殲滅対象:恐怖の大王Ⅱ
「これが恐怖の大王ですか。初めて見ましたわぁ。ってか、まともに見れねぇえ」
十二天将、騰蛇。
「勝てる気しねぇからって負ける気もねぇ♪ 俺ら揃ってるのに負けるなんて冗談じゃねぇ♪」
十二天将、太裳。
「櫻木ぃ、音無ぃ、いつもの調子でかかるなよぉ。舐めて掛かったら、マジ死ぬぞお」
十二天将筆頭、貴人。
「大王……大王ぉぉぉっ……!」
十二星将、金牛宮。オスカー・ゴールドバーグ。
「落ち着きな、ゴールドバーグ。『急いては事を仕損じる』と、オブシディアンの古語でもあるだろう?」
十二星将、処女宮。シュルヴェステル・クリムゾニア。
「こいつが、恐怖の大王か……」
十二星将、磨羯宮。モルドレッド。
「……」
そして十二天将、白虎。金刀比羅虎徹。
十二天将、四名。十二星将、三名。
計七名もの最高戦力が揃う。
「どうして、十二天将と十二星将がここに……」
「上から命令があったのさ。恐怖の大王の居場所を感知したから、応援に向かえ、とね。運良くと言うべきか、近くにいた私達がこうして来た訳だ。だから下がっていな。ここからは、将軍の時間だ」
「し、しかし……」
全員が背を向け、シルヴェストール――シルヴィはそれ以上の発言を許されなかった。
目の前には倒すべき怨敵。将軍の座を冠する七人は、気すら配ってくれない。彼らの意識は全て、恐怖の大王へと向けられていて、シルヴィは完全に蚊帳の外へと追いやられていた。
「おい白虎ぉ。行けるか? 行けるよなぁ?」
「言うまでもない」
「よぉし。じゃあやるぞぉ。音無ぃ」
「オーケィ、オーライすぐやるかい♪ 俺の音楽で戦力増、大!」
調の術は強化の音楽。
人型女性の式神が抱えるのは琵琶や琴ではなく、ギター、ドラム、ベースと言った軽音楽器。
軽やかに奏でられる音楽を後背に、自らも琵琶を模した形のギターを肩に掛ける調の歌は、他六人の速力と攻撃力、耐久力を底上げする。
両手を突き、深く構えたオスカーは突貫。
元々相撲取り、プロレスラー、ラガーマンにも負けぬ体重と突進力を持っている上、更に底上げされた力はさながら、今は無き土砂を乗せて走る大型重機のそれに匹敵する。
更に十二星将でも屈指の体術使いである処女宮、シュルヴェステルの拳とが重なり、二人の突撃が大王の体に圧し掛かった。
が、数万トン単位の物量が衝突して、大王はビクともしない。
シュルヴェステルの殴打のラッシュは空しく空を切るばかりで、オスカーの足はその場で地面を掘るだけ。大王は全く、微動だにしない。
「核ミサイルでも動かなかったらしいじゃねぇのぉ! そんな奴を相手に力業じゃあ、通じねぇよ、なぁ!」
「面倒くせぇってか怖ぇ。ホント、マジで帰りてぇ」
モルドレッドによる魔剣の応酬と、万丈の操る炎の蛇とが大王を攻め立てる。
オスカーとシュルヴェステルが引いて、代わりに大王を攻める二つの攻撃は、大王の体の黒い靄をわずかに揺らがせただけで、何のリアクションも起こさなかった。
「スゥゥッ……ドガァァァン!!!」
大振りの一撃が響く。
ただし魔剣は強く弾かれ、痺れる両手に辛うじて剣を握り締める余力を残した状態で後ろに飛び退き、そのまま万丈らと共に後退した。
「あぁ、コノ! 全っ然効かねぇ! もっとバシッとグァッといかねぇもんかなぁ!」
「うわぁ全然効いてねぇ。マジで帰りてぇ」
「グルルル……大王……」
「『暖簾に腕押し』とはこの事か」
四人の間を抜け、虎徹が走る。
両手に纏った力が、チェーンソーのように唸りながら高速で回転。交差させた腕刀にて、交錯する最中に、大王を覆う
「全員、金刀比羅に習って術主体で攻めろぉ。力の出し惜しみなんざぁするんじゃねぇ。懐に跳び込んで、キチィ一撃をみまってやりなぁい」
「っしゃぁ!」
同年代の虎徹に後れを取るまいと、モルドレッドが術を展開。
口早に紡がれる詠唱によって、体に刻まれた
「ハァァァァ! ――ボギャァァァァァン!!!」
剣から放たれた祓力を推進力に、一挙に肉薄。
体一つの隙間まで迫った瞬間に魔剣を振り下ろし、虎徹より多くの靄を斬り払った。
「どぉだぁ!」
星将、若き力に続く。
そのまま大王の体をホールドし、捕まえる。
「……今」
「『情けは人の為ならず』だ。ゴールドバーグ。おまえの助力、無駄にはすまい!」
デウス・
一歩、踏み出した足が舞い上げた小石が微塵に砕け、光り輝く
「陰陽師ぃ、
「オーケイ! 用意するぜとっておき! 歌ってやるよ高らかに! 天上天下に轟け音無!」
ハートノック。
痺れるビートが心を揺らす――らしい激しい曲調の演奏が始まる。
揺れる心を持たない虎徹は両手両足に斬撃を纏い、雲耀にて襲撃。
手刀や足刀から繰り出される斬撃に全身を抉り斬られ、大王は初めて天を仰いだ――様に思えた。
その隙に万丈の蛇が絡み付き、天を仰いだままの形で締め上げる。
四肢――と、思われる部位を縛って拘束。白炎を上げて燃え上がる蛇の牙が、体の中へと毒を流し込んだ。
魔性のランクにもよるが、体内に入れば、たちまち体を焼き尽くして殺す猛毒だ。
大王に対してどれだけ効いているのかわからないが、一瞬だが動きが止まった。その一瞬で、
「日出づる国より祈りを発す。紡ぐ言葉に信仰無く、結ぶ言葉に信心無し。重ねて折られた祝詞を繋げ、生まれ生じるは小千世界。再三結んで、隔つもの無し――失せろ」
次の瞬間に何が起こったのか、シルヴィは目で追えなかった。
わかったのは、出雲が何かしたのだと言う事だけで、大王がそれによって初めて、まともに殴り飛ばされた事だけだった。
ダメージの有無こそわからないものの、ついに、ようやく、大王が虎徹への反撃とは別の形で、こちら側にリアクションを見せたのである。
だが同時、シルヴィは己が無力を無様と嘆く。
虎徹のペアだと張り合いながら、いざとなれば肩を並べる事すら出来ず、呆然と、目の前で起きている事象を脳内に刻む事しか出来ないのだから。
憤りを通り越し、我が事ながら呆れてしまう。
つい最近、情けないと見切りを付けた第二王女の影が過ぎって、誰が見切りを付けているんだと笑いそうになってしまって悔しかった。
「行くぞ」
「へ? え?」
などと自己嫌悪に浸っていると、虎徹がいつの間にか隣に居て、自分を担ぎ上げて走り出す。
何事だと周囲を見回すと、他の十二天将並びに十二星将も同様に撤退を始めていた。
「こ、虎徹?!」
「貴人が打ったのは束縛の術式だ。今の俺達では勝算はゼロと判断した。奴が動けなくなっている隙に、ここを撤退する」
「し、しかし、それでは近くの街の人々が――」
「結界は大王に対しても有効だ。結界を張った術者が健在である限り、破られる事はない――少なくとも、奴がこのままの戦力でいる限りは」
要はこれ以上刺激して、より厖大な魔力を放出させないための措置。
戦いの場を変え、時を改めるための皮肉の選択。
組織は大王に勝つために、今を捨てて未来に賭ける選択を取ったのだ。そう、今回も。
「……勝てる見込みは」
「ない」
「まったく?」
「ない」
「そう、ですか……」
「……何故泣く」
「何でも、ありません……っ」
「……そうか」
こうして、シルヴィにとって初めての大王戦は、戦わずして敗北するという、何とも苦い結末に終わったのであった。
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