第二章 四大精霊

037 親子たちの旅路



 ウォルターたちが山奥の村を出てから、数日が経過した。

 現在も快適な旅を続けている。大きな町はおろか、小さな村さえも寄らずに進んでいるが、ここまで特に困った出来事はなかった。

 水が欲しければ川を探せばいいし、腹が減れば野草を採取したり、獣を仕留めてくればいい。物理的に戦う力を殆ど持たないウォルターたちからしてみれば、狩りをするには罠を仕掛けて待つなどの工夫が必要となるのだが、今はその必要もない。

 これ以上ないくらいの戦力が、彼らに同行しているからだ。


「――ぬんっ!」


 どごぉん、という重々しい音とともに、巨大な猪が沈黙する。そしてその巨体を、軽々と担いで戻ってきた。

 その姿は赤い体をした大きな獣そのものであったが、待っていた三人は、特に驚くこともなく、笑顔で出迎える。


「あ、おかえりー♪」


 アニーが笑顔で駆け寄ってくる。その後ろから、双子の弟であるノアもとてとてと走ってきた。


「凄い。こんなでっかいイノシシ見たことない」

「我にかかればこんなものだ」


 賞賛するノアに対し、仕留めてきたイノシシをその場に下ろす。そしてその獣の姿は神々しく光り、瞬く間にその姿を変えていった。

 光が収まったそこには、一人の青年らしき姿が立っていた。

 逆立つ赤髪に色黒の肌、そして鋭い赤い目。それらが大柄で引き締まった筋肉質の姿を際立たせ、まさに『屈強』という言葉がよく似合うほどであった。


「お疲れさま、イフリート」


 その青年の名を呼びながら、ウォルターも歩いてくる。


「またでっかいのを仕留めてきてくれたんだな」

「腹を存分に満たすには、これくらいあったほうがいいと思ってな。中途半端な満たされ具合で、長い旅の一日を締め括るわけにもいくまい」

「はは、確かに」


 ウォルターが笑った瞬間、オレンジ色の空の光が照らしてきた。


「食料を調達してくれて助かるよ。すぐに解体しよう」

「うむ。我も手伝おう。ウォルターの食事は、毎日が楽しみでならん」

「ハハッ。そいつは嬉しいね」


軽快に笑うウォルターに対し、イフリートもフッと小さな笑みを浮かべる。こうして見ると、それほど年が離れていない青年二人にしか見えない。とてもじゃないが、片方が伝説と言われた四大精霊だと言われても、信じる者はいるだろうか。

 イフリート曰く、自身が『自然の化身』だからということらしい。

 獣姿は、あくまで作り出している姿の一つに過ぎないのだと。

 山奥の村を飛び出して、ウォルターたちがイフリートから最初に教えてもらったのがそれだった。

 始めて見た時は大層驚いたものだったが、それもすぐに慣れてしまう。むしろヒトの姿は、双子たちにとって接しやすくなるいいきっかけとなった。イフリートのほうも満更ではないらしく、移動や狩り以外ではヒトの姿でいることが殆どだった。


「――よし、解体ができたようだな」


 広げられた肉を見渡しながら、イフリートは頷く。その傍らには、解体している間にイフリートがどこからか集めてきた、大量の『薪』の山が鎮座していた。

 その山を崩して低い井桁を作り、その中央に何本もの薪を差し込む。あっという間に完成したそれに対し、双子たちは目をキラキラと輝かせており、ウォルターは苦笑していた。


「薪っていうより、殆ど丸太じゃないか。これじゃキャンプファイヤーだよ」

「デカイ獲物を焼くには、これくらいがちょうどいいのだ」

「分かったよ。じゃあ豪快に頼むわ」

「承知した」


 イフリートは得意げに笑いながら両手を広げる。そこから生み出された大きな火球を放り込み、数秒と経たぬうちに盛大な炎へと進化を遂げた。

 平原の片隅で派手に燃えるその炎は、他の余計な獣も近づけさせない。

 イフリートはニヤリと笑い、誇らしげな笑みとともに、控えている双子たちのほうへと振り返った。


「さぁ、精霊の子たちよ。我の仕留めた獲物を、盛大に焼き上げていくのだ!」

「「らじゃー!」」


 手を挙げながら返事をする双子たちは、仕込まれた串刺しの肉を、燃え盛る業火にかざす。パチパチと音を立て、脂が滴り落ちながら炙られてゆくそれからは、香ばしい匂いが漂ってくる。

 それを感じ取りながら、ウォルターも動き出していた。

 あらかじめ分けておいた肉の一部を細かくし、採取した野草と一緒に鍋でじっくり煮込んでいく。流石に同じ業火の中で作ることはできないため、新しく石を組み上げる形で、即席の釜戸を作ったのだった。

 旅の行商から物々交換で手に入れた塩と胡椒を加え、味を調える。


「――美味い」


 一言呟き、ウォルターは視線を向ける。既にいくつかの肉が焼き上げられ、味見と称してイフリートと子供たちが、つまみ食いをしていた。

 本人たちはこっそりしているつもりなのだろうが、頭かくしてなんとやらである。


「そのまま食べちゃってていいぞ。ちゃんと俺の分は残しといてくれよ?」

「「ムグッ――はーいっ♪」」


 二人揃って頬張ったまま驚き、そして機嫌よく返事をする。幾度となくシンクロする姿に、ウォルターも思わず頬を綻ばせる。

 正直言えば、不安はあった。いくら覚悟を決めたとは言っても、実際に旅立って初めてその大変さを理解することも多くなるだろうと。しかし思いのほか、双子たちは楽しそうにしており、家にいるときとは違う不便さも含めて、前向きな姿勢を常に見せている。

 無理はしなくていいとウォルターが言っても、大丈夫と声を揃えるくらいだ。

 それが本音かどうかくらいは、彼にも分かることであり、むしろ逆に気を遣われてしまうほどであった。

 改めてウォルターは思う。子供の逞しさを、少しばかり侮っていたと。

 あまり心配し過ぎるのも良くないのかもしれないと、ここに来て改めて思うようになってきていた。

 予想以上に逞しく成長してくれたことを、幸運に感じながら。


「さぁ、スープが煮えたぞ! しっかり体を温めろよー!」

「「はーい♪」」


 ウォルターの掛け声に、双子たちが肉を頬張りながら、元気よく返事をした。


「――我はこれに頼む」


 スッと差し出された大きな底の深い器とともに、イフリートが入り込んできた。もう待ちきれませんと言わんばかりの姿に、ウォルターは軽く脱力する。


「はいはい、分かりましたって」


 まるで大きな子供が増えたみたいだ――そんなことを思いながら、大きな器にせっせとスープを盛り付ける、ウォルターなのであった。


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