041 魔界と風の精霊



「なるほどね。全てはお宅の魔王さんの思惑どおりな結果になってるわけだ」


 ヘラルドから説明を受けたウォルターは、納得の意を示した。双子たちとセブリアンの三人が、楽しそうに談笑する姿を遠巻きに見つつ、これまでの互いの経緯を交換したのであった。


「まぁ、俺からしても、願ったり叶ったりではあるけどな」


 ウォルターの視線が子供たちに向けられる。同い年の友達ができたというのは、素直に喜ばしい話だ。たとえそれが相手の思惑であっても、むしろ感謝したくなるほどでもある。

 経緯なんて些細な話だ。

 子供たちの喜ぶ顔が見れればそれでいい――そんな父親としての気持ちが、ウォルターの中で全面的に膨れ上がっていた。


「魔界の王様もフタを開けてみりゃあ、ただの親バカだったってわけだ」

「そういうあなたも対外かと思われますが」

「……かもね」


 切り返してくるヘラルドに、ウォルターは苦笑する。双子たちのことが心配で仕方がないという点は、どうしても否定はできない。


「だから、魔王さんの気持ちは、今のところ分からなくもないよ」


 故にウォルターも、素直にそう思えてならなかった。


「王子様ともなれば立場も大きいもんな。対等に話せる同い年の子供なんざ、貴重にもほどがあるだろ」

「えぇ。大概は八歳のセブリアン様に対してもへりくだる態度でも、その裏に潜む闇までは計り知れません」

「だろうな。それじゃ尚更、友達作りも簡単じゃなさそうだ」


 あくまで想像することしかできないが、それでもイメージとしては間違っていないような気はしていた。

 聞いていた話と違うことは、確かに多いかもしれない。しかし割と大事になれば、その噂も本当にそのとおりであることも、決して少なくはないのだ。


(あのニコラスも、貴族の一人だって話だもんなぁ……)


 無論、全てがあのような者ばかりでないことも分かっているつもりだった。現にこの場にいるセブリアンも、存外素直な子供の域を出ていないようだと、ウォルターの目には映っていた。


「その点、ウチの子たちはいい意味で容赦がない。変な忖度もしないとは思うよ」

「そう言っていただけてなによりです。ウォルター殿とウチの魔王様は、存外気が合うかもしれませんね」

「はは、それはそれで楽しみだな」


 にこやかに笑い合う二人。あくまで社交辞令の域を出ないが、それでも妙な形で通じ合う部分があるのも確かであった。

 やがて二人は軽く頷き合う。長い前置きはここまでにしようという合図で。


「――にしても、アレだ」


 会話を仕切り直す意味も込めて、ウォルターがややわざとらしく切り出した。


「俺たちの探している四大精霊のうちの一つが、魔界で大暴れ中とはな」

「えぇ。それもつい最近のことです」


 ヘラルドも表情を引き締める。


「ここから先は、五人で話したほうが良いでしょう」

「じゃあ、ちょっと呼んでくるよ――おーい、ちょっと聞いてくれぇーい!」


 ウォルターの掛け声に、子供たちが即座に反応する。きょとんとするセブリアンの手を引っ張ってくる双子たちの姿もまた、親の立場からすれば微笑ましい以外の何物でもない。

 そして改めて、五人で囲むように座ったところで、ヘラルドが口を開く。


「話を進めるにあたって、ここで『風の精霊ジン』についておさらいしましょう」


 風を司る四大精霊――それがジンと呼ばれる存在であった。

 ただ単に風を吹かせることは勿論のこと、その風は汚れた空気を浄化させる効果を秘めているという。それにより、枯れてしまった植物や汚染された水を、復活させる促進力にも繋がるのだ。

 しかしながら、ジンはあくまで自然を司る存在。

 良い方向に転がすこともできれば、悪い方向に転がすことも大いに可能であり、そこに悪い魔力が加われば、自ずと環境を大きく破壊する流れに繋がり、やがては世界の危機と発展してしまうこととなる。


「――その悪い部分が、魔界で実際に発生してるってことか」


 ウォルターが腕を組みながら小さなため息をつく。


「手遅れにはなってないんだな?」

「はい。まだ異変が生じて間もないですから」


 答えたのはヘラルドだった。


「魔界のとある環境が汚れており、そこを浄化させるべく動いていたところを、まんまと悪い魔力に付け込まれてしまったようなのです」

「イフリートの時は、人為的な可能性が濃厚だったんだ。ってことは……」

「えぇ。風の精霊のほうも、仕組まれたと見て良さそうですね」


 ウォルターとヘラルドの会話に、三人の子供たちの表情も歪む。


「そのジンっていう精霊さん、今も苦しんでるのかな?」


 ノアが自分の手をギュッと握り締める。


「早く助けないとかわいそうだよ」

「あぁ。放っておいたら精霊だけじゃない。魔界そのものも大変なことになる」


 セブリアンが頷き、そして改めて双子たちに向き直る。


「だから精霊の子であるアニーとノアに、力を貸してほしいんだ。頼む、僕と一緒に魔界へ来てくれ! どうか風の精霊を助けてほしい!」

「私からもお願いします。無論、最大限の手助けは約束します」


 王子に続いてヘラルドも頭を下げる。殆ど土下座に近い下げ方をしており、それほどまでに切羽詰まった本気であることがよく分かる。

 そんな彼らの願いに対する答えは、既に決まり切っていた。


「勿論だよ! ね、ノア?」

「ん。ぼくたちはそのために旅をしてる。そうだよね、おとーさん?」

「あぁ。そのとおりだ」


 親子三人の笑顔に、セブリアンも嬉しさと安心を込めた笑みを見上げる。心なしか目も潤んでおり、一瞬だけ顔を背けて袖を動かしたが、誰もそれに対して指摘するようなことはしなかった。

 そしてウォルターもまた、ヘラルドに対して伝えたいことがあった。


「俺は特に力なんてないけど、この子たちの保護者として、同行させてもらうよ」

「はい。お子様がたも、あなたがいたほうが良さそうですからね」


 ヘラルドが視線を向けると、双子たちが力強い笑顔で頷いて見せる。ウォルターが一緒なのは当たり前だと、そう言っているように見えた。

 セブリアンも、それを感じて受け入れる。そして勢いよく立ち上がった。


「ではすぐに魔界へ出発しよう――ヘラルド!」

「はっ!」


 ヘラルドも立ち上がり、懐から小さな笛を取り出し、それを力強く吹いた。

 甲高い音が鳴り響いたその直後、遠くから重々しい雄たけびが聞こえ、翼を羽ばたかせる音も聞こえてくる。

 なにより――


「おとーさん、海のほう!」

「すごい! 何かがこっちに飛んでくるよー!」


 双子たちが海の方角を指出してはしゃぎ出す。ウォルターも『それ』を確認し、驚きの表情を浮かべていた。


「おいおい……あれってもしかして……」

「えぇ」


 ヘラルドが誇らしげに頷く。


「我が魔界自慢の高速飛行手段――『ドラゴン』でございます!」

「あれに乗れば、魔界まであっという間だ。アニーとノアも楽しみにしておけ!」

「「わーい♪」」


 セブリアンも自信満々に言い放ち、双子たちはただただ喜んでいた。

 まさかこんな方法で魔界へ行くことになるとは――予想もしていなかった展開に、ウォルターは思わず苦笑を浮かべるのだった。


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