042 魔界までひとっとび!



「わぁー♪」

「すごい……」


 空を飛ぶドラゴンの背から見下ろすその光景に、アニーとノアが歓声を上げる。緑溢れる森や草原、そして光り輝くどこまでも続いている大きな川。まさに豊かな大自然そのものであった。

 これを感激するなというほうが無理な話だ――ウォルターはそう思っていた。


「どーだ、我が魔界は素晴らしいだろう!」


 セブリアンが得意げに笑いながら、ドラゴンの手綱を握る。


「父上は常に、より良い国づくりを目指しておられる。全ては平和で人々を笑顔にするためだ」

「へぇ、魔王さまってすごいんだね!」

「ん。そしてカッコイイ」

「ハハッ! そのとーりさ!」


 双子たちの言葉に、セブリアンは得意げな笑みを浮かべた。そんな子供たち三人を乗せたドラゴンの後ろを、ヘラルドとウォルターを乗せたもう一匹のドラゴンが、見守るように速度を落として飛んでいた。


「まさかあっという間に魔界に来てしまうとはな……正直驚いたよ」


 魔界の大陸はとても大きい。面積だけでも人間界の二倍以上はある。土地の多くが荒れ果てており、作物も満足に育たない。故に自然も作物も豊かな人間界を、魔界は自分たちにしようと企んでいるのだった。

 と、これがウォルターたちの聞いたことがある、魔界の姿であった。


「しっかしこうして実際に見てみると――」


 ウォルターは改めて周囲の景色を見下ろした。


「魔界ってのは、ホント想像してたのよりも、全然違う感じだな」


 むしろ荒れ果てている土地を探すほうが難しいほどだった。広大な畑も多く、色とりどりの作物が育っており、農家を営む魔族の笑顔も輝いている。

 下手をしたら、人間界よりも農業が盛んなのではないか――ウォルターは割と本気でそんなことを考えていた。


「魔界が荒れ果てた土地だらけってのは、デタラメな噂でしかなかったってことか」

「いえ、そうとは限りませんよ」


 感激しながら呟くウォルターに対し、ヘラルドは苦笑を浮かべていた。


「見てのとおり、我が魔界はとにかく広大ですからね。国の手入れが行き届かず、荒れ果ててしまう場所もあります。特に一部の地域においては、広まっている噂どおりだと言わざるを得ません」

「そうなのか」


 考えてみれば当然かもしれないと、ウォルターは思った。どれだけ頑張っても完璧な環境を作ることは、流石にできないだろうから。

 それでも国を治める者は、考え続けなければならないのかもしれない。

 山奥の村の長老や、現在の故郷の村の村長でさえそうだった。

 長として、常により良い村づくりを考えなければならないと聞いたことがある。国を治める王様も、決して例外ではないことも。

 果たしてそれが本当かどうかは、ウォルターには分からない。しかし、あり得ない話ではないとも思えていた。

 頑張ったんだからもう十分じゃないか――そんな理屈は通用しないのだと。


「とはいえ、それだけならまだ良かったとも言えるんですが……」


 ヘラルドは小さなため息をつきながら言った。


「現在は荒れ果てている土地が、少しばかり目立ちつつある状況なんです」

「風の精霊ジン、か」

「えぇ」


 頷きながらヘラルドは、手綱をギュッと握り締める。


「暴走は日を追うごとに勢力を増しています。このままでは作物も育たず、荒野が広がるばかりです」

「それを食い止めるためにも、アニーとノアの力が必要ってことだな」

「……えぇ、情けない話でございます。いくら精霊とはいえ、子供の力を借りなければならないとは」

「気持ちは分からんでもないけど、流石に相手が悪過ぎるだろうよ。何もできない俺が言うのもなんだけどさ」


 やや投げやり気味にウォルターが言う。彼もまた、自分の力のなさを痛感している一人でもあったのだ。

 しかし――


「いや、そんなことはないでしょう」


 ヘラルドは笑みを浮かべ、彼の言葉を否定する。


「アニー殿やノア殿が動いてくださるのも、全てはウォルター殿――あなたという父親が傍にいるからです。決して何もできないということはありませんよ」


 しみじみと語るヘラルドに対し、ウォルターは思わず驚いてしまう。そして素直に嬉しそうな苦笑を浮かべた。


「ハハッ、だとしたら嬉しいけどな」

「えぇ、少なくとも私には、そう思えますよ」


 穏やかに断言するヘラルドに対し、どうにもくすぐったいとウォルターは思う。むしろ褒め過ぎではないかと。


「また随分と買ってくれてるな。人間である俺に対して、マイナスなイメージみたいなのとかは、何かしら持ってたりはしないのか?」


 正直、出会ってからずっと抱いている戸惑いの一つであった。ウォルターの抱いている魔族のイメージと、実際に見るヘラルドやセブリアンのイメージが、大きくかけ離れているようにしか見えない。


「そうですよね。そう思われるのも無理はないでしょう」


 ヘラルドは苦笑しながら、ウォルターの言葉を受け止めた。そして軽く表情を引き締めつつ、手綱を握る手にも力を込める。


「人間界の調査は、我々も秘密裏に行っています。全ての人間が悪いわけではない。あなたもその一人であることは分かります。精霊の双子たちが、あれだけあなたを父親として慕っているのですからね」

「ハハッ、そりゃどーも」


 軽く驚きはしたが、素直な嬉しさのほうが強かったウォルターは苦笑する。そして少しばかり、申し訳なさそうに頬を掻いた。


「俺もちょっとばかし、魔族に対して誤解が過ぎてた。そこは謝るよ」

「お気になさらないでください。噂が根深いのは、私も承知しております。こうして理解し合えたことを幸運に思うべきでしょう」

「あぁ、そうだな」


 ウォルターが頷くとともに、ヘラルドも再び穏やかな表情を浮かべた。

 しかし――


「っ!」


 次の瞬間、ヘラルドの表情がキリッと引き締められる。

 途轍もない気配を感じたのだ。

 そしてそれは、子供たちが乗ったドラゴンが近づいてくる点から、気のせいなどではないことを示していた。


「ヘラルド! ウォルター! ノアが精霊の強い気配を感じ取ったぞ!」

「近くに風の精霊がいるみたいだよ!」


 セブリアンに続いてアニーも叫ぶ。


「向こうから苦しんでる感じがすごいって! 早くいかないと大変かもだって!」

「あぁ、分かった!」


 ウォルターが返事をしつつ、ヘラルドと頷き合う。


「急ごう!」

「はい!」


 二匹のドラゴンは更に加速していき、広い荒野を突き抜けていく。やがて穏やかな空気は一変し、まるで嵐の如く風が吹き荒れ出すのだった。


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