027 断絶された村



 あまりにも不穏な言葉に、ウォルターも双子たちも、自然と表情が引き締まる。ここで長老は、はたと気づいたような反応を見せた。


「アニー、ノア。ここから先は、しばらく外に出ておったほうがいいじゃろう」


 突然の提案に、双子たちは目を見開く。しかし長老の表情は重々しいままであり、それが冗談ではないことを如実に表していた。


「これから話す内容は、正直いい気分となるものではない。ゆえに――」

「ううん、このまま聞く」


 即答したのはノアだった。続けてアニーも、力強く頷いて見せる。


「あたしたち、悪い人たちから精霊さんを助けに来たんだもん! 嫌なお話の一つや二つはちゃんと聞くよ!」

「ん。ぼくたちは逃げたりしない。だから全部聞く!」


 双子たちの視線は、一直線に向けられる。それを受けた長老は目を見開き、やがて観念したようにゆっくりと俯いた。


「そうか……余計なことを言ってしまったようじゃな。すまんかった」

「気にしないでくれ。お前たちも、いいよな?」


 ウォルターの言葉に、アニーとノアが同時に頷く。それを確認し、改めて長老のほうに視線を戻す。


「じいちゃん。続きを話してくれないか?」

「お、おぉ……」


 長老は軽く戸惑いながら頷き、改めて咳ばらいを一つする。


「それが発覚したのは、あの男が旅立って数日が過ぎた頃じゃった――」


 神官の血塗られた服装が、村の門の前に落ちていた。

 それだけで何があったのかはすぐに分かった。

 神官を乗せた馬車が襲われた。馬も御者も含めて、誰も助かることはなかった。念のために若い衆が周辺を探索した結果、その残骸らしきものが、原形を留めていないほどの状態で発見されたという。

 落ちていた服装とともに、一通の手紙があった。


 ――村に留まり守り続けることこそが、あなた方の最大の使命となりましょう。


 たった一文、そう書かれていただけだった。しかしそれだけでも、村の人々に恐怖を植え付けるには十分過ぎた。


「神官は見せしめにされた……ワシらはすぐに、そう察したよ」

「じゃあ、門番の人がピリピリしてたのはそのせい?」


 アニーの問いかけに、長老は頷いた。


「あのニコラスが勝手にしでかしたことなのか、それとも王都の総意なのか……どちらにせよ、ワシらに選択の余地はなかった」


 大人しく村に閉じこもっていれば、ひとまず問題はない。しかしそれも、いつまで続くことなのか。その保証はどこにもないことを、殆どの村人たちは見て見ぬふりをしていた。

 特にマーガレットの両親が、その筆頭だったと言える。


「思えば、あのバカ夫婦の様子が更におかしくなったのも、そのあたりじゃな」


 長老は深いため息をついた。


「マーガレットと連絡が取れれば、きっとこの村の平和も安泰になる――そう信じて何通もの手紙を出した。王都に届かないことなど、考えもせずな」

「え? なんで届かないの?」

「届ける者が一人としていないからじゃよ」


 首を傾げるアニーに答えつつ、長老が囲炉裏に新しい炭を追加する。


「この村から王都へ向かおうとすれば、何がどうなるか分からん。神官の事例が、村の者たちをそう思わせた」

「ふーん……ということはさー」


 ここでアニーが、一つの仮説に辿り着いた。


「村から王都に行けなくなって、おじーちゃんたちもずっと困ってるの?」

「いや、そこは意外と大丈夫なんじゃ。標高の高さ故に冬場は厳しいが、幸い家畜や作物で困ることもなく、細々と暮らすには十分な環境でな。下手に王都へ向かおうとさえしなければ、これまでどおりの生活を送ることができておった」

「それがずっと八年も続いたってこと?」

「うむ。そういうことじゃ」

「へぇー」


 アニーと長老のやり取りが続く中、黙って聞いていたノアが、ここで口を開く。


「ねぇ。そのオジサンたちは、マーガレットって人に会いたかったんでしょ? その人たちだけで王都に行こうとはしなかったの?」

「……行こうとはせんかったな」

「どうして? 親なら危ない目にあっても、子供を守るものなんでしょ?」

「それは……」


 長老は軽く驚き、ウォルターのほうを見る。苦笑を浮かべている彼の顔は、少しだけ気恥ずかしさが込められており、指で頬を掻いていた。

 それだけでなんとなく、長老にも想像はついた。


「――そうじゃな。子供を守るためなら何でもするのが、親というものじゃ」


 目を閉じてフッと小さく笑い、長老も頷いた。そしてすぐさま、ため息を含めた呆れの表情へと切り替わる。


「もっともあのバカ夫婦は、娘の名声……つまり聖女という名前を使い、自分たちの偉さにしようとした。それしか考えておらん、というよりは――それにすがろうとしおったというのが正しいじゃろうな」


 なるほどね――それがウォルターたち親子三人の中で、一致した言葉だった。

 あまり関わりたくない、気持ち悪いというのが正直な感想であり、それがどういう意味を表すのか、どうにもよく分からなかったのだ。

 それが少しだけ分かったような気がしたが、如何せんスッキリはしない。


「一度だけ、ワシはあの夫婦が書いた手紙を見せてもらったことがある。長老として失礼がないかどうかチェックする、と言い訳してな」

「なんて書いてあったんだ?」

「早く帰ってこい。聖女として村を繁栄させ、私たちに親孝行をしてほしい、と」

「……完全にマーガレットを『モノ』扱いしてるじゃないか」

「本当にな」


 呆れ果てるウォルターに、長老も否定しきれず、苦笑を浮かべる。


「良くも悪くも、八年という長い年月が経過してしもうた。もうあのバカ夫婦の心を変えるのは、不可能に等しいとワシは見ておるよ」

「それはそれで厄介だな。この村に危険が迫ってるのは確かだってのに」

「うむ――おぉ、そういえば!」


 神妙な表情だった長老は、急に目を見開く。ウォルターからまだ聞いていないことがあったのを思い出したのだった。


「危険が迫っておるとは聞いたが、どのような手段かは、分かっておるのか?」

「あ、そこらへんはまだ、話してなかったっけ」


 ウォルターも忘れていたことに気づく。完全にうっかりしていた。そもそもその手段こそが、自分たちが旅立つ大きな理由でもあるというのに。

 むしろこれをちゃんと話しておかなければ――ウォルターは今一度姿勢を正す。


「じいちゃん、実は――」

「長老さまあああぁぁーーーっ!」


 ウォルターが切り出した言葉は、外からの叫びによって遮られてしまう。勢いよく木製の引き戸が開けられ、村の青年が息を切らせている。


「はぁ、はぁ、た、大変だ! 勇者たちが……王都から勇者たちが来た!」


 それは間違いなく、山奥の村を大きく揺るがす事態を知らせるものであった――


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