をしたいって言っていたもんな……でもどうして明日精霊遊戯をするんだ? 一色朧にどんなメリットがあるんだ?」


 結奈と精霊遊戯をするメリットが思いつかない。

 何を企んでいるのか、一色朧のことだから残酷なことを考えているかもしれない。だけど、そんなことはさせない。俺が結奈を守る。


「時間をかけすぎたわね。後ろを見て」

「後ろって、一色朧!」


 土手の上から見られていた!? 

 いつからかわからないが、結奈が全て聞かせるわけないので少し前からだろう。たとえ聞かれていたとしても、困ることはないはずだ。


「お前また来たのか。懲りないやつだ」

「うるさい! 俺は結奈を救いに来たんだ!」

「俺にあれほどやられても来る根性は認めてやる。だけどな、俺の邪魔をするつもりなら、次は容赦しない」


 この前にあった様子とは違い、重い威圧感を放ってくる。

 依頼のことか? それが重要なで、邪魔をする俺を排除しようとしているのか? よくはわからないが、明日行う準備か何かで苛立っているんだと出雲は考えていた。


「だとしても俺は、救いに来たんだ!」

「そうか。なら事前練習で相手をしてやる。お前が勝ったのなら、その女は解放してやる。良い条件だろ?」


 確かに良すぎるが、出雲はおかしいと感じていた。

 あれだけ道具だと言っていた人間を簡単に手放すだろうか? 何か結奈を使って実験をしようとしていて、その相手が俺に変わっただけじゃないか?


「あいつは正気じゃないわ! 相手にしちゃダメ! 出雲は精霊がいないのよ!?」

「逃げないよ。俺は結奈を救うためにいるんだ。それに、精霊はいたよ」

「何を言っているの!?」


 そりゃ何を言っているってなるよな。

 だけど本当にいたんだ。まだ現実世界に出てないけどさ、すぐに見せるから。


「見ててくれ。俺はちゃんと結奈を救うから」

「話しは終えたか? 土手に来い。相手をしてやる」


 後を付いて行くと、広いサッカーフィールドの四隅に精霊遊戯で使用をしているバリア装置が置かれている。

 朧の仲間と思われる若い男女が装置を起動すると、サッカーフィールド全体がバリアで覆われた。既に中心部にいた出雲は突然の事に戸惑っていた。


「ば、バリア!? そんな装置まで持っていたのか!?」

「依頼があったと言っただろう。お前はあの道具の代わりだ」

「結奈は道具じゃない! 俺は必ず解放する!」

「精霊がいないくせに粋がるな! アイラ!」


  朧の呼ぶ声によって、サッカーフィールドのどこかにいたアイラが姿を現した。

  そして右拳に風を纏わせる風拳を発動させて、一気に距離を詰めてくる。


「精霊がいないお前には無理だ。諦めろ」

「そんなことない! 俺にも精霊がいるんだ!」

「そうか。妄想に囚われたまま死ね」


 眼前にいる朧は、風拳で右頬を殴りつけてくる。

 風を纏っているので打撃と共に切り傷が頬にでき、想像以上にダメージが大きい。だが、そんなことに恐怖を感じていられない。朧を倒して結奈を救う。それだけしか考えていないからだ。


「今のを耐えるか。前とは違うようだが、それだけだ!」

「だとしても! 俺は!」


 口調が違っている朧だが気にしない。

 依頼や実験とは何だろうと考えつつ、自身も右拳で殴りかかる。だが、その攻撃は左の掌で掴まれてしまい、再度風拳によって連続で右頬を殴られてしまう。


「さっさと負けを認めろ! お前は弱い!」

「ぐうううぅぅ! 弱いけど、弱いけど……守りたい人がいるんだ!」


 右頬から鮮血を流しながら朧にタックルをして後方に押した。

 しかしそんな攻撃は意味がなく、腹部を三度蹴られて地面に押し倒されてしまう。


「諦めろ。お前は実験にもならない弱さだ、このまま死ね」

「死ねない……がっふ……死ぬわけには……」


 全く歯が立たない。

 ルナを現実世界に呼ぶ方法もわからないし、流れに任せて戦うんじゃなかった。いや、ただ一日違うだけだな。早まっただけだ。結局俺には何もできないのか。


「まだ立つか」

「立つさ……今戦わないと一生後悔するからな」

「その根性だけは認めてやるよ」


 朧はクククと小さく笑い、ズボンのポケットからカプセル状の錠剤を取り出して、三個飲み込んだ。


「最後に見せてやるよ。これが依頼された実験だ!」

「一体何を!?」


 フラフラな足で辛くも立ち上がると、目の前で朧が悲痛な声を上げ始めた。薬を飲んだ瞬間の出来事だったので、その影響がすぐに出たのかと驚いてしまう。

 それと同時に、バリアの外にいる朧の仲間や結奈が危険だと叫んでいる声がバリアを通して出雲の耳に届いていた。


「うぐぅぅぅうああああああ!」


 頭部を両手で抑えて苦しんでいる。

 アイラがご主人様と叫んで心配をしているようだが、うるさいと怒鳴られて地面に叩き落とされてしまう。


「精霊に何をしているんだ! 大丈夫か!?」

「平気……わたしよりご主人様を……たすけ……て……」


 その言葉を最後にアイラは気絶をしてしまった。

 大切なパートナーに危害を加えるのは許せない。精霊がいなくて劣等感を感じていた出雲には理解ができない行動だ。


「お、俺の……ま、えから……消えろおおおお!」


 身体から黒い靄が出ると共に、地面に倒れているアイラが宙に浮かんで朧の身体に吸い込まれてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る