025 マーガレットの両親



 山奥の村の雰囲気は穏やかそのものであった。村人たちは何事もなくいつもの日常を送っており、子供が楽しそうにはしゃぐ声も聞こえてくる。

 まさに平穏という言葉がピッタリであり、ひとまずの安心は得られた。

 しかしながら約二名ほど、大きな不満を抱えていた。


「ねぇ……あの人たち、パパのこと全然気づいてなかったよね?」


 アニーが不満そうな表情を隠そうともせず、小声でささやいてくる。


「見ない顔とか言っちゃって……シツレーしちゃうよ!」

「ん。ぼくもどーかん」


 ノアも譲りたくない姿勢を見せており、それはそれで無理もないかと、ウォルターは思っていた。

 しかし――


「まぁ、しょーがないさ」


 当の本人は、全く持って気にしていない様子ではあったが。


「俺がここを出たのは八年前……十歳のガキの時だ。昔と今の顔が一致しないのは、当然と言えば当然なのかもしれないな」

「でも……」

「そんなことよりも、まずはじいちゃんの家に行ってみよう」


 納得のいってないアニーの頭に、ウォルターは大きな手をポンと置いた。


「お前たちのことを紹介しておきたいし、あれからどうなったのかも知りたいしな」

「ん。ぼくはちょっと楽しみ。おじいちゃんに会ってみたい」

「あたしもー。どんな人かなぁ♪」


 双子たちがワクワクしている様子に、ウォルターも表情を綻ばせる。


(まぁ楽しみなのは、俺も同じようなものだけどな)


 この八年間の出来事を長老に話せる――そう考えるだけで胸が躍ってくる。

 無論、自分が追放された身であることは承知の上だ。それでも、会って話すくらいのことは許してくれるだろうと思っていた。

 ニコラスや王都にさえバレなければ、どうということはないだろうと。

 少し見渡してみたが、王都から兵士などが派遣された様子はなく、村そのものに大きな変化は何も感じられない。追放される前の状態から、そのまま時間だけが経過したようであった。

 現にこうして追放された張本人が、堂々と村の中を歩いているというのに、誰もそれに気づく様子はない。

 安心したような寂しいような――なんとも言えない気持ちが、ウォルターの中で沸き上がっているのは、ここだけの話である。


「――ん? あんたたち、なんだか見かけない顔だな?」


 男性の声が聞こえ、ウォルターたちは思わず足を止めてしまう。声のしたほうを振り向いてみると、そこには年こそ重ねているが、見知った顔の人物がいた。


「見たところ旅人のようだが……子連れとは珍しいもんだな」

「あなた。あまり詮索しないであげなさいな」

「ん? ドーラは気にならんのか?」

「はぁ……」


 男に名前を呼ばれた女性は、深いため息をつく。


「色々と訳ありだということよ。こんな小さい子を連れて、こんな何もない山奥を旅するなんて、とても普通とは思えないもの。きっと何かをやらかして、ここまで逃げてきたに違いないわ」

「ふむ、なるほどなぁ。確かにそれなら俺も納得だ。流石は俺の妻だな」

「でしょ?」


 初老を迎える夫婦二人で盛り上がる姿を、ウォルターはどこまでも冷めた目つきで見ていた。

 勝手かつ失礼極まりない物言いは、八年前から変わっていないようであった。


(このオバサンが『ドーラ』ってことは、このオッサンは『ザカリー』……間違いなくマーガレットの両親だな)


 ウォルターの中で、八年前の記憶が一気に蘇る。

 自分がスキルなしだと判明し、娘のマーガレットが聖女に選ばれたその瞬間、二人が豹変したことを。娘が聖女だということを鼻にかけて自慢し、スキルなしの自分に白い目を向けてきたことを。

 スキルの違いでここまで変わるのかと、妙に冷静になっていたものだ。

 しかしながら、こうも思った。

 そもそもこの二人は、元から『こう』だったのではないかと。


(生まれてすぐに両親を失った俺を気にかけてくれていたのも、俺を大切に想っていたからじゃない。自分たちが『心優しい大人』だと、周りにアピールするためにしていただけ――要はそんなところか)


 そう考えれば、精霊の信託を皮切りに、二人の態度が変わったのも頷ける。そんな二人は、今でも存外変わっていないようだと、ウォルターは心の中で深いため息をつくのだった。

 それを知る由もなく、ザカリーとドーラは哀れみのを込めた笑みを向けてくる。


「うちの人が余計なことを言ったみたいでゴメンなさいね? もうすぐ娘が王都から帰ってくるものだから、ずっと浮かれているのよ」

「……娘さんが?」

「えぇ。私たちの自慢の『聖女様』なのよ。オホホホホ♪」


 聖女様――という言葉を、これでもかと強調してくるドーラに、ウォルターは呆れて何も言えなかった。


「我が娘は本当に素晴らしいんだ! 今も各地で活躍しているようだからね!」

「本当に、私たちが手塩をかけて育てた甲斐があったというものだわ♪」

「ドーラの言うとおりだ。全く鼻が高いというものだよ」

「えぇ、私も心からそう思うわ。オホホホホ♪」


 確かに聖女の活躍は凄いのかもしれないが、それはあくまでマーガレット本人の成果に過ぎず、単なる親でしかない目の前の二人には、言ってしまえば何の関係もない話となるはずなのだ。

 しかし二人からしてみれば、そうではないことが見て取れる。

 聖女である娘の活躍は、自分たちの活躍でもある――そう捉えている可能性が極めて高そうであった。

 もっともウォルターは、それらの指摘をするつもりは全くなかったが。


「しかし、娘も忙しいとはいえ、手紙くらいよこしてくれてもいいのになぁ」

「王都へ旅立ったっきり、一度も帰ってきてないものね。おかげでこの八年、一度もあの子の顔を見ることがなかったわ」

「まぁそれだけ、あの子が頑張っているということでもあるがな」

「本当にね。聖女の親として、鼻が高いというものだわ」

「あー、早く帰ってきて、この村をバーンと繁栄させてくれねぇかなぁ?」

「きっともうすぐよ。落ち着いて待ちましょう」

「そうだな」


 完全に、自分たちの世界に入り込んでいるザカリーとドーラ。八年前の状態から、そのまま年だけ重ねた姿であることは、もはや考えるまでもなかった。

 これ以上は聞くに堪えない――ウォルターはそう思った。


「――パパ。早くいこ」

「うん。ぼくたち急いでるんだしさ」


 双子たちが同時に、ウォルターの服の裾を引っ張ってくる。その苛立ちから、二人も同じような気持ちだったのかもしれないと思い、ウォルターは思わず嬉しさが込み上げてしまった。


「そうだな。お父さんたちは、急いでるんだもんな」


 ウォルターは双子たちの頭を撫でつつ、ザカリーとドーラに向き直る。


「すみませんが、そういうわけですので――俺たちは失礼します」

「あ、あぁ……」

「えぇ……」


 まさか強引に打ち切ってくるとは思わなかったのだろう。ザカリーとドーラは戸惑いながら、そのまま歩き出すウォルターたちを見送るのだった。

 しかし三人が離れた瞬間、ドーラが心から不満そうに、息を鳴らす。


「全く失礼しちゃうわね。私たちは聖女の親なのよ? 何様のつもりかしら?」

「気にするな。言ったところで、あのような流浪人には分からんさ」

「そうね」


 ザカリーの言葉に、すぐさま落ち着きを取り戻すドーラ。元々そんなに気にしていなかったということだろう。自分が優位に立てればそれでいい――そんな心がにじみ出ていることを、本人は気づいていない。

 一方、ザカリーは一つだけ、気になっていることがあった。


(――さっきの青年の顔、どこかで見たような……はて、どこだったかな?)


 どうにも胸の奥に何かが引っかかる――そんなモヤモヤした気持ちが、ザカリーの中で燻るのだった。


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