026 再会、紹介、束の間の団欒



「ねぇ、おとーさん」


 村の広場を過ぎ、緩い坂道を上り始めたところで、ノアが尋ねる。


「さっきのオジサンたちって、前に話してた、おとーさんの幼なじみの親?」

「あぁ、そうだよ。やっぱり気づいたか」

「ん。気づいた」


 不満そうな態度は和らいでいたが、ノアの浮かない表情は変わらないでいた。


「あれだけ聖女とかどうとか言ってたら、嫌でも分かるし」

「だよねー」


 ウォルターを挟んで反対側から、アニーも同意を示す。


「あたしもすぐに分かったよ」

「……アニーは忘れてたクチでしょ?」

「えっ、いや、そ、そんなことないもんっ! ちゃんと『思い出した』もん!」

「つまりそれまでは忘れてたってことじゃないの?」

「あぅ……」


 弟の指摘に、アニーはすぐさま撃沈してしまう。これもウォルターからすれば、幾度となく見てきた光景の一つに過ぎず、苦笑の案件でしかない。

 行動のアニーと言葉のノア。正反対だからこそ噛み合う双子の姉弟。

 このまま純粋にまっすぐ育ってくれればと、改めて心から思う。そのためにも自分が責任をもって見守らなければと、決意を固めながら。

 そう感じたのも、かつての故郷だからこそなのかもしれない。

 加えて今のところ、ウォルターが帰ってきたことに気づかれていない、というのも大きいと言える。余計な騒ぎがないからこそ、落ち着いて考えることができているということだ。


「――見えてきたぞ。あそこが、じいちゃんの住んでいる家だ」


 ウォルターが指をさした先に見えるのは、茅葺き屋根が特徴的な母屋であった。傍にある畑も健在であり、八年前と殆ど変化はないように見える。


「懐かしいなぁ……おっ?」


 感慨深く思いながら歩いていると、表の扉が開かれ、一人の老人が姿を見せる。

 まさに今、最も会いたいと思っていた人物に他ならない。流石に八年も経過していてかなり老けているが、その眼力は未だ健在であることは明白であった。


「よぉ、じいちゃ――」

「ベイル?」


 言い切る前に、老人は誰かの名前を呼んだ。しかしその視線は、ウォルターのほうにしっかりと向けられている。

 これには流石のウォルターも、戸惑わずにはいられない。

 覚えていない――ということではなく、明らかに『誰か』と間違えている。それをどう話したものかと思った。双子たちも父親と老人に視線を行き来させ、きょとんとしている状態だった。

 無言のまま、数秒ほど経過したところで――


「あぁ……いや。すまんかったな。知った顔と間違えてしもうたわい」


 老人が先に我に返り、首を左右に振りながら謝罪してきた。そして改めて、皴の増えた顔を上げて視線を向けてくる。


「して、お前さんたちは……」

「ハハッ。流石にじいちゃんも気づかないのか」

「ん? もしや、どこかで会ったかの?」

「そうだよ。八年前までは毎日な」

「八年前……っ!」


 老人は改めて目を見開いた。八年前というキーワードは、それほどまでに老人の心と記憶を刺激させる、大きな起爆剤とも言えた。

 なにより老人からしてみれば、その『顔』も相まってと言えた。

 まさかとは思った。

 そう考えれば納得もできるというものだが、まだ確証には至っていない。

 だからこそ、老人の声が震えるのも、無理はない話であった。


「ウォルター……なのか?」

「あぁ。久しぶりだな、じいちゃん」


 にこやかに笑う明るい表情が、八年前まで当たり前のように見ていた笑顔と、瞬時に重なってくる。

 老人こと長老の目から、涙が浮かび上がり、零れ落ちるのだった――



 ◇ ◇ ◇



「――そうか。お前さんもこの八年、色々とあったんじゃな」


 囲炉裏の中央で揺れ動く炎を見つめながら、長老はしみじみと頷く。


「元気にしておるだけでなく、まさか子供まで育てておるとはの……流石のワシでも想像できんかったぞい」

「だろうな」


 ウォルターも苦笑する。アニーとノアの自己紹介を済ませ、互いにこれまでの経緯を簡単に話していたところであった。

 その中で、ウォルターも大いに驚かされる部分があった。


「まさか俺が死んだことになってたなんてな……まぁ、無理もないとは思うけど」


 最初に聞いた時は、確かに驚いた。しかし落ち着いて考えてみれば、状況的にあり得ない話ではないと思った。

 山奥の村の周囲には、本当に山と森しかなく、一番近くの村へ行くにも、軽く数日を費やしてしまう。大自然の中だからこそ、魔物や獣の数も段違い。そんなところを十歳の少年が一人で歩くというのは、自殺行為としか言いようがないのだ。

 加えて、勇者ニコラスがこっそりと後を付けており、ウォルターが丘の頂上で落雷に巻き込まれたのを見たという。

 状況から見ても、ウォルターの生存は絶望的だと判断されていた。

 少なくとも村の人々の大半は、そう思っていたらしい。


(きっと俺を転移させた直後あたりに、雷が『落とされた』んだろうな。アイツならそれくらいのことは、平気な顔してやりそうだ)


 ウォルターの頭の中に、穏やかな笑みを浮かべる精霊王が浮かぶ。普通ならばあり得ないことがあり得るというのは、もはや彼の中では当たり前のことだった。

 故に多少の不思議さが起こったとしても、驚きこそすれど否定するようなことは、基本的にしない。


「村人たちが俺に気づかなかったのも、そのせいってことかな?」

「そういうことになる。ワシはお前さんが生きておると、信じておったがの」

「そりゃどーも」


 ウォルターは苦笑する。長老の言葉が社交辞令なのか本気なのか、そんなことはどうでも良かった。

 ただ、再びこうして話せることが、嬉しくて仕方がない。

 今ここで感じているのは、それだけだった。


「アニー、そしてノアと言ったかの?」


 そして長老は、双子たちに優しい視線を向ける。


「わざわざ会いに来てくれてありがとう。じいちゃんはとても嬉しいぞ」

「うん! あたしも会えてうれしい!」

「ん。ぼくも」


 両腕をグッと握り締めながら満面の笑みを浮かべるアニーに、落ち着いた笑顔で頷きを返すノア。まさに対照的な双子の姿だと、長老は改めて思うのだった。


「――ところでお前さんたちは、旅の途中なのか? わざわざワシのところにひ孫を紹介しに来てくれたとは、あまり思えんのじゃがなぁ」

「あ、そうそう。じいちゃんにちょっと話したいことがあったんだ」


 思いのほか再会の嬉しさが大きく、つい本題を忘れていた。ウォルターはコホンと咳ばらいをする。


「この村に危険が迫っている。勇者と聖女絡みでな」

「な、なんじゃと? 一体、何を根拠に……」

「ある人からの情報だ。誰なのかは言えないけど、まずデタラメなんかじゃない」


 別に『言うな』とは言われていないが、そういうことにしておこうと、ウォルターは思っていた。ここで『精霊王』などというキーワードを出せば、そちらの説明をしなければならなくなってしまい、本題から大きく逸れてしまうことは火を見るよりも明らかだ。

 なにより長老に、余計な情報を与えて混乱させたくない――育ててもらった祖父のような存在に対する気遣いもあった。


「そうか……分かった」


 割とすんなり頷いた長老に、ウォルターは目を丸くする。


「信じてくれるのか? 俺のほうから切り出しといて、なんだけど……」

「ワシも嫌な予感はしておったんじゃ。この村の神官の件もあったからのぉ」

「神官?」

「うむ。お前さんが村を追われたすぐ後に、あの男はこの村を出た。王都の神殿への異動が決まったとかでな」

「へぇー」


 それを聞いたウォルターは、思わず苦笑してしまう。


「あのオッサン、メチャクチャ喜んでたろ?」

「うむ。別れの挨拶もそこそこに、この村の教会そのものを放り捨てるように、あの男は意気揚々と旅立った」

「ハハッ。なんかその姿が、ハッキリと想像できちまうよ」

「じゃが――」


 ウォルターが面白そうに笑っている中、長老が重々しい表情を見せる。


「その数日後じゃ……あの男は命を落としたのはな」


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