第弐章
討伐対象:魚型魔獣魔性
「
余談になるが、魔性討伐依頼等の命令は、主に
戦いの師の方が上か。仕事を与える上司の方が上か。
いつまでも
「今回はこの三組に、ブラックダイアモンドへの出張任務を命じる。B級の魔獣型が300体。数はあるが、実力的には問題ないはずだ」
「では我々を登用する必要は無いかと思われますが」
十二天将白虎、虎徹が反応する。
隣で聞いていたシルヴェストール含め、他の四人もヒヤリとしたが、
「今回の魔獣は、魚型だ。小型の群れは大物にとって絶好の餌。君はそのための備えだ。期待しているよ、虎徹」
「畏まりました」
「
# # # # #
三日後、元南アメリカ領ブラックダイアモンド。
火傷しそうな程の熱砂広がる砂浜に来た一行は早速、魔性の大群と対峙していた。
小魚と聞いていたが、とんでもない。魚は魚でも、空を飛行するトビウオ。翼のように広げる
最早、小型の鮫と同じ。寧ろ小型な分機動力があり、質が悪い。
「でもこれだけいれば……」
殺気。
声を潜めても、
今ならば魔性に向けているのだと誤解して貰えるが、他の状況だったら暗殺すらしてきそうな勢いだった。
殺されるには早過ぎると、シルヴェストールは急ぎ口を結ぶ。
「よぉし、大量だなあ。おい、白虎! こいつら俺に譲れよ」
「そうそう。こんなの十二天将が出るまでもないですって」
嫌な雰囲気だ。
十二天将とはいえ、史上最年少でなった虎徹を認めたくない者達が反発しているようだ。
生まれ持った才能を買われ、更に強力な兵器として改造を受けた虎徹の境遇など想像もせず、才能を疎み、妬み、劣等感を抱いて揶揄している。
何なら手柄さえ横取りしてやろうとしているのが見え見えだ。
遊びの時間ではないと言うのに。
「構わない。好きに狩ればいい」
「……じゃあ好きにやらせて貰いますよ。おまえら、やってやろうぜ!」
「「「おう!!!」」」
四人で四方から囲い、追い込み漁のように逃げ場を奪いながら、次々と仕留めていく。
数で迫り来るトビウオの突進は、術で仕掛けた防壁で防御。遠距離攻撃で確実に仕留め、数を減らすだけの一方的な展開。
危機的状況もなければ、緊張感もない。
経験値豊富な先輩方は、もう誰が一番多く狩れるかなんて競争を始める始末。
とてもじゃないが、人類存続をかけた戦いの一つに数えるには至らない。
「あんな調子で良いのですか?」
「狩れば同じだ」
虎徹は用紙を取り出し、彼らが仕留めた魔性を順に封印している。
てっきり一枚につき一体だと思っていたのだが、一定の容量があるみたいで、その容量までは何体でも封印出来る仕組みだった。
更に言えば、虎徹が直接倒さずとも、封印は可能らしい。
「まるで訓練生ですね。最初に術が発現して浮かれてる頃の。私達より大人が、みっともない」
「魔性を狩ってくれるなら何でもいい。それに……良い餌だ」
「へ?」
先輩方はあからさまに厭味ったらしかったが、虎徹は残酷だった。
あろう事か、はしゃぐ先輩らの仕留める魔性の血を囮に、付近にいる可能性があった大物を誘き寄せたのだ。
海の一番沖にいた陰陽師の胸座が貫かれ、頭から捕食される。
目の前の雑魚ばかり見て周囲への警戒を怠っていた先輩らは何が起きたのかわかっておらず、続いて隣にいた
今まで一方的に狩っていた小魚が寄って集って食い千切る。
「カジキ?!」
「んなもん、なんでも良いだろうが!」
(感情を媒介にする陰陽師が、心を乱してどうする)
邪険にされたから根に持っていたのではない。
彼らが自分達でやると言い出した瞬間から、この作戦は虎徹の中で決まっていた。
彼らが無策なまま、自分勝手に動きさえしなければ、もっと優良に活用出来たものだが、考える頭がないのなら、利用価値など0でいい。
三組で事に当たれと命令されながらそれを身勝手に放棄する者など、戦力として数えるに値しない。故に助ける価値も無い。
仮にここで助けたところで、いつか同じ事を繰り返して死ぬのなら、同じ事だ。
「動くな」
「しかし!」
「間に合わん。それに、まだ早過ぎる」
「それはどういう――」
言い合っている間にも断末魔が響く。
術で敷いた防壁を角で突破され、胸を貫かれた
残るは一人。最初に虎徹に自分達でやらせろと言って来た、陰陽師だけだ。
「おい、十二天将! 何をボサッとしてやがる! さっさと何とかしろよ!」
「俺が出るまでもないと、言っていたはずだが? たかだかN級が奇襲して来た程度。俺が出る幕など本来ないはずだが」
「いいから助けろよ! 仲間だろ!?」
虎徹は動く様子がない。
シルヴェストールが見かねて行こうとしたが、虎徹に手を掴まれて止められた。
その時だった。
高々と揚がる水飛沫。
高波でも襲って来たのかと思える規模の水を上げ、イッカクの魔性と陰陽師とが打ち上がる。
一体と一人を打ち上げたそれは巨大な口を開け、後の展開を悟った悲鳴と共に全て丸呑みにして潜ってしまった。
虎徹が誘き寄せたのは、三人の命を奪ったイッカクではなかった。
それすらも優に超える超巨体の鮫――メガロドンとでも呼ぶべき大きさの魔性だったのだと、今ようやく理解する。
魔獣型の
前例がないので仮だが、少なくともVかW級くらいはあるだろう魔力は、虎徹の検索範囲内にずっと引っ掛かっていた。
「数万倍に希釈された血の臭いさえ嗅ぎ付けるという嗅覚は、奴を誘き寄せるのに充分だった。奴らが無駄に遊んで血を撒き散らしたお陰だな」
淡々と、虎徹は語る。
それくらいは役に立ったと。
彼らの役目は今回、せいぜいその程度だったと。
「下がれ、シルヴィ。奴らの遺言通り、何とかしてやる事にする」
手袋を外し、傷だらけの左手を晒す。
自身で浅く付けた切り傷から血を垂らし、自分に向かって来るように誘った虎徹は、目の前に格子状の印を描いた。
陰陽道ではこれをドーマンと言い、主に多くを見る目を表す。
本来は魔除けとしての意味を持つのだが――虎徹が描いた場合、意味合いはまるで変わる。
「兵闘に臨む者。皆陳列して前に在り」
血の臭いと、詠唱によって引き上げられた
が、虎徹は動かない。
全て仕掛けた通り、思った通りに動いているからだ。
「
縦四つ、横五つの格子が巨大化し、光の速度で直進。
消え去る肉塊はシルヴェストールが持たされていた用紙に引き込まれ、巨大な鮫の絵を面いっぱいに残した。
「終わったな」
「……もっと、やり方はあったのでは?」
それが精一杯の反論だった。
作戦無視に身勝手な行動。
私情を現場に持ち込み、上司に当たる十二天将へ不相応の振る舞いをした。
どれだけ小さくとも人の命を奪える魔性と対峙する上で、嫉妬や劣等感に駆られて行動するような術師は真っ先に見捨てられる。
術師はまず感情のコントロールから覚えると言うのに、基礎の基礎が出来ていない証拠だからだ。
一定の期間しか設けられず、その間に教えた基礎は絶対に順守しろというのが、今の余裕を奪われた人類の希望たる術師の在り方だ。
だから彼らの行動が不的確である事、不適当だと言う事はわかっている。
が、出来る事なら、見殺しにしないで欲しかった。例えそれが、導き出された最高の活用方法なのだとしても。
「目の前の雑魚を相手に遊び、N級程度の不意打ちに揺らぎ、事態の察知に大きく出遅れた。この程度の依頼で死ぬようなら、この先どのような場所に行っても死ぬだけだ。ならばここで優良に活用してやった分、報われるというものだろう」
「……」
本当に、それしかなかったのだろうか。
その後帰って来た二人は、ありのままを報告。
咎められる事は無く、処罰もなく、報酬の減給さえなく、何事もなく終わってしまった。
自室に戻ったシルヴェストールは初めての空しさに、横たわったベッドから、暫く起き上がる事が出来なかった。
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