第3話 第九八回精霊遊戯
「席を確保したけど、結奈たちが来ないな」
席を確保して既に十分が経過をしているが、二人が一向に来る気配がない。
目の前に広がるフィールドから東雲愛理という歌手が歌声が聞こえ、それに呼応するかのように観客が湧いている声だけが身体に響いている。
「凄い熱気だ……確かに結奈たちが好きになるのもわかるな。綺麗な歌声と魔法がよく合ってるし、何より笑顔が可愛い」
可愛さの中に綺麗を秘めている童顔な顔。
肩までかかる、艶がある薄い桃色の髪。
そして、白と青の二色で彩られているフリル付きのスカートが目立つ綺麗な衣装。
その全てが、歌姫・東雲愛理を形作っていると一目見ただけで理解できる。
「人気になるわけだ。綺麗な歌声に可愛い顔と女性らしい身体付きが合わさって、まさに最強の歌姫だな」
愛理を見つめていると、横から「気持ち悪い」と辛辣な声が聞こえてきた。
とても辛辣な言葉だが、その声は結奈からだった。言葉とは裏腹に笑顔で屈みながら顔を覗いて来て、可愛い子が好きだよねと言ってくる。
「今さ、愛理ちゃんに見惚れてたでしょ? 綺麗で可愛いからって、凝視して見たらダメよ? 可愛い子が好きなのはわかるけどね」
「そんなに変な顔してた? ていうか、見惚れてなんかないよ。ただ、同い年くらいなのに大人っぽくて綺麗だなって思ってただけだから」
「だよね! だよね! 可愛いのに大人っぽくて最高だよね!」
愛理の話をしたら早口で喋り始めてしまった。何度か止めたが、喋り始めた結奈からは言葉がマシンガンのように出ている。
聞き取ることが難しいが、その様子からどれほど好きなのか伝わってくるほどだ。
「凄い好きなんだな。確かに好きになる気持ちはわかるよ」
目を輝かせて喋っている結奈を見ながら笑顔を向けると、凄い好きと返された。
「始めはテレビでライブの映像を見たのが切っ掛けね。リラに頼んでどんな人か調べてもらったら、凄い共感する過去があってね。それから少しずつ動画を見始めたら自然と好きになってたのよ」
「そうだよ! グッズとか色々買ったんだよ!」
「そこまで言わなくていいのよ! 馬鹿リラ!」
「怒らないでよー!」
突然喧嘩を始めた二人に対して、出雲はどう言おうか考えていた。
どうしてこんな時に喧嘩をするんだか。精霊と人間は性格が似ているから衝突することが多いって聞くけど、だからってここでしなくてもいいのに。
「好きなのはいいことさ。同じ趣味を持つパートナーなんだから、喧嘩は悲しいよ」
悲しい。
その言葉を聞いた二人は俯いてしまい、そうだねと言葉をハモらせてしまう。
「ごめんねリラ」
「私もごめんねぇ」
お互いに謝ると席に結奈が座り、リラは出雲の頭部に座った。
ポンっという音が鳴るように軽く座ったようで、良い眺めと言葉を発している。
「愛理ちゃんの出番が終わったみたいだね。これから精霊遊戯が始まるのかな?」
ずっと歌を聞いていたいと言っているが、そうはいかないだろう。
フィールドの四方から小さな円柱の装置が出現し、青白い光を放って発光し始める。一体何が始まるのだろうか。出雲は目を見開いてワクワクと心を躍らせていた。
「小さな機械からバリアのようなものが出てきた! あれで俺たちを守ってくれるんだ!」
「そうなの?」
「そうだよ! テレビで見たことあるけど、精霊遊戯での戦闘被害が観客に及ばないようにするバリアで、あれがあるから安全に見れるんだ」
指を差した先を結奈とリラが見ると、装置から光が上空に伸びてフィールド全部を囲い始めた。
「これがバリア?」
「そうだよ。これが精霊遊戯での戦闘の余波とかを防いでくれるんだ。これがないと危険だから、開催するには必須の装置だね」
「そうなのねー。テレビで見るのと実際に見るのとは違うんだ」
凄いと言いながら、前のめりでフィールドを結奈が見つめている。
段々と暗くなるにつれて歓声が上がり、先ほどの東雲愛理の時よりも熱気が強い。
「そろそろ始まるわよ!」
「マジか! 楽しみ!」
ワクワクしている結奈は、出雲の頭部に座って欠伸をしているリラにあんたも盛り上がりなさいよと文句を言っている。
結奈に言われたリラは、出雲の頭頂部で背伸びをしながら何度も瞬きをし始めた。
「眠くなっちゃんたんだもん……でも楽しみなのは同じだよー!」
リラはふわふわと飛びながら結奈の肩に移動をした。
やっぱりリラは結奈の側にいた方がいい。そう出雲が考えていると、ドームの天井から一人の男性が肩幅程度の円形の足場に乗って宙を移動し始めた。
「ご来場の皆様! 今日はよく来たな! 第九八回精霊遊戯の始まりだ!」
ドームの中を円形の足場で縦横無尽に移動をしながら金色と銀色のツートンカラーの髪色をし、左側の髪が長い左右非対称の髪型をしている。
名前は新崎傑といい、二十歳という若さでありながら新進気鋭の司会者として有名な青年だ。その傑がマイクを片手に観客を煽っており、熱気をさらに上げている。
「今回の精霊遊戯は、ファン投票トップ十人によるトーナメント戦だ! 泣いても笑っても、お前たちの応援の力が試されているぞ! 応援しまくれ!」
煽りに煽られた観客たちは、これでもかというほどに声を上げているようだ。
両手を上げる人、既に泣いている人、参加をしている精霊術師のグッズを掲げる人など様々な応援の仕方をしている観客で溢れていた。
「ファン投票トップが十人も来るなんて凄いわね! 精霊遊戯って確か順位が毎年決まっているわよね?」
「そうだよ。参加している精霊術師との公式試合での勝率や、世間に対する貢献度などで運営が総合的に判断して決めているみたい」
結奈が言うように精霊遊戯には順位が存在する。
五年前に現れた不動の一位の英雄の男性、二位の氷姫の少女。そして、冷酷な聖人の三位の男性を総称して不動の三強と呼ばれている。
他にも英雄や氷姫などの二つ名を付けられている人がいるのだが、不動の三強が有名になり過ぎて他の二つ名が霞んでいる状態だ。
「そうなんだ。精霊術師も大変なんだね……」
しかめっ面になった結奈は何かを考えているようだ。
精霊魔法のことを言っていたので、精霊術師になりたいのだろうか? 中学校の卒業式が終わった時に、さらっと結奈が精霊術師になって親に頼らずに生きたいと言っていた。その時は深く考えなかったが、今思えばもっと話を聞いておくべきだったのかもしれない。
「少しでも精霊魔法を使えている結奈なら、精霊術師になれるよ! リラさんだって協力してくれるだろうし!」
「当然よー! 結奈の夢は私の夢でもあるんだから、超協力するわ!」
ドヤ顔のリラは、しかめっ面をしている結奈の頬を軽く突き始めた。
一押し毎に指が沈んでいるようだ。とても柔らかい頬に見える。
「痛いわよ。突くのやめて」
「しかめっ面は似合わないよ! 親のことは考えないで、自分の幸せを考えよう?」
「それが一番よね……だけど、すぐには忘れられないこともあるわ……忘れないけどね。人間って不完全で、愚かなの」
急に結奈がリラと真面目な話しをし始めたな。親のことって特には聞いたことがないけど、そんなに仲が悪いようには見えなかったけどな。
出雲は結奈の両親と幼少のころから関りがあるが、とても仲が良い印象を受けている。どこにでもいる普通の親子。そういうイメージだ。だけど、横にいる結奈は悲しい顔をして、親なんかと言っている。何かここ数年であったのだろうか?
「結奈! そろそろ始まるみたいだよ!」
とりあえず今の俺には精霊遊戯で楽しませるしかない。
いつか悩みを打ち明けてくれるといいんだけどな。お互い幼馴染だけど、知らないこともあるのは確かだ。その部分を知れればまた何か違った関係になれる気がする。
「あ、来たよ!」
リラが笑顔で指差す方向から、ファン投票で選ばれた十人がフィールドに現れた。
先頭は東雲愛理と同じ薄い桃色の髪色をしているが、腰まで伸ばしている氷姫・獅子堂琉衣が桜の花びらが複数枚描かれている猫の仮面を付けながら歩いている。
途中、風で膝上まであるスカートが捲れそうになったのか、止まって手で押さえてしまう。その動作を見た観客は一斉に歓声を上げて熱気がさらに増した。
「琉衣ちゃんが先に来たのね。私でも知ってるほどに有名な人ね。身長は小さめで仮面を付けているけど、動作から絶対に可愛いってわかるのが凄いわ」
「そうだよね。それも相まって凄い人気の一要因になってるみたい。あ、次に出て来たのは冷酷な聖人って二つ名を持つ司馬武蔵さんだね!」
全身を黒いフード付きマントで隠して歩いている。
顔は一部の運営しか見たことがないと言われるほどだ。素顔もわからず、名前も偽名なのではしれないとの噂だ。
「長身で痩せ型のスラっとした体型だけど、どこか威圧感を感じるわね。顔がわからないけど、慈善事業や人助けを主にして、悪には容赦がないから冷酷な聖人って言われているらしいわよ」
「そ、そうなんだね……ていうか、俺より詳しくない? 精霊術師を目指すようになって、色々調べたの?」
「そうよ。目指すからには調べて知識を増やさないとね。リラと一緒にできるだけ調べて覚えたの。もう出雲よりも知識が多いかもね」
「そうみたいだね。頼もしいよ」
自身よりも詳しい結奈に説明を受けながら、出てくる精霊術師を見ていく。
一位の人以外が出揃うと、司会をしている傑が揃ったなと声を発したので、一人足りないまま始めるのかと周囲にいる観客がどよめいていた。
「皆も見たらわかる通り、一位の英雄は今日は欠席だ。何やら外せない用事が入ったとのことで、今日はこの九人で行うぞ! 英雄を目当てに来た人はごめんな! だけど他の精霊術師を見る良いチャンスだから、それで許してくれ!」
空中を縦横無尽に飛び回りながら、傑が大画面のモニターに映ったトーナメントの説明を始めた。
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