模擬戦闘 白虎vs騎士
「魔性討伐を、確認した。皆、よく帰って来た。少しの間だけど、休憩してくれ」
帰還。報告は四人でしたが、討伐は
他のペア二人は年齢が上なだけあって悔しそうに歯噛みしていたが、半ば何もせず生還出来た事に安堵している様子が見受けられる。
シルヴェストール・エルネスティーヌは、この事態を許せなかった。
最初にペアを組むという話の段階で不要と断じられたのも聞こえていた。
ヘリコプターに乗る際、扉の側をガンとして譲らなかったのも、今となっては納得出来る。
先に行くと言いながら単身で巨人と巨人が飼う狼の群れを狩り、瞬く間に殲滅してしまった彼と合流した時に感じたのは、とてつもない無力感と劣等感。
ただ、自分は
例え同じ土俵に立ったとしても、彼は史上最年少の十二天将。最強の一角と史上最速でなった、いわば天才だ。比べる事こそ、そもそも違う。
比較する必要はない。対立する事はあるかもしれないけれど、対峙する事はない。
けれどどうしてもこのままでいてはいけないと、シルヴェストールの中の何かが訴えていた。
「
★ ★ ★ ★ ★
場所は、仮想対戦訓練場。
一週間と経たぬうちに、再び来る事になるとは思っていなかった。
仮想訓練はしない。試験でもないのに、どうして使用許可を取ったのか。
理解出来ない。意味不明だ。こんな事に時間を割いて、一体何がしたいのか。
「貴重なお時間を頂きまして、申し訳ございません。ですが、あなたと分かり合うには、こうするのが一番手っ取り早いと思いました」
「……分かり合う必要はない。俺は戦うだけだ。おまえは勝手にすればいい。ペアの解消こそ認められなかったが、ならば共に干渉しないだけ――」
「それはペアと言いません」
「だからペアになる必要はないと言っている」
互いに、互いの事を何も知らない。
いや、シルヴェストールだけは、虎徹が強い事を知っている。しかしそれだけだ。
だから知らねばならない。他の誰かからではなく、彼自身から。
「私は本気です。下手に手を抜くと、怪我ではすみませんよ」
抜刀。
抜いた剣を高々と掲げ、力を注ぐ。
星に満ちるマナと呼ばれる力を引き出すため、自身に引き込むための力を言う。属性は地、水、火、風の四つに区分される。
シルヴェストールの基本属性は、地。
「私の能力は武装錬金。得物を媒介に、武器を錬成します」
「何故敵に、自身の能力を明かす」
「私は、あなたのペアです!」
錬成されたのは禍々しき黒炎を湛える魔剣。
鉄をも焼き斬り、両断する対魔の炎剣。
「あなたは、構えないのですか」
「……」
「では、行きます!」
初手は唐竹。
振り下ろされた剣撃を躱した虎徹を追い、迫る横一閃は空振りに終わる。
頭上を跳び越えられたシルヴェストールは反撃が来ると思って構えたが、虎徹は全く動く素振りを見せない。
「手加減どころか、戦う気すらなしですか!」
返事なし。
刺突の応酬を紙一重で躱し、袈裟斬りさえも読み切って懐に入った虎徹の反撃を、今度こそ警戒したが、何もされずに素通りされる。
今の瞬間、攻撃の手札は幾つもあったはずなのに。
「私は、これでもわかり合おうとしているのに……! どうして、あなたと言う人は!」
返事なし。
斬撃が炎の塊となって飛んで来るが後方に宙返りしながら回避。追撃の連続斬撃さえ躱し、背後も取るが、何もしない。
ただひたすら逃げの一手。
戦闘に入ってから、一切喋らなくなった。
力を溜めている様子も、操作している様子もない。
未だ、彼は見出していないのだ。
この戦いの必要性を。
「新しい十二天将、白虎は臆病なのですね。女相手に逃げ回るしか出来ないだなんて」
「……」
「悔しいとも、思わないのですか? 苛立ったり、しないのですか? あなたは、何のために戦っているのですか!」
「……」
「一つくらい、応えなさい! 金刀比羅虎徹!!!」
戦いの最中、虎徹はただ音を聞いていた。
迫り来る攻撃の風切り音。呼吸、心拍、筋繊維から関節の音まで。
ただ一つだけ、シルヴェストールの言葉だけを無視して聞いていた。
戦いの最中、会話する必要性を見出せない。
会話を交わす事で発現する能力である可能性が無しと言い切れない以上、会話しない事で発現する能力がある可能性が浮上しない限り、戦いの最中に言葉を交わす事は無駄である。
その分使われる神経、精神力を全て戦闘行為に次ぎ込んでいる方が、余程効率的だ。
手の内を晒すなど以ての外。
能力の詳細を掴ませないためのブラフであったりすればまだ意味はあるのだろうが、この戦闘の中にブラフの可能性はないと確信した今、会話する意味は更に無くなった。
「そう、考えるようにしてしまった。私達が」
当人らにも秘密で戦いを見ていた道満が、一人、誰に聞かせる訳でもなく言葉を紡ぐ。
戦闘状態に入った虎徹は戦場以外の音源をシャットアウト出来るので、聞こえてはない。
シルヴェストールには改造の事こそ話さなかったが、訓練場の使用許可を出す際に、この戦いが無駄に終わるだろうと言ってはおいた。
それでもやると言ってくれた彼女に、一瞬だけ託してみようかとも思ったが、結果は予想通りだった。
戦闘における無駄な言動を、彼はしない。
それらを引き起こしかねない感情の全ては、改造の中で破壊された。
人間の原動力たる欲もなく、平静を乱す感情もない彼は、戦うために用意された機械。
彼にとって、理解出来ない事は全てわからないまま放棄される。戦闘に関しない事は、わからないままで放置される。
わかったところで、戦闘には干渉しないからだ。
例えば地球が自転が戦いに干渉しない限り、彼は地球が自転している事も、自分達の生まれ育った星が地球である事もわからないままだ。
ましてや、どんな精密機械や宇宙の神秘、深海の謎よりも複雑怪奇な人間の感情など、彼には一生理解出来ないだろう。理解しようとしないだろう。
故にこの戦いも、結局は無駄に終わる。
言葉で訴えようとも響かない。
武力で訴えようとも届かない。
常人よりずっと格の違う陰陽師としての才能を生まれ持ってしまったが故に。
千年続く戦いに終止符を求めた連合の手によって、そうなってしまった。そんな人間にされてしまった。そういう形に作り替えられてしまった。
それも、本人の了承の上で。
「何故だ。何故君はそんなにも……」
「何故あなたはそんなにも、自分自身に関心がないんだ!!!」
初めて、虎徹が手を出した。
回避は間に合わず、防御していなければ深手を負っていただろう一撃――と、誤認した虎徹の体が誤作動を起こした結果だった。
要らぬ停止。要らぬ防御をした結果、消費しなくていいはずの力を消費してしまった。
彼の中で、異常事態が発生していた。
「……そういえば、ちゃんとした自己紹介さえ、出来ていませんでしたね。私の名は、シルヴェストール・エルネスティーヌ。あなたが一撃でトラウマを植え付けた、レッドサファイア王室の護衛騎士、だった者……! 幼い頃から騎士に憧れ、剣術を学び、今の戦闘スタイルを身に着け、飛び級で訓練生を卒業。つい先日まで、我儘な王女の護衛をさせられて、いました!」
虎徹が受け止めた腕で押し切るように振り払い、今度は剣をぶつけてやらんと振り被る。
その一瞬で背後に回られたが、攻撃を許さぬ間合いで斬り払い、距離を取らせた。
追撃は終わらない。
袈裟斬り、逆袈裟斬りを回避させ、刺突連撃で攻め立てる。
全て読み切って回避する虎徹だが、途中で脚を引っ掛けられて体勢を崩され、防御を余儀なくされた。
「それが、あなたの陰陽術……!」
人差し指と中指とで描いた軌跡が残って、剣撃を受け止めている。
それどころか魔剣を斬り、刀身に亀裂を生じさせた。
亀裂に気付いたシルヴェストールが折れる前に下がるが、
「私の
砕けた破片が戻って、魔剣を再構築する。
より黒い炎を宿した剣が軌道上に火の粉を残し、振り払われた。
「この通り。元通りどころか、より強い武器として錬成する事も出来ます。今度はその術ごと、両断してみせましょう」
無論、彼らを組ませた上層部は、二人の相性を加味した上で組んだ。
だが当人ら――虎徹は特に気に障った事だろう事は、道満にはわかっていた。彼に対して剣士を組ませるなど、彼の陰陽術を信用していないとさえ言っているようなものだったからだ。
無論、そうした感情さえ奪い取ってはある。奪い取ったはずだった。
「万物切断……それが、金刀比羅虎徹の、陰陽術だ……この手が描いた軌道に残した斬撃は、万物を両断する。斬るも斬らぬも……俺の意思一つ」
奪い取ったはずの感情の、復活の兆し。
喜んでいい状況かと言われると複雑で、どちらとも言い切れない。
だが、
「やっと、喋ってくれましたね」
シルヴェストールも、嬉しそうに笑う。
感情を欠いた虎徹は微笑さえ浮かべなかったが、術を展開する指の動きは、道満の知る限り軽やかで、鋭いキレがあった。
「力の無駄遣いは避けたい。故に、一撃で決める」
「望む、ところです……!」
陰陽師の力の総称は
自身の中に溢れる力。生物が帯びる感情の力を言う。属性は、木、火、土、金、水の五つに分類される。
虎徹の主な属性は金。
万物切断は、此の世で最も硬いとされる鉱物を超圧縮して、斬撃として放つ事で実現した術。
その名の通り、魔剣であろうと粉砕。切断する。
魔剣と術とが衝突し、粉砕。砕き割れ、折れた魔剣から炎が消え失せると、切られた衝撃で片膝を突いたシルヴェストールが上げた顔の眉間に、虎徹の指先が突き付けられた。
「……ここまで、ですね。私の負けです」
「結局、何がしたかったんだ」
「さぁ……ただ、一応はペアになったと言うのに、無視され続けた事に腹が立った。それだけの事ですよ」
「……そうか」
若干ズレた面を直し、虎徹は背中を向ける。
そのままそそくさと行ってしまうのかと思ったシルヴェストールの想像を裏切り、彼女が立ち上がるまで待っていた虎徹は、万物を切断する指で促した。
「付いて来い」
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