040 同い年の友達



 そして時は現在に戻り――子供たち三人を中心に、話が展開されていた。


「ふーん、なるほどねー」


 アニーが腕を組みながらふむふむと頷く。


「よーするに、魔界でも精霊さんが大暴れしていて、みんなが困ってるんだ?」

「それでぼくたちに助けてほしいから、こうして来たんだね?」

「あぁ。そういうことになる」


 セブリアンが若干戸惑いながらも頷く。対するアニーとノアは、特に緊張する様子も見せていなかった。

 そんな様子を、ウォルターは少し離れた位置に座り、ジッと静観していた。


(魔王の息子が現れた時は、正直どうなるかと思ったもんだがな……)


 いきなり過ぎる展開に身構えたものだったが、双子たちは思いのほかすぐに受け入れていた。敵意などの嫌な気配が、相手側から全くしなかったらしい。


 ――あたしとノアで、あの子から話を聞いてくるよ!


 アニーからそう提案してきたことで、今に至る。セブリアンも、アニーたちが精霊の子であることを知っており、これは間違いなく何かがあると思ってはいたが、それでもウォルターは、双子たちに任せることに決めたのだった。

 結果、そうして正解だったとウォルターは思う。

 セブリアンが突如として現れたその理由が、自分たちの目的と深い関係があることが判明したのだ。

 人間界の各地で起きている、魔力が原因となる魔物や霊獣の暴走。それは魔界でも徐々に増えており、更に四大精霊の一つが、既に魔界で大きな被害をもたらしているというのだ。


(四大精霊の一つである『風の精霊ジン』――それが魔界で大暴れ状態、か)


 まさに自分たちが一番欲しかった情報であり、セブリアンのほうから接触してくれたことも含めると、非常に運がいいとウォルターは思う。


(アニーたちが精霊の子だと知っていたのには驚いたもんだが……精霊の魔力を感知する特殊な魔法具となれば、納得もできる話だな)


 それもセブリアンたちの会話を聞いて、ウォルターが頷いた部分だった。

 確かにそれを使えば、アニーとノアが精霊の子だと突き止めるのは簡単だろう。イフリートと一緒に旅をしている光景を、魔力水晶なるものでしっかりと観察されていたという点には、流石に驚きを隠せなかったが、何せ事情が事情だ。頭ごなしに否定することができないのも確かだと、ウォルターは思う。


「でも、セブリアンも大変だよね」


 ノアが同乗しながらそう切り出してくる。


「お父さんの命令で、わざわざ海を渡ってここまで来たんでしょ?」

「確かに僕も驚いたけどな。まぁでも、なんてことはない」


 苦笑しながらも、明るい態度をセブリアンは見せた。


「今は風の精霊の件も含めて、皆があちこち忙しく動き回っている状態だ。少しでも父上の助けになれるなら、僕も喜んで動くさ」

「へぇー、すごいね!」

「ん。とても立派だと思う」

「ハハッ! 魔界王子として、当然のことをしているだけだ」


 謙遜の姿勢こそ見せてはいるが、アニーとノアから褒められた嬉しさは、セブリアンの表情にしっかりと出ていた。


「……まぁでも、それほどのんびりもしていられるような事態じゃないけどな」


 しかしそれもすぐに、うんざりしたようなため息に切り替わる。


「人間界の勇者が動き出したという話も知っている。世界の掌握の手始めとして、我が魔界を乗っ取ろうとしていることもな」

「なんでまた、魔界からなんだろ?」

「過去の因縁を利用したのさ」


 ノアの問いかけに、セブリアンが断言する。


「何十年も前に、我が魔界が人間界に対し、大きな戦争を仕掛けた。それ以来、二つの世界は分断されたまま――その決着をつけるために、勇者が勇敢にも、魔王討伐に立ち上がったと世間的には言われている」

「……魔界は何か言わなかったの?」

「こちらの話など聞こうともしなかったそうだ。今の魔界は戦争する考えなど、微塵にもないというのに」

「そっかー」


 アニーが両手で頬杖をつき、流れる白い雲を見上げた。


「確かにセッちゃんの話を聞いてたら、魔王が悪い人とは思えないもんね」

「そうだろう――ちょっと待て」


 腕を組みながら嬉しそうに頷いていたセブリアンだったが、すぐさまその声を固くしながら顔を上げる。

 視線の先は、当然ながら――


「アニー。お前は今、なんて言った?」

「魔王が悪い人とは思えない」

「その前。具体的には、僕のことをなんて呼んでた?」

「え? セッちゃんだよ?」


 それがどうかしたの、と言わんばかりにきょとんとしているアニー。それに対してセブリアンは、なんとか脱力するのを抑えつつ、スッと手を前に差し出した。


「頼む……頼むからその呼び方だけは、どうかやめてくれ」

「なんでー? セッちゃんはセッちゃんでしょ?」


 アニーはコテンと首を傾げる。心の底から理解できていないその様子に、セブリアンは歯を噛み締めた。


「違う! 僕の名前はセブリアンだ。そんなヘンテコな名前じゃない!」

「だって長いもん。縮めてあだ名にしたほうがいいよー」

「あのなぁ……」

「同い年なんだし別にいいじゃん」


 一歩も引かないどころか、むしろ押してすら来ている様子に、セブリアンはどう反撃したものか頭を必死に回転させていた。

 すると――


「ちゃんとセッちゃんのこと、大切なお友達だと思うからさー」

「――なに?」


 アニーの放ったとあるキーワードに、セブリアンは見事に反応した。


「トモダチ……今、確かにそう言ったか?」

「うん。言ったよー」


 別の意味で険しい表情をするセブリアンに対し、アニーはどこまでものほほんと楽しそうに笑っていた。


「だってあたしたち、今まで同い年の友達っていたことないんだもん。ね、ノア?」

「あー、そういえばそうかも……」

「でしょ?」


 それを聞いていたウォルターは、確かに言われてみればと思っていた。彼らが暮らしている村も、言ってしまえば閉鎖的な環境であり、同い年の子供が揃うケースはそれほどでもないのだ。

 少なくとも、アニーやノアと同い年の子供は一人もいない。

 故に双子たちからすれば、セブリアンみたいな存在は貴重であり、絶好のチャンスとも言えていた。


「だからセッちゃんとお友達になれたら、フツーに嬉しいなーって思ったの」

「ん。ぼくもそれは嬉しい」

「だよね♪」


 双子たちが笑い合うその目の前で、セブリアンは視線を泳がせていた。


「ト、トモダチ……この僕に、同い年の友達……」


 視線を逸らしながらブツブツと小声で呟き続けるセブリアン。明らかに普通の様子ではないそれにアニーが首を傾げる中、ノアはあることを考えていた。


「ねぇ、アニー。もしかしたらぼくたち、迷惑してるんじゃないかな?」


 ノアがそう言った瞬間、セブリアンの動きがピシッと固まるように止まる。しかしそれに気づくことなく、双子たちのやり取りは続いた。


「なんでー?」

「セブリアンは王子様なんだよ? きっとぼくたちの知らない、厳しいルールみたいなのがあると思うんだ」

「あー、なんかそーゆーのありそうだよねー」


 最初は納得していなかったアニーも、ノアの言葉に頷き出していた。

 すると――


「そんなの気にしなくていいっ!」


 割り込んできた叫び声に、双子たちは目を見開く。そのままセブリアンが、険しい表情のまま我を忘れるような勢いで言う。


「勝手に物事をベラベラと進めるな! 僕は迷惑だなんて全然思ってないぞ! むしろトモダチなら大歓迎だ! 僕も同い年の友達がいないから、そう言ってくれてとても嬉しかったぞ!」


 荒げた声で捲し立ててくるセブリアンに、双子たちはポカンと呆ける。しかしそれも数秒のこと。アニーが我に返り、ニパーッと笑顔を浮かべた。


「――そっか。じゃあ今日から、あたしたち三人はトモダチだね♪」

「ん。仲よくしよう」


 続けてノアもニッコリと笑い、セブリアンに手を差し出す。アニーも同じように小さな手のひらを出した。

 それが何を意味するのか、セブリアンもすぐに分かった。


「あぁ……こちらこそ、だ……」


 セブリアンが二人の手を取り、ようやく笑顔を見せる。三人の間に友情ができた、確かな瞬間であった。

 静かに見守っていたウォルターも、嬉しそうに微笑んでいた、その時だった。


「――お友達ができて本当に良かったですね、セブリアン王子」


 突如、どこからか声が聞こえてきた。同時にフード付きマントを羽織った、一人の人物が降り立つ。

 フードを外して出てきたのは、青年であった。

 水色のサラサラな長髪、切れ長の赤い目。そして――魔族特有の長い耳。

 セブリアンは青年の顔を見て目を大きく見開き、絶句していた。


「ど、どうして……」


 喉の奥から絞り出したような声を出すセブリアン。しかし青年はそれに答えることもなく、ウォルターに向けて頭を下げた。


「初めまして。私は魔王様の側近を務めている、ヘラルドと申します」


 そして再び、深々と頭を下げてきたヘラルドに対し、ウォルターも――


「あ、いえ、どうも……」


 と、同じように頭を下げて返すのだった。


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