第2話 精霊の存在
「一万円になります」
事務的な対応で、グッズであるオリジナルTシャツを手渡された。
十二時前に会場に到着した出雲は売り切れのグッズを見つつ、最後の一枚であったオリジナルTシャツを売っている売店を発見して購入をしていた。
現在いる場所は、精霊に関する事業を行う企業やアミューズメント施設が立ち並び、国内有数の娯楽がある精霊都市だ。その中心部に建設されている精霊ドームという名前の巨大な施設にて、精霊遊戯が行われることになっている。
そして、その精霊ドームの敷地内でグッズを売っている売店の一つにて、出雲は買い物をしていたのだった。
「人の絵がプリントしてあるだけで一万円か……高いけど仕方ないか……」
高いがご機嫌を取るためだから仕方ないと思い、お金を支払ったのである。
紙袋に入れられているTシャツを受け取ると、後方の方で大道芸を見ている結奈の隣に移動をした。
「大道芸を見ているの?」
「うん、使っている精霊魔法を見てたの。私も扱えるようになりたいなと思ってね」
「精霊魔法か。精霊と共に生まれた際に、精霊の遺伝子を身体に取り込んでいた人だけが使える神秘的な力だよね。結奈も少し使えてなかった?」
「少しじゃダメなのよ。使いこなせるくらいじゃないと」
精霊と人間は生まれる前に同化をしているが、出産をされた時に分離をする。
その際に精霊の遺伝子情報は一切残らずに完全に別個体として生きるのだが、極めて低い確率で遺伝子情報が人間側に残っている場合がある。それは精霊魔法を扱える可能性を秘めているだけで、相当な訓練をしなければ扱えることはできない。
「少しでも俺は凄いと思うけどな。俺たちの年齢で精霊魔法を使える人は殆どいなくない?」
「そんなことないわよ。現に精霊遊戯に参加をしている人もいるし、学生で行う精霊遊戯の大会もあるからね。出雲は精霊関連のことにもっと興味を持ちなさいよ」
「俺には精霊がいないからさ、そういう情報はシャットアウトしてたんだよ。いないのにほしくなっちゃうからさ……」
そうだ。
俺には生まれつき精霊がいない。母さんや結奈には精霊がいるのに、どうして俺にはいないのか。これまで口には出していなかったけど、心の底では悩んでいた。
だけど、今は悩んではいない。いないものはいない。考えても無駄だからだ。
「そういや、リラさんも一緒に来るとは思わなかったよ」
「そう? 結構こういうの好きみたいよ。お祭りとか好きだし、今日も勝手に付いてきて堪能しているしね」
「堪能してるよー! ていうか、私を誘わないで行かないでよねー。こういう場には必ず誘ってよー!」
結奈の肩に座りながら、リラが両頬を膨らませて怒っている。
家を出た際に待ってと叫びながら追いかけてきたので、まさか一緒に行きたいなんて思っているとは思わなかった。
結奈と共に買い物をしたり、好きな歌手のグッズなどをおねだりしているようだ。微笑ましいが、精霊との生活を見せつけられているので嫌だなとも感じてしまう。
「あ、チケットは二人分しかなかったけど、リラさんも入れるのかな?」
その言葉を聞いた結奈は、ショルダーバックに入れているチケットを取り出して何か文字を見始めた。
注意事項の欄にとても小さく文字が書かれているので、出雲の位置からは見えないが、結奈がそこを凝視しながら何か言葉を呟いている声が聞こえてくる。
「なんて書いてあるの?」
「えっとね……このチケット一枚で精霊も一人だけ入れますって書いてあるわ。だからリラも入れるわね。よかったわね」
「本当によかったよー! これで一緒に入れる!」
肩に座っているリラが両腕を上げて喜んでいる。
それほどに精霊遊戯を見たかったのかと考えていると、結奈が好きなものはリラも好きなことを思い出した。
「リラさんって、結奈の好きなことを好きになるよね」
「当然よ! 結奈ちゃんって意外と可愛いところがあるから、私の知らないことを知れて好きになるの! それに、パートナー同士だと好きなものが似るんだよねー」
リラの言った通り、パートナー同士だと趣味趣向が似る傾向がある。
やはり同化していた影響か、はたまた同じように育ったからだろうか。研究者ではないのでいくら考えても答えは出ないが、精霊がいたらわかったのだろうか。
「モヤモヤとすることはないわよ。精霊がいないのは残念だけど、それを悲観することはないわ。精霊がいなくても生きていけるんだから、そんな顔をしないで」
「顔に出てたか……心配をさせてごめんな、いなくていいと思ってもやっぱり精霊がいるのが羨ましくてさ。周りにいる人たち全員に精霊がいるからさ」
「いいの。出雲は出雲よ。精霊がいないからダメなんてことはないの」
結奈に慰められていると、リラが頬を突いてきた。
「私がいるでしょ?」
「そうだね。リラさんや結奈がいてくれればいいよね」
「そうだよ! さ、早く会場に入ろうよ!」
感謝の言葉を伝えたのも束の間、リラがチケットを結奈から一枚取って精霊ドームの入り口に移動を始めてしまった。
「こら! 勝手なことをしないの! 待ちなさい!」
リラに対して怒りながら、結奈も入り口に移動をしてしまった。
遠くに見える結奈の背中を見ていると、買ったTシャツを渡すタイミングを逃してしまったと落胆してしまう。
「結局渡せなかったけど、後で渡すか……それにしても人が多いなー。九十八回も続いているんだから当然といえば当然か。来てる人は当たり前だけど全員が精霊と一緒だから、少し劣等感を感じちまうな」
百回目の開催が目前であることや、今回の大会には普段は観客の前に出ない人も来るらしいとの噂でチケットの抽選倍率が高いと結奈が言っていた。
まさか母さんが持っているなんて思わなかったし、仕事関係で手に入れたのかな? しかしどんな仕事をしているのやら。いつか教えてもらいたいものだ。
「早く来なさいー! 入っちゃうわよー!」
「待ってよー! 今行くからー!」
精霊ドームの入り口から大きな声で呼ばれてしまった。
その声が聞こえたと思われる人たちが一斉に視線を向けてきたので、逃げるように結奈たちのもとに移動をする羽目になってしまったのである。
「そんなに大声で呼ばないでよ! 恥ずかしいじゃん!」
「いいじゃない。大声で話している人ばかりよ? 少しくらい視線を浴びたからって怯えないの」
「お、怯えてないし! 早く行こう!」
チケットを結奈から受け取って、会場の入り口前にいる係員の男性に手渡した。
「確認しました。精霊遊戯をお楽しみください」
「ありがとうございます!」
チケットの半券を受け取り、精霊ドームの中に入っていく。
背後を歩く結奈とリラも同じように残りを返されたようで、記念に捨てないでおこうと言っているようだ。
「俺も残しておこう」
「そう言いながらいつも捨ててない?」
「そんなことないよ!」
「どうだかね。前にもそう言って捨ててたでしょ?」
「あれは……たまたまだから!」
「はいはい。さ、入りましょう。もうすぐ始まるわよ?」
微笑をしながら結奈はリラと共に精霊ドームの中に入っていく。
どこか馬鹿にされた気もするが、あれは結奈が照れている証拠だ。照れると相手を乏したりする傾向があるが、結奈なりの照れ隠しなのだとリラが言っていた。
「素直になればいいのに」
そんなことを呟きながら出雲も入っていく。
一歩、また一歩と進んで行くと、次第に歓声が聞こえてくる。まだ開始時間ではないはずだが、何か行われているのだろうか? 聞こえてくる歓声で何かを察したのか、結奈とリラが駆け出して前に出ると声を上げて喜んでいるようだ。
「リラ! 見てよ!」
「凄い凄い! まさか見れるなんて思わなかった!」
二人は何を見て喜んでいるんだ? 歌手が歌っているのか?
会場の内部を進んで行くと、女性の声が聞こえてくる。その声は心に響く、とても綺麗な声をしているように感じる。
「誰が歌ってるの? 見たことがない人だけど」
見たことがない。そう言葉を発すると、バッという音が聞こえるほどに勢いよく結奈が顔を向けてくる。
首が折れるのではないかと思うほどの勢いであったが、それよりも見つめてくる顔が怖い。俺が知らないだけで、結構有名人なのか?
「知らないの!? いま一番有名な歌手だよ! 本当に知らないの!?」
「知らないなんてありえないよ! テレビとか見てないの!?」
そんなこと言われても知らないものは知らないのだ。
リラもありえないというが、あまりテレビは見ていない。見ているのは映画くらいなものだ。最近はアクション映画や漫画原作の実写映画にハマっている。
「あまりテレビを見なくてね……」
「ダメ! 色々見てよ! 今度家に行って色々教えるわ!」
「うんうん! 私も教える!」
家に来襲するのか……お手柔らかに頼みたいものだ。
歓声の声を感じつつ観客席に通じている通路を出ると、視線の先に神秘的で美しい多数の氷の花が舞っている光景が見えた。その中心には一人の女性がマイクを片手に歌っている。
「見て! 東雲愛理ちゃんよ! 愛理ちゃーん!」
結奈が目を輝かせて手を振っている。
リラも最高と言いながら羽を勢いよく動かしているようだ。席に座らないで立ったまま応援をしているけど、座らなくていいのかな?
「席に座って応援しない?」
声をかけても反応がなく、腕を掴んで動かそうとするも振り解かれる。
「先に座ってるよー」
全然話を聞いていないから、先に席を確保するか。
通路から移動をして空いている席があるか確認をするが、既に多数の席が埋まっているためか簡単には見つけられなかった。
しかし西側のスタンド席に数席の空きがあるのを確認したので、すぐさま移動をして二席確保することができた。
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