正式結成 白虎と騎士
訓練生の専用寮は、基本的に個室だ。
男女で分かれているのも勿論、陰陽師と
故に十二天将の部屋に
それだけの異常事態にも関わらず、シルヴェストール・エルネスティーヌが通された部屋には先客がいた。
黒が基本である修道服の色は反対の白。銀色の前髪の下で光る赤い瞳が、上目遣いで仰ぐ。
とたとたと歩いて来た少女は虎徹にひし、としがみついて、虎徹の腹に顔を擦りつけた。
「何かあったのか」
「心配してた」
「……そうか」
「ご飯の心配じゃない……! 虎徹の、心配!」
「そうか」
虎徹を叩く少女の手に攻撃力は無く、擬音で言うとぽかぽかくらいが妥当だった。
だからか、虎徹は全くガードせず、何も言わず受け続ける。
やっと言葉を発したかと思えば少女にではなく、事態の説明を求めていたシルヴェストールに「同居人だ」と不充分な説明をしただけで、少女には無視するなと余計叩かれていた。
そうして叩き続けて五分。
ようやく落ち着いた様子の少女はそのまま泣き疲れて、寝息を立てて眠っていた。
勝手にいなくならないようにと虎徹の手を強く握る姿には、シルヴェストールも母性を感じずにいられない。
「妹さん……ですか?」
「違う」
試しに訊いてはみたが、雰囲気から何から全く似ていない。
ただ虎徹の素顔を見ていないので、本当のところはわからないが。
「ミシェル・
「魔性……?! え、この子、が……?」
言葉を操る魔性はいる。
が、それらはただ聞いた事のある言葉をオウム返ししているだけで、言葉を選んで使い分けていたり、自ら言葉を発したりなんて事はない。
今のやり取りを虎徹が仕込んだとも思えないし、何より頭の天辺からつま先まで見ても人間にしか見えない。
何より、あだ名を付けるとしたら魔性絶対殺すマシーン、になりそうな虎徹が、隣に魔性を置いているというのが信じられない。
しかし、彼が嘘を付く性格にも思えない。
言葉の真偽を計るために、シルヴェストールは
魔性の力の総称は魔力。
文字通り魔性の力。魔性が等しく持つ、常人を越えた力。人間が唯一持つ事が出来ない力が、ミシェルにはあった。
「一体……どう言う事なのですか」
「千年前の1999年7月。この時代、世界を作り上げた例の大王の出現を預言した、ミシェル・ド・ノストラダムス。彼がかの大王に対抗すべく創った人造魔性……別名、
「創った? 人工的に、魔性を……? 大王に、対抗するために?」
疑問符ばかりが浮かんで、まるで整理出来ない。
まぁそれもそうだろなと思ったのか、論より証拠と取り出したるは数枚の用紙。
用紙には今回の依頼で討伐した魔性の姿が描かれていて、虎徹がそれらで眠っているミシェルの鼻をくすぐってやると、眠りながら体を起こしたミシェルは大口を開けて、ヤギのようにムシャムシャと食べ始めた。
疑問符ばかり浮かべていたシルヴェストールの頭の中が、今度は感嘆符で埋まる。
「こいつの役割は魔性の封印だ。多くの魔性を封印する事で、より高い魔性を封印する事が出来るようになる」
「今の紙は」
「こいつの体から出て来る。枚数は封印した魔性の格と数に比例して増える。A級の魔性なら十体程度で一枚。J級以上なら一体で一枚は出て来る。UからZ級なら、一体で二、三枚程度。今回はAからDが二〇数体。それとYが一体だから、四枚くらいは出るだろう」
「で、出る? 紙が、出る……」
(どこから、どうやって?)
さすがに訊けない。
訊いたら教えてくれるかもしれないけれど、何だか変な事を訊いているような気分になる。
魔性だと言う彼女の体は人間とは違うのだろうし、変な想像する事自体失礼なのだろうけれど、深く詮索するのも失礼だと思ったので、言及は避けた。
魔性と言われても、目の前の彼女は普通に
魔性の描かれた用紙を食べる彼女は、確かに普通の人間ではない。
だからと言って受け入れられないほど、小さな器の持ち主になったつもりもない。
彼とペアを組むと決めて決闘までした今更になって、彼女を受け入れられないからと背を向ける事は出来なかった。
「彼女に大王を封印させる。それがあなたが学園から受けた極秘任務、という解釈でよろしいのでしょうか」
「そうだ。俺と組むと言う事は、彼女の事も共に請け負うという事だ。それでも俺と組むか。この人間擬きの魔性と、行動を共に出来るか。俺と組める度胸が、おまえにあるか」
「……思っていたより、優しい方なのですね、あなたは」
本当ならば、ミシェルの事は極秘のままにしておくべきだ。
だがそうした場合、後でバレた時にこじれるし、今まで隠されていた情報をいきなり共有しようなんてのは、生涯のペアを組む上でリスクが高い。
それに虎徹の場合、口外する可能性が一縷でも見つかれば、即座に始末するだろう。
これは、それらを避けるための開示。
後で裏切られるより、最初から情報を開示して、組むべきか否かを見定めるのと同時、こちら側にも選ばせる。
恐怖に従うか。自身の意向に従うか。
もし抵抗する素振りを見せれば、虎徹が命を取る前提の下で行なわれているこの交渉に、選ぶ側に対して権利を与える。
残酷なようで不器用な、人の機能を失ったはずの兵器が出せる、最大の配慮のように感じられたシルヴェストールは、振り払われるかもしれない手を取った。
「今後とも、よろしくお願い申し上げます。虎徹」
「あぁ……よろしく頼む。シルヴェストール・エルネスティーヌ」
「シルヴィで良いです。王女が勝手に付けた呼び名ですが、個人的に気に入ってますので」
「……そうか」
何処か、安堵したように見える。
もしもこの場でシルヴェストール――シルヴィが状況を受け入れきれず、踵を返すようだったら、白虎の牙が背後から殺しただろう。
それは不本意だったと彼の雰囲気が語った気がして、表情筋が全く動いていない事を改めて確認したシルヴィは、思わず笑ってしまった。
「ですが、
「好きにしていいが、別に呼び捨てしても構わない」
「そ、そうですか……!」
ちょっとは歩み寄ってくれようとしているのかな、と思ったが。
「戦闘に支障が生じない限りは、何でもいい」
とんだ勘違いだったようだ。
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