第4話 不動の三強
「さぁ! メンバーも揃ったところで、トーナメントの開始だ!」
傑が叫ぶと、巨大なスクリーンにトーナメント表が映し出される。
九人の名前がシャフルされて一人ずつ配置をされていく。人数的に一人がシードとなるようで、その位置には氷姫である獅子堂琉衣の名前が表示された。
「獅子堂さんがシード枠か。最初から見たかったけど仕方ないか」
「そうね。だけど楽しみも増えるわ。早く琉衣ちゃんの番にならないかしら」
琉衣ちゃん? 結奈はそう呼んでいたのか。ここに来てから知らない面ばかりを見るな。知っているようで知らなかったことが多かったのか。
出雲は結奈のことを殆ど知っていると思っていたが、そうじゃなかった現実を目の当たりにしていた。親やリラのこと、そして精霊遊戯が好きだったことなどだ。
「不動の三強の戦闘が見れればそれでいいかなー。他の人も凄いんだけど、あの三人に比べたら凄い劣るから見てもなーって思って」
「そうなの? 普通に凄い人たちだと思うけど?」
「出雲は本当に精霊遊戯が好きなの? 今までを見ていれば琉衣ちゃんたち不動の三人以外の人は戦いにもならないわよ。根本的にレベルが違うわ」
そうだったのか、知らなかった。
他の人たちも凄い活躍をしているし、戦闘だって凄いはずだ。実際に生でも見ているし、事故があった際に救助をしているのを見ている。
だけど、結奈が言うには不動の三強とはレベルが違いすぎるらしい。
「そんなに違うのか……俺にはそうは見えなかったけどな。普段テレビで見ている感じだと、力は拮抗してるって思ったよ」
「はぁ……出雲の目は節穴ね! 見てみて、今戦ってるのは冷酷な聖人、司馬武蔵さんよ。相手は剛腕の二つ名を持つ八位の我原風雅さんね」
八位の剛腕と結奈が呼んだ男性は、赤髪の短髪が目立つ筋骨隆々の男性だ。
頬にある切り傷は崩落事故から怪我人を守った際に受けたらしい。隣に浮かんでいる同じく筋骨隆々な精霊と共に、拳を何度も打ち込んでいる。
「瞬きもする暇もなく打ち込まれる拳を軽々と避けているでしょ? 近接が得意な風雅さんであっても不動の三強には遠く及ばないの。出雲が見ていたのは多分、興行じゃないかしら? 未だに精霊遊戯を嫌う人がいるからそれを失くすために本気は出さないのよ」
「確かに危ないとか、怪我をするから参加させない人が多いよね。だとしても忌み嫌うほどじゃないと思うんだけどなー」
精霊は競い合いに使ってはいけない。
精霊は共に生きる生命体だ。
精霊は精霊魔法を使ってはいけない。
このようなことを言う人たちが極一部であるが存在する。
だから否定的な意見に負けないように、精霊遊戯の運営は精霊魔法士を使って興行を行っているわけだ。
「仕方ないわよ。実際に怪我を負うこともあるし、過去に再起不能になった精霊魔法士がいるわけだからね。今はそうならないように万全を尽くしているわよ」
「詳しすぎる……結奈が運営側に見えてきたよ」
「そんなことないわよ。あ、ほら司馬武蔵さんが腹部に一撃を入れて勝ったわよ」
結奈と実況の声を交互に聞きながら、冷酷な聖人・司馬武蔵の試合が終わった。
「顔が見えないのが怖いわね。だけど不思議と恐怖は感じないわ」
顎に手を乗せて不思議ねと何度も呟いている。
確かにそうだ。フード付きマントで全身を覆って、顔も見えない。なのにどこか安心感を感じる。冷酷な聖人という二つ名を持つ理由がわかる気がする。
「そろそろ決勝戦ね。シードで上がってきた琉衣ちゃんの晴れ舞台よ!」
「そこまで鼻息を荒くして言わなくてもわかるよ! ていうか、気が付いたら決勝戦って、不動の三強の二人強くない? 対戦相手を簡単に倒しちゃうんだけど……」
一戦が極端に短い場合が多いので、気が付いたら三戦ほど飛んでいる時がある。
話していて気が付いたらというのが多いが、ちゃんと結奈は楽しめているのか不安だ。あれほど見たいと言っていたので楽しめていると思うが、不安は残る。
「そんなものよ。それほどにレベルが違うってこと。ほら、そろそろ決勝戦よ! 琉衣ちゃんと司馬武蔵の戦いなんて滅多に見られないわよ!」
「たまにテレビでやってたような気がするけど?」
「それは興行でしょう! ここのは違うわよ! ちゃんと本気で戦ってくれるの!」
「わ、わかったからそんなに怒らないで!」
顔を鼻先数センチまで近づけて怒鳴ってきた。
間近で見る結奈はとても綺麗で可愛い。怒鳴られた怖さよりも可愛さが勝っており、違う意味で心臓が高鳴っていた。
「見て! 琉衣ちゃんと司馬武蔵の決勝戦が始まったわよ!」
結奈が指差している先は言葉では言い表せない戦闘が繰り広げられていた。
地面を凍らせた琉衣は武蔵の意識が足元に向いたのを確認すると、一気に距離を詰めていつの間にか出現させていた細剣を使って連続で突いていた。だが、その攻撃は一撃も当たることなく全て躱されている。
「不動の三強対決! 獅子堂琉衣の攻撃は全て躱されているぞ! 司馬武蔵も躱しながら黒剣で攻撃をしているが、攻撃は当たらない! どちらも一進一退の攻防を繰り広げているぞー!」
傑が煽り、観客が盛り上がる。
ある種のルーティンかのように煽られて盛り上がる構図が既に出来上がっていた。結奈もすんなりと煽られて琉衣の応援に熱を上げている。
「琉衣ちゃん頑張ってー! 武蔵に何かに負けるなー!」
負けるなと何度も叫んでいる。
その声に煽られて、リラもフィラちゃん頑張ってと必死に応援をしているようだ。
「フィラちゃんって精霊の名前?」
叫んでいる結奈に聞いてみるが、周囲の声量も相まって掻き消されてしまった。
試合が白熱すれば観客も熱狂する。ただそれだけなのだが、先ほどまでの辛そうな顔が消えて少し嬉しかった。
やっぱり結奈に悲しい顔は似合わないから、笑顔でいてほしい。たったこれだけの小さな願いくらい叶ってほしいな。
「結奈には笑顔が一番だよ」
「えっ!? なんだって!? 聞こえないよー!」
「何でもないよ。あ、フィラちゃんって精霊の名前なの?」
危うく恥ずかしいことを聞かれるところだった。危ない危ない。
胸を撫で下ろした出雲は、リラが発したフィラという名前のことを再度聞いた。
「フィラちゃんはね、琉衣ちゃんの精霊の名前よ。同じ薄い桃色の髪をしていて、白色のワンピースを着ているわ。ほら、結奈ちゃんの肩に座っているでしょ?」
結奈に言われてフィールドを見ると、確かに肩に座っているのが見える。
さっきまでは見えなかったのだが、どこかに隠れていたのだろうか。一緒に戦うのが精霊魔法士の基本なのだが、琉衣クラスになると基本は関係ないのかもしれない。
「フィラちゃんは少し臆病だからね。初めは服の中とかに隠れているわ。だけど、戦いが始まって少しすると、勇気を出して琉衣ちゃんと一緒に戦うの。そこが可愛くない? 可愛いわよね? どう?」
急に可愛いかどうか詰められてしまった。
そこまで目を見開いて同意を求めなくてもいいかと思うが、ここは同意をしておいた方が後々楽になるだろう。
「か、可愛いよ! 怯えているような動作がより可愛さを際立させてる気がする」
「そこもいいのよ! 可哀そうだけど、怯えて怖がっているところが最高!」
どこかドSのような言葉を発しながら、恍惚の表情を浮かべている。
まさか精霊遊戯で意外な面を知ることになるとは思わなかった。俺以上に精霊遊戯が好きなことや、好きな精霊魔法士がいるだなんて知らなかったな。
「おっと! ここで獅子王琉衣が司馬武蔵の黒剣を吹き飛ばしたー! 流れるような剣捌きで圧倒しているぞ!」
傑が実況をしている声が聞こえてくる。
結奈と話していて戦いを見ていなかったのだが、実況によると精霊術を細剣に纏わせて勢いよく衝突させた際に吹き飛ばしたらしい。黒剣は宙を何回か回転し、フィールドに展開している防御シールドに当たって鈍い音を発しながら地面に落ちていた。
「琉衣ちゃんすごーい! その調子よー!」
「少し落ち着けって! 喉痛めるよ?」
「平気よ! 会場で買った獅子堂琉衣監修特性リンゴジュースがあるからね!」
そう言いながら、いつの間にか持っていたMサイズのカップに入っているリンゴジュースを飲み始めていた。
喉越しがいいわと言いながら、琉衣ちゃんのジュース最高と言っている。どこか変態チックな気もするが、女性同士だから気にしないでおこう。
「少しは落ち着いた?」
「琉衣ちゃんを感じてもっと興奮してきたわ!」
「落ち着いてよ! そろそろ試合が終わりそうだからさ!」
出雲が言うように司馬武蔵が両手を上げて、降参をしたことで試合が終わった。
周りにいるファンと思われる人たちは悔しいと声を上げて悲しんでいるが、結奈は両手を上げて勝ったわと喜んでいた。
「やっぱり琉衣ちゃんなのよねー! リラもそう思うでしょ?」
「うん! 琉衣ちゃん最高だよー! グッズもっと買おうかなー」
二人して喜びながら、グッズを買おうか悩んでいるようだ。
試合開始から現在まで、なんやかんやで二時間が経過をしている。呆気なく終わった試合もあれば、長引いた試合もあったので充分満足した精霊遊戯だったと言える。
「結奈たちが騒がしかったけど、楽しかったな。精霊がいて、精霊魔法が使える精霊魔法士か……俺も精霊がいたら精霊魔法士になれたのかな……」
笑顔の結奈たちを見ながらそう考えていると、傑が退場の説明を始めていた。
その声は精霊ドーム全体に響き渡る声量であり、沸き立つ声すら突き抜けて耳に入ってくる。
「お前たちー! 家に帰るまでが精霊遊戯だぞー! 速やかに退場をして、周囲にいる人たちに迷惑をかけないようにしてくれよ! もし迷惑をかけたら精霊遊戯の開催が難しくなるからなー!」
傑の声を聞いた出雲たちを含めた観客は、感想を言い合いながら精霊ドームを後にしたのである。
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