024 八年ぶりの故郷



「ここは――」


 気が付いたらそこに立っていた。左右からしがみ付く小さな二人の存在に、軽い安堵を覚える中、ウォルターは周囲を見渡す。


「丘の上?」

「えぇ。私とあなたが、初めて出会った場所ですよ」


 アルファーディの言葉に、ようやくウォルターは思い出してきた。


「……ここって、こんな場所だったのか」


 改めて見渡してみると、景色の雄大さがよく分かる。当時は追放されたショックに加えて、アルファーディに誘われながら歩いていた影響もあり、周囲の景色をまともに見る余裕は、どこにもなかったのだ。

 高台から見下ろすその先には、広大な森と平原が、どこまでも広がっている。

 現在暮らしている村の近くにも山はあり、そこから双子たちとともに景色を見下ろしたこと自体はあるが、山に囲まれた谷のようなものでしかなく、ここまで広々と先まで見渡せる景色は見れなかった。

 それだけここが、標高の高い位置にあることを意味している。

 改めてそれを思い知り、ここに来て初めての発見をしたも同然のウォルターは、不思議な気分で心が満たされてゆく。

 そして、双子たちも――


「すごいねー、ノア!」

「ん。こんな景色、ウチの近くじゃ見たことない」


 見渡しても見渡しきれない自然の広さに、ただひたすら感動していた。まるで夢を見ているような光景に、何も考えられなくなる。

 山に囲まれた景色しか知らなかった。

 こんなにも世界が広いなんて、思ってもみなかった。

 空の向こうには一体何があるのか、世界の果てというものがどんなものか――それを想像したことは、これまでに何回もある。

 これがその答えの一つと言えるのかもしれない。

 果てなんて存在せず、どこまでも続いていくものなのだと。

 聞こえるのは風の音だけであり、それは『静か』という表現に当てはまる。ここでしばらくゆっくりと景色を楽しみたいという気持ちは、双子たちもウォルターも同じではあった。

 しかし――そうも言っていられないのも、また確かではあった。


「私はここまでとなります」


 アルファーディの冷静な声が、風に乗って大きく響き渡る。親子三人が振り向くと同時に、彼はとある方向を指さした。


「あちらに見えるのが、ウォルター君の故郷ですね」

「――ホントだ。チラッとだけど、村みたいなのが見えるー!」

「うん。たしかに見えるね」


 アニーに続いて、ノアもそれを確認する。生い茂る木々に隠れてはいるが、確かに人家の屋根らしきものが存在し、見張り台らしきものもあった。


「あんな見張り台……俺がいた時はなかったなぁ」


 故郷を懐かしく思う反面、ウォルターは新たなる発見に驚く。


「きっと、おとーさんが村を出たあとに、それが作られたんじゃない?」

「まぁ、そうなんだろうな」


 ノアの言うとおりなのだろうと思いつつ、ウォルターは感慨深いものがあった。

 八年間も同じままであるはずがない――頭の中でそうは思っていても、実際にその目で変化を見ると、やはり色々と思うところがある。

 遠くからでも確認できるくらいだ。

 実際に村に行けば、更にどれほどの変化を目の当たりにするのか。

 ワクワクするとも言えるし、あまりそうであってほしくないという気持ちも、少なからずあるというのが、ウォルターの本音だった。


「とりあえず行ってみるか」

「うん」

「いこーいこーっ♪」


 頷くノアに続いて、アニーも意気揚々と返事をする。素直に元気な様子にありがたみを感じつつ、ウォルターは静かにたたずむ精霊王に向き直った。


「じゃあな、アルファーディ」

「えぇ。ご武運を」


 余計な言葉はいらない。ただ形だけの挨拶が、二人には十分なものであった。

 三人が丘を降りるべく歩き出し、アルファーディに背を向ける。それと同時に、アルファーディは忽然と姿を消したのだが、これから訪れる村のことが気になっていた親子三人は、それに気づくことはなかったのだった。


(――懐かしいもんだな)


 八年ぶりとはいえ、割と覚えていることに、ウォルターは軽く驚いた。

 生まれた時から見ている光景は、たとえ何があろうと、そう簡単に忘れないということなのか。

 それとも――『忘れたくなかった』のか。

 いずれにしても、記憶から抜け落ちることはなさそうだと、ウォルターは確信に近い形で思えてならなかった。


「なんか静かだねー」

「うん。魔物の気配も、ぜんぜんしないよ」


 アニーとノアが、周囲を見渡しながら不思議そうな表情を浮かべている。言われてみればとウォルターも確認してみるが――


「確かにな……むしろ静か過ぎるような気もするけど……」


 村の外の山道には、普通に獣や魔物の類が出没していたはずだ。しかし今は、その気配すらない。


(各地で魔物が暴れ出す異変が起こってるって、アルファーディは言ってた。これを見る限り、とてもそうは思えないな)


 人が暮らしている村が近くにあるからというのは、理由としては薄い。他に何か理由があると考えるのが自然だが、現時点でウォルターの中で、思い当たる節は全く浮かんでこなかった。

 村の入り口は、特に変わりないようであった。

 大きな丸太を何本も組んで作り上げられた頑丈な門と、村と外を仕切る柵は、八年が経過した今でも健在であり、それが村の無事を示している証拠だ。

 そこだけはウォルターも少し安心しつつ、入口に近づく。


「――おい。そこの子供連れ! ちょっと止まれ!」


 見張りを務める青年が、ウォルターたち三人の姿を確認し、声を張り上げた。


「どうも見ない顔だな……この村に何の用があって来た?」

「旅の途中に見つけたから、ちょっと寄ってみたんだ。少し村の中で、休憩させてくれないか?」


 我ながら普通に言い訳ができたものだと、ウォルターは思った。青年はもう一人の見張り役と顔を合わせ、訝しげな態度を見せながら言う。


「どうする?」

「別にいいんじゃないか? 特に危険な感じはしなさそうだし」

「あのガキどもは、連れ去って来た可能性もあるぞ?」

「それにしちゃあ身なりは綺麗だぜ?」

「確かに……ってことは、ホントにただの親子か、年の離れた兄弟か……」


 ひそひそと話す声は小さく、少し離れているウォルターたちには聞こえていない。しかしその内容は、なんとなく推測できるものであり、仕方がないかとウォルターは開き直っていた。

 しかしそれは、小さな子供には当てはまらないものでもあった。


「ねー! まだ入れてくれないのー? あたしたち疲れてるんだけどー!」


 アニーの叫びに、ノアも無言のまま、コクコクと頷く。子供たちの心から不満ですと言わんばかりの表情に、見張り役の青年たちは改めて顔を見合わせる。


「とりあえず入れてやろうぜ。注意すりゃ問題はねぇだろうし」

「だな」


 そう結論付けた青年たちは、急いで門を開ける。


「早く中へ入ってくれ! 魔物や獣が来ないうちに!」


 青年の声に、ウォルターたちは駆け足で門を通り抜ける。三人がちゃんと入ったのを確認したところで、門は迅速に閉められた。

 そして青年たちは振り返り、どこか申し訳なさそうにウォルターたちを見る。


「――色々あって、今じゃこの村のもんでさえ、出入りするのに気を遣ってんだ」

「あんたらも疲れが取れたら、さっさとこの村から出ることを勧めるよ」


 そんなことを言ってくる青年たちの表情は、明らかにウォルターたち三人を警戒している様子であった。しかしあくまで余所者であるならば、門番の務めとしては、実に大正解だと言えるだろう。


「了解。今の言葉は、ちゃんと肝に銘じておくよ」


 ウォルターも気にすることなく、にこやかな笑顔で受け入れた。そして青年たちの視線を感じながらも、双子たちを連れて歩き出す。


 かくしてウォルターは、八年ぶりの故郷に足を踏み入れたのであった――


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