036 魔界の王族たち



 魔界。

 そこは魔族と呼ばれる、人間とは少し異なるヒトの種族が暮らす大陸である。

 治めているのは魔界の王――通称、魔王と呼ばれている。

 バルドゥイノという名は魔界では勿論のこと、人間界でも知らない者はいないといっても過言ではない。

 いい意味と悪い意味の両方を含めて――


「そうか……勇者と聖女が、我を討ち取るべく旅立ったというのか」

「はっ! まだまだ若造ではございますが、件のスキル持ちであることは、紛れもなく事実でございます」


 バルドゥイノの言葉に、彼の側近である魔族剣士のヘラルドが、王座の前で跪きながら答える。

 水色のサラサラとした長髪に切れ長の赤い目。クールなイケメンという言葉は、彼のためにあるのではと言いたくなるほどの容姿であり、初見で目を奪われてしまう女性も少なくない。


「偵察隊からの情報によりますと、勇者はつい最近、炎の精霊イフリートを連れていたそうです。ただし、悪い魔力で無理やり従えさせていた可能性が濃厚であり、とある双子の少年少女によって、無事に解放されたとか」

「ほう……当代の勇者は随分と愚かだな。我を倒すために、精霊を道具とするとは」

「全くですな」


 王座の傍らに佇む大臣も、大きく頷きながら憤慨する。


「精霊はこの世界を司る神に等しい存在。それを痛めつけるようなマネなど……本当にその青年が勇者なのかどうかも疑わしいですぞ」

「残念ながら、事実にございます」


 淡々とヘラルドが答えた。それは大臣も分かっていたのか、再び深いため息をつきながらも怒りの熱を収束させていく。


「……申し訳ございません魔王様。見苦しい姿をお見せしてしまいました」

「構わぬ。我も同じ気持ちだ」


 バルドゥイノが表情を引き締めた。


「ここ最近、人間界のほうで、魔物や霊獣の暴走が増えておるが……恐らく人間どもが仕組んだことだろう」

「人間界の魔法研究所――そこの所長が勇者と繋がっております。勇者は貴族の出身であり、常日頃から秘密裏に接触していたようです」

「イフリートの件と、深い関わりがあると見て良さそうだな」

「はい」


 イフリートは四大精霊とも言われるほどの存在――いくら勇者が相手だとしても、そう簡単に捕まるとは思えなかった。

 裏があると見るのが自然。少し考えれば、おおよその見当はついた。


「イフリートを救った少年少女か……気になるところではあるな」


 顎に手を添えながら、バルドゥイノが呟いたその時だった。


「それについては、私が答えさせていただきますわ」


 凛とした女性の声が王の間に響き渡る。同時に王の間の扉がゆっくりと開かれ、そこから現れた人物にヘラルドが目を見開いた。


「グラシア! 帰ってきたのか!」

「お久しぶりです、お兄様」


 ヘラルドの妹であり、魔王のもう一人の側近でもある魔族の女性、グラシア。彼女は偵察隊として名を馳せており、兄と同じくらいに有名な存在でもある。

 ピンク色の髪の毛に、コバルトブルーで切れ長の瞳。誰もが認めるほどの素晴らしいスタイルと美貌を誇るが、カッコいいというイメージが極めて強く、むしろ男性よりも女性のファンが多いほどである。

 兄と同じくらいのクールさも目立ち、男性からすれば少し近寄りがたいと見なされており、本人はそれを少しだけ気にしているのは、ここだけの話であった。


「魔王様、このグラシア、ただいま帰還いたしました」

「うむ。人間界のほうに出ていたと聞いたが、何か得てきたようだな」


 兄の隣で跪く彼女に対して、バルドゥイノは重々しく頷く。グラシアは頭を下げたまま報告を始めた。


「件の少年少女ですが――精霊の子であることを突き止めました」



 ◇ ◇ ◇



「はっ――はあっ!」


 城の裏庭にある稽古場にて、一人の少年が木剣を振るっていた。

 彼はバルドゥイノの息子であり、魔界の王子でもあるセブリアンである。八歳という幼い子供ながら、父親の跡を継ぐという将来を見据え、自発的に稽古に臨む貪欲な気持ちを湧き出していた。

 そんな彼に期待する大人たちも多い。魔王の一人息子ということも相まって、より立派に育てねばという使命に駆られる者も、また少なくないのであった。


「そこまで!」


 突き抜けるような重々しい声が響くと同時に、セブリアンは木剣を振るう手をピタッと止めた。

 彼の後ろに立つ大きな影。騎士団長のサムエルであった。

 執務や訓練の指導の合間を縫って、セブリアンの稽古をつけている。王子だからと言って甘やかすことはしない。場合によっては下手な騎士よりも厳しく接する姿も見られるほどだった。

 無論、これはバルドゥイノも公認していることである。

 息子を厳しく鍛えてくれ――そう正式に頭を下げて頼んできたこともあり、尚更ここは心を鬼にせねばという意識を、強く持っているのだった。


「振り下ろしに粗が出ております。どんなに力いっぱい振ったところで、剣の腕を上げることはできませぬ。前にも散々申し上げたことですぞ」

「……はい」


 息を切らせながらも、ハッキリとした口調でセブリアンは答える。その目はしっかりとサムエルを捉えていた。

 恐れを抱きつつも喰らいつこうとしている――サムエルにはそう感じられた。


「――本日の稽古はここまで。明日は更に厳しくしていきますからな」

「はい!」


 去りゆくサムエルに頭を下げ、セブリアンは木剣を手に歩き出す。この後も勉学が控えており、早々に汗を洗い流して着替えなければならない。

 訓練場から中庭に続く廊下を歩いていると――


「流石はドナトさんですね! 感服しちゃいましたよ!」

「ハハッ、当然だろ。俺を誰だと思ってる?」

「大臣殿のご子息にございます!」

「そのとおりだ。将来は魔界のナンバーツーになる男でもある!」

「そんなお方とご一緒出来て幸せっスよ」

「俺もです!」

「ほぅ? お前たちもよく分かってるじゃないか」

「当たり前ですよー」

「「「アハハハハ――♪」」」


 複数人の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 それが大臣の息子であるドナトと、その取り巻きたちによる声であることは、セブリアンもすぐに分かった。


(うるさいなぁ、もう……)


 顔をしかめるセブリアン。彼はドナトのことがどうにも苦手だった。

 年が十歳離れているというのもある。しかしそれ以上に、ドナトの人となりが好きになれなかった。

 大臣という大きな立場に就く父親の息子であるのをいいことに、何かと年上風を吹かせ、からかってきたりするのだ。

 将来の王に年上との交流を経験させている――事あるごとにそう言っている。

 無論、そんなつもりなどないことは、本人も分かっていた。

 これも修行の一環――そう父親であるバルドゥイノからも言われており、もはや甘んじて受けるしかなくなっている。


 ――私の跡を継ぐならば、少しでも厳しい環境を乗り越えてみせろ。


 そんな父の言葉は理解してはいるつもりだが、それでも嫌気が差す気持ちは拭えないのだった。


(アイツらは、何が楽しいんだろう?)


 セブリアンは純粋に疑問に思えてならなかった。

 ドナトたちが剣の稽古をしている様子も、家庭教師をつけて勉強に励んでいる様子も見たことがない。

 毎日のように取り巻きたちと笑っているところしか見かけない。

 どうして周りは何も言わないのだろうかと、セブリアンはどうしてもそれが理解できないでいた。

 こちらから行かなくとも向こうから来てしまう。その度にいじられて、好き勝手にたくさん笑って去っていく。お前のために――と言い訳して、自分たちが満足したいがために。

 そんな考えを持つ年上が近くにいるからこそ、もはやセブリアンは年上に甘えたいという気持ちを抱かなくなった。

 有り体に言えばトラウマだ。

 少しだけ信じて裏切られるショックを、もうこれ以上味わいたくないから。

 しかしそれならそれで、寂しさを感じる時もある。

 魔界の王宮には、セブリアンの他に同年代の子供がいないのだ。つまり同年代の友達が一人もいないということになる。

 城下町には確かに子供はいる。しかしどうしても、身分の違いという名の壁が立ちはだかり、対等な関係を築き上げることは不可能に等しい。貴族が相手でも、やはり無理と言わざるを得ない。

 出来たとしても、ひたすら持ち上げる『取り巻き』にしかなり得ないのだ。

 世話係のメイドからそう教わってからは、セブリアンは同年代と関係を築きたくないと思うようになった。

 絶対ドナトみたいにはならないぞ――そんな強い気持ちを持っているから。


(それでも、やっぱり――)


 セブリアンは願ってしまう。やはりこの気持ちは偽れない。誰にも言えないし言うつもりもない、心からの気持ちを。


(僕も欲しいな……お互いに遠慮しなくていい、同い年の友達が)


 そんなことをひっそりと思いながら、ゼブリアンは次の習い事に向かって歩き出すのだった。



【第一章 ~完~】


次回からは第二章のお話が始まります!


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