殲滅対象:恐怖の大王
「君が不安になるのなら、何度だって言おう。君なら勝てる。君なら出来る。そのために君はここにいる。そのために、君はここへ来た。さぁ、戦え。
〈◉〉
空へ跳び、駆ける。
指で描いた軌跡に乗り、流星が如き速度で飛んだ虎徹は、結界を破壊するのではなく、すり抜けて肉薄。
結界に張り付いていた大王の懐へと一気に潜り込み、描いた斬撃にて弾き飛ばした。
「金刀比羅殿!」
「結界の守護を頼みます。巻き込まない自信がないので」
「臨む兵、戦う者、皆陣
術を更に速く行使するための
首を傾げ、様子見のため制止する大王へと向かった虎徹の斬撃が、大王の全身に叩き込まれた。
が、斬れない。切り傷の一つも付きやしない。
万物切断の術式が、その能力を発揮出来なかった。
硬いからなのか柔いからなのか。
得体の知れない体に叩き込んだ斬撃からも、上手く読み取れない。
ならば、と虎徹は高々と指を掲げ、力を一点に収束。剣術で言う脳天を狙った唐竹で、一撃を狙う。
「
一挙肉薄。
落とした斬撃が直撃。
大王の咆哮が響くが、虎徹は止まらない。
通過すると共に両腕と両脚に斬撃を叩き込み、股下を潜り抜けて跳躍。振り返る前の背中にも一撃を浴びせ、勢いを殺すため後ろに跳ぶ。
斬撃を幾重に重ねた多重連撃。
硬度の高い魔性でさえ、この手で両断出来ない相手はいなかった。
そう、今までは。
〈◉〉
今までと変わらず感じられる視線。
未だ倒せていないのはわかり切っていたが、よもや、傷の一つも付かないとは思わなかった。
ただ事実を受け止めるしかないが、どうしたものかと困る。攻撃手段は幾つかあるが、大王に効くものが幾つあるかわからない。
何の手もないわけではないが、それも時間の問題か――
「
斬撃一閃。
上段から繰り出された振り下ろしが、回避する大王の眼前で空を切った。
「大丈夫ですか?!」
「……何故来た」
「魔性を狩るのが私達の務め。諸悪の根源たる大王を仕留める事は、全人類の悲願。何より、私はあなたのペアですよ。自分だけ護られるなんて、絶対に嫌です」
「……」
言葉に詰まる。
あまり言い合いをしている時間もないと打ち切ったが、正直に言ってシルヴェストール――シルヴィが戦力として数えられるかは、かなり微妙だったからだ。
視覚からの情報はまともに入らない。
聴覚で拾える音と感じられる視線とに限定して補足している虎徹でさえ、大王の得体は掴み切れていない。
自分が攻撃した部分が腕であったのか、胴であったのか自信がない。顔を攻撃したつもりでも、もしかしたら臀部かもしれないなんて状況。
幾ら攻撃力があろうとも、どれだけ強力な術を持っていようとも、的確に行使し、ダメージを与えられなければ意味がない。
「見えているか」
「正直、かなりギリギリです……頭に黒い
「そうか」
目が見えないので同調は出来ないが、姿形が捉え難いのは同じとわかる。
どちらにせよ、大王の正体を把握する事は困難。
虎徹は攻撃を当てる事は出来るが、ダメージの有無までは保証出来ない。シルヴィは攻撃を当てる事から難しい様だ。
〈◉〉
度し難い。
敵は絶えずこちらを見ているのに、こちらは見る事さえ叶わない。
怖いと思う映像から目を逸らすように、恐怖のキャパシティを越えると意識を失うように、大王の纏う恐怖を見た目が、脳が、体そのものが拒絶して、大王の存在を受け入れない。
それこそ大王が世界の中心たる太平洋に現れた1000年前、人々が陥った精神的パニックによって、およそ一割の人類が自壊した。
奴の存在そのものが、一種の催眠兵器。
かつて多くの陰陽師、そして
それを考えれば、奴に真正面から立ち向かえるだけ、シルヴィはマシだった。尤も、対峙出来るだけで、対決出来るには至っていないようだが。
「シルヴィ。奴の姿を、どの程度認識出来ている」
「正直、あまり……正確には、捉えられていないのでしょうね。自信が、ありません」
「そうか」
逆に自信があるとか言われたら困る。
見栄も虚勢も、現状では意味がない上に迷惑でしかない。
大王の厄介さはまず初めに、把握し切れない存在の
「止むを得まい」
シルヴィは組んでまだ短い期間だが、初めて虎徹が礼装を出すのを見る。
おどろおどろしくも禍々しい血文字で書かれた、如何にも陰陽師のそれらしい札を取り出した虎徹は、超が付く高速で詠唱。札を宙に貼り付け、印を描く。
「白虎招来。九々如律令――」
陰陽師十二天将が切り札の一つ。
意のままに使役し、操り戦う仮の
十二天将が使役するそれらは式神の中でも最高位とされ、単独戦闘で訓練生の陰陽師など意にも介さない。
本来は主従の証として主が名前を与えるものであるが、この男にそんな
「
背後に顕現した巨大な青白い虎が、恐怖の大王に臆する事無く飛び掛かる。
得体の知れない相手に喰らいつき、牙を立て、爪を突き立てる光景にシルヴィが驚いている間にも、虎徹は次の手を繰り出さんとしていた。
指先で描く軌跡をなぞり、幾重にも重なった斬撃が、覆い被さっていた白虎の退いた直後を襲い、追撃の斬撃が直撃する。
が、浅い。
大王は悲鳴の一つも上げていない。ダメージが少ないのか全くないのか。いずれにしても、致命傷にはとてもではないが、届いていまい。
追撃を続ける。
白虎強爪。
獅子よりも鈍重で、狩猟豹より強靭で、勇猛豹より俊敏に。
幾重にも斬撃を重ね、深々と突き立てる形で応酬。確実に一点を狙う事は出来ないが、出来る限り同じ個所を狙って抉るように斬る。
圧し掛かりながら喰らいつき、牙と爪とを突き立てる白虎の隙間を掻い潜り、関節部位を狙うものの、自分が攻撃出来ている個所が思っている場所か否か、断定出来なかった。
「喰らえ、白虎」
唸る白虎が牙を突き立てる。
岩石の肉体を持つ魔物さえ噛み砕く白虎の牙さえ、大王には通じているのかわからない。
が、本命は白虎の牙ではない。白虎には動きを止めて貰っているだけ。その間、虎徹は九字を切り、二つの陣を描いて、一度置いた距離を最高速で詰めながら迫って行った。
刀剣は切っ先が長い程、遠心力で速度を増す。
それと同じで、刀剣の如く長い白虎の爪を両手に宿した虎徹の一撃は、遠心力を受けて加速。
剣の域でも最速。無間の域と称される縮地――それをも超える雲耀の速度で以て、大王の体に斬撃を叩き付けた。
「虎徹……?!」
やったのか――淡い期待とわかりながら、自分では実現出来ない速度での斬撃に勝機を見る。
が、結局は淡い期待だった。
血を吐き、片膝を突いた虎徹。
地面に叩き付けられ、血反吐を吐いて倒れる白虎。
大王が何をしたのかまったくわからなかったが、虎徹の体に初めて傷がつき、血を噴き出している光景を見たシルヴィは、まるで動く事が出来なかった。
〈◉〉
自分への視線に気付き、咄嗟に構える。
だが今の状態で、果たして一体何が出来る。
相手の正体の一部さえ捉え切れていない状態で、自分に何が出来ると言うのか。
勝機は酷薄。いや、一切ないと言っても過言ではない。
自分より格上の虎徹がやられた今、どうして勝てるなどと高を括れるだろうか。
「どこを、見ている?」
聞こえて来た声に、相変わらず感情はない。
だが敵を挑発するため、一定の音が籠っていて、それが彼が生きている証拠となって聞こえて安堵したのと同時、ダメだと首を横に振った。
今、立ち上がるべきではない。
今、立ち向かうべきではない。
今立ち上がっても意味はない。今立ち向かうべきではない。
逃げなければ。逃げるべきだ。逃げなくてはいけない。例え今は逃げてでも、体勢を立て直して改めるべきだ。
そう、言うべきなのに。
恐怖で、言葉が出ない。声が、出ない。身振りさえ、手振りさえ、出来ない。
「そちらに、俺はいないぞ。大王」
白虎をも収め、虎徹の指が斬撃を描く。
振り返った視線が虎徹の方を振り返り、再度、向き直った時、シルヴィは強がる事さえ出来なかった。いつもの調子が、ことごとく狂っていく。
「まだ、俺は死んでいないぞ、大王」
「やめ……っ」
火焔が走る。
牙を突き立て、体を締め付け、燃える大蛇が炎を上げる。
幾重にも重なった音波攻撃が追撃し、大王の一部である
猛進する巨体が虎徹を攫い、シルヴィを抱え上げ、戦線から離脱。
代わりに突貫した拳と剣が、締め付けられる大王の体に命中する。が、相変わらずダメージは無く、一切感じられない手応えに動じながら、両者は引いた。
「はいはい。無事そうで何より何よりぃ。け、ど……そのザマは頂けないなぁ。新参者とはいえ、十二天将を名乗るからには、も少し踏ん張って欲しいところだったねぇ」
十二天将、
十二星将、
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