白虎の正式契約と大王の他に倒すべき強敵達の話

 毎日同じ時刻になると、一般人生活区域にはその日のうちに討伐された魔性の数と階位ランクが発表される。


 今日はこれだけの強敵を倒したから安心して眠って欲しい。

 明日も同じ、いやそれ以上の成果を約束しよう。


 そんな意味が籠められた放送のお陰か、今のところデウス・Xエクス・マキナに対して、反感を持つ人は少ない。

 寧ろ自分達の生活だって決して楽ばかりではないだろうに、組織に物資の支援をしてくれる人々までいる。


 そんな彼らには大変申し訳ないのだが、組織は世界に放送しているだけの成果を上げられていない。いや、正確には違う。

 世界に放送しているだけの成果は確かに上げているが、それ以上の犠牲者を出しているのだ。

 一体の魔性を倒したと放送していれば、その十倍の犠牲を払ったと考えていい。人類は未だ、多くの犠牲を払わねば、多大なる成果を果たせずにいるのだった。


『以上、デウス・Xエクス・マキナ放送部がお送り致しました』


 本日の成果は60体。つまりその十倍の犠牲が出た。

 しかも大抵がHからLと中級程度。とても喜べるような状況ではない。

 裏に秘匿された犠牲者を思えば、喜んではいけなかった。


「せめてX級の一体でも仕留めて欲しかったものだが」

「辛辣な評価ですね……」


 片手の中指一本で全体重を支え、倒立。常人ならざる指立て伏せをする虎徹こてつに対し、シルヴェストール――シルヴィはもう驚かない自信があった。

 しかし、部屋に入ったシルヴィは驚かされる。

 ミシェルを重しにしてはいけないと言われたからとはいえ、式神白虎の二トン近い巨体を乗せていて、驚かない方が無理だった。

 そして、止めない訳にもいかなかった。


「だから、無理をするなと言っているでしょう!?」

「無理はしていない。いつもやっている」


 式神。

 陰陽術の中でも最高位とされる術によって召喚される眷属。

 陰陽道において、白虎は四天王に位置する高位の存在とされている。そんな相手をトレーニング相手に、しかも重し代わりにするとは奇抜過ぎて、返す言葉が見つからなかった。


 十二天将含め、式神は様々な用途で使役出来る。

 呪力じゅりょくが許す限り、常日頃から式神を使役する陰陽師もいるし、そうした戦い方をする十二天将もいる。

 虎徹の場合は希少で、部屋にはいつもミシェルこそいるが、白虎がいるのは珍しかった。


 式神なので襲い掛かる事などないとわかっているが、大欠伸する白虎の太く鋭い牙を見せられると、つい構えそうになる。

 そんな隣で猫じゃらしを持ち出して遊ぶミシェルがいるのだから、シルヴィは少しだけ自分が臆病に感じられて恥ずかしかった。


「そういえば、白虎の名前は?」

「白虎だ」

「いえそうではなくて、愛称と言いますか……契約の時に名付けをすると聞きましたが」

「だから白虎だ」

「え、それってそのまま……」


 いや、もうわかった。

 虎徹の思考回路が、名付けに対して意味を成さないと判断した結果なのだろう事は、もう想像するまでもない。

 虎徹がそういう人なのだと、さすがにわかって来た。


 同時、白虎が虎徹に全く懐かず、ミシェルの相手をしている理由もわかった気がする。

 最初に虎徹と巨人倒しに行った時、ヘリコプターに置いてけぼりを喰らった時の気持ちだ。


「名も無き白虎さん。あなたの気持ち、私わかる気がします」


 獣の姿から生じる先入観から恐ろしく見えていたが、よく見ると神々しく勇ましい姿。

 白い体毛は撫でると柔らかいし、味方と認定されているお陰か、撫でる手に応えて頭を擦り寄せてくれる。

 特別猫科の生物が好きと言う事は無かったのだが、何だか愛らしく思えて来て、名前がないのがますます可哀想になって来た。


「虎徹。生涯のパートナーなのですから、せめて名前くらい」

「能力に支障はない」

「この子だって、名前もないまま酷使され続けたら、そのうち反抗すると思いますよ?」

「強制執行術式がある」

「それでは存分に力を発揮出来ないでしょうし、それに手間を割くのなら、名前を与えて上げた方が余程効率的なのでは?」

「……そうか」

「そうです」

「そうか」


 沈黙。


 凝視。


 熟考。


「――シロ」

「うん。もしかしてとは思ってましたけど、壊滅的ですね。ネーミングセンス」

「では代案を提示して貰おうか。言うだけなら易い」

「確かにそうですね。うぅん……白虎、白い虎。では、九十九つくも、なんて如何ですか?」

「何故九十九だ」

「だってオブシディアン元日本の方達は、99歳の方を白寿と言って祝うのでしょう? いつか人が99まで生きられるように戦う白き虎。何だかよくありませんか?」

「よく思い付くな、そういう事が……では白虎、改めて命名する。おまえは九十九。金刀比羅ことひら虎徹が式神白虎の九十九だ」


 ベッドから飛び降り、虎徹の前へ。

 傅くように前足を折り、首を垂れる姿勢を取る。

 膝を突いた虎徹はそっと手を額に乗せ、初めて白虎――九十九をその手で撫でた。


「……ようやく、名付けてくれたな。我が主」

「えっ?! しゃ……べっ」

「たぁ!?」


 驚かないのは虎徹だけ。

 改めて名付けられた白虎九十九は、女児と女性を相手に何を驚く事があるとばかりの目で見下ろして来た。


「名を持つ高位の式神は、人語を介す。ようやっと、儂に名を与えたなこの男は」

「名などなくとも、おまえは充分に強い」

「それでは足りぬ。恐怖の大王以前にS級の魔性。S級8位にさえ、到底及ばぬぞ」

「S級、8位?」

「どしたの? シルヴィ」

「え、だってS級って7位までじゃ――」


 魔性の階級はAからZまでで表示され、特別最高階級をSで表すのは周知の事実。

 そしてS級の中でも更に1位から7位までの順位が存在し、普通と違って、数字の高い順により危険な存在として位置されていると言うのが、組織全体の共通認識、のはずだった。


「主よ、話していなかったのか?」

「まだその段階じゃない。今対峙しても何も出来ない人間に話したところで、気が重くなるだけだろう」

「気遣っているようで貶しているぞ、主。あなたという人は本当に、物を効率でしか考えられなくなってしまっているのだな……可哀想に」

「口が達者だな。式神が主を慮るのは良いとして、憐れむとはどういうことだ」

「……失礼しました。お許しを、我が主」


 白虎は深々と頭を下げる。

 式神契約の際、陰陽師は式神と自身の力を比べて相手を屈服させるとは聞いた事があったシルヴィだったが、契約したと言う事は、虎徹は九十九を屈服させたと言う事なのだろう。

 それを思えば、ハッキリとした主従関係が両者の間で成立しているのは当然であり、九十九が虎徹の意思を尊重するのも理解出来た。


 が、ここまで来てはもう隠し立てする必要もないと諦めたらしい虎徹は、改めて九十九に命じる。


「九十九。教えてやれ」

「御意」


 思わず、構える。

 襲って来ないとわかっているはずなのに、真っ直ぐ対面すると鋭い爪と牙に臆して、本能的に柄に手を掛けていた。

 そこまで見て、九十九は首を横に振る。


「なるほど。主の懸念も理解出来る。今まであなたの事は見てきたが、あなたでは自分の実力不足を嘆き、圧力に屈してしまいそうだ」

「……それは全てを聞いて、受け止めて、決める事です」

「そもそも受け止められぬ、と言っている。そも、未だ信じられぬだろう。S級7位こそ最上位だと思っていたのに、更にその上がいると言う事実。自身の目では未確認な状態が故に、信じる根拠も曖昧。それでも受け入れられると言うか? 受け止められると言うか? 恐怖の大王の側近とでも言うべき13体のS級8位。通称、規格外番号ナンバーズと呼ばれる存在を」

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