023 幼なじみ



 ウォルターはロゼッタに、マーガレットのことを話した。

 精霊の信託を受けるあの日までは、まさにガレットとロゼッタの二人と同じような生活を送っており、このまま大人になっても変わらないものだと思っていた。

 八年前――それがいきなり崩されたことについても。


「マーガレットとは、本当にそれっきりになっちまった感じさ」


 既に色々と過ぎ去ったと認識しているからか、ウォルターも淡々と話していた。思うところは確かにあるのだが、当時は引きずる暇すらなかったし、今更あれこれ考えてもどうにもならない。

 ただそれも、マーガレットが普通の村人のままであれば、の話であった。


「勇者と聖女の噂は聞いてたけど……まさかウォルターの幼なじみだったとはね」


 ロゼッタも素直に驚いている様子であった。

 昔から何かと面倒を見てきた、年下の少年――その過去は、それ相応に重いということは知っていた。

 しかし、その詳細については知らなかったのだ。

 今になって聞かされると、かなりの怒涛な展開を経験してきたのだと、嫌でも思い知らされる。

 もしもこれが自分だったとしたら。

 ガレットとの当たり前の生活が、急に引き裂かれたとしたら――


(耐えられなかったかも……)


 少し想像してみただけでも、胸が締め付けられる。いつもはつまらない言い争いばかりしている相手だが、それも一緒にいることが約束されているからこそだ。急に目の前からいなくなった場合のことなど、考えたこともなかった。

 当たり前が『当たり前』に続く――そう信じていた。

 少し考えれば、それこそ当たり前なんかじゃないことぐらい、分かりそうなものだということに気づかされる。


「それにしても凄いじゃない。幼なじみの子が聖女だなんて」


 自分の浅はかさを誤魔化すかのように、ロゼッタは取り繕うような口調となる。


「勇者と一緒に、この世界を救う存在だと言われてるんでしょ?」

「表向きはね」

「……何かがあるってこと?」

「今のところ、聖女は問題ないらしい。きな臭いのは勇者のほうだってさ」

「情報源はどこから?」

「村長の知り合いで、別のところに住んでるお偉いさん」

「ふーん。微妙に信じられそうな感じか」


 とりあえずロゼッタは信じてくれたようだと判断し、ウォルターは安堵する。流石に精霊王と直球で言うのはどうかと思い、ぼかして発言したが、少なくとも嘘は何も言っていないため、ひとまずセーフだと自己完結した。

 それが苦笑となって、ウォルターの表情に表れており、当然ながらロゼッタもそれを目撃する。


「やっぱり……ちょっとは思うところがありそうね?」


 まるで弟を気遣うように、優しい姉のような口調で問いかけてくる。それもまた、ロゼッタという女性の魅力的な部分の一つであり、村の中でも人気が高いのが、頷ける点でもあった。


「旅先で運よく会えたらなぁ、とか思ったりしてるんじゃない?」

「まぁ、多少はな」

「もしそのこと会えて話すことができたら、前の関係を取り戻せるかもね♪」


 明らかにからかいの口調で笑いかけてくるロゼッタ。年頃の男の子らしく、顔を赤くして反論してくることを狙っていたのだ。

 しかし――


「いや……それはあまり、期待しないほうがいいかなって思ってるよ」


 ウォルターは力なく、首を左右に振るばかりであった。

 予想に反した反応にロゼッタが戸惑う中、ウォルターは作業の手を休めることなく淡々と続ける。


「あれからもう八年も経ってるんだ。アイツも多分、昔のままじゃないだろうし」

「それは……確かにそうかもしれないけど……」

「まぁそれでも、どこかでちゃんと話すくらいのことはしたいけどな」


 幼なじみとして、毎日一緒にいた時間は本物だった。しかしそれは、八年前の時点で断ち切られてしまったのだ。

 確かに恨みこそないが、今更それを取り戻せるとは思っていない。

 ただ、今の自分を彼女に見せてやりたかった。

 そこにどんな結末が待っていようとも、幼なじみとしての『けじめ』はつけたい。それがウォルターの、ささやかな一つの願いなのだった。


「……そっか」


 ロゼッタもウォルターの気持ちを汲み取ったらしく、穏やかに頷いた。


「その機会が恵まれるといいね。私も陰ながら応援しているよ」

「あぁ、ありがとう」


 ウォルターも落ち着いた笑みを見せる。元々そんなに期待しておらず、どこかで偶然会えたら幸運だったと、その程度にしか思っていなかった。


 程なくして彼女と鉢合わせることを、全くもって知る由もないままに――



 ◇ ◇ ◇



 それから、あっという間に数日が過ぎた。

 アルファーディから言われた約束の日を迎え、ウォルターたち親子もまた、しっかりと旅支度を整えていた。


「あんたがアルファーディさんか。村長の昔馴染みなんだってな」


 見送りに来たガレットが、何気に初対面となる彼に対し、気さくに笑いかける。


「えぇ。色々と縁がありましてね」

「八年前に、ウォルターを助けたのもあんただって?」

「そうなります」

「ただのお偉いさんってわけじゃなさそうだな。まぁ、なんでもいいけどよ」


 ガレットやロゼッタには、アルファーディが精霊王であることは、未だ伏せられたままである。特に口止めされているわけではないが、わざわざ広めるようなことをしなくてもいいという結論に至ったのだった。

 アルファーディも、何者なのか尋ねられたら、普通に答えるつもりでいた。

 しかし今のところその様子もないため、正体を明かす素振りも見せていないというのが現状である。


「アニー、ノア。気を付けてね?」

「もちろん!」

「無理はしないって、おとーさんとも約束してるから」

「ウォルターも、子供たちに無茶なことさせるんじゃないわよ?」

「あぁ。分かってるよ」


 心配そうにしてくるロゼッタは、まるで母親のような印象であった。

 実際、双子たちを赤ん坊の時から見ているのも確かであるため、そのような意識を持っても不思議ではないだろう。


「じゃあ村長。ちょっと行ってきます」

「うむ。お前さんたち親子は、この村の大切な住人だ。必ず三人で帰ってきなさい」

「分かった。約束するよ」


 ウォルターと村長が、ガッチリと強く握手を交わす。続けて子供たちとも、優しい握手を以て、別れの挨拶としたのだった。


「では、そろそろ向かいましょう」


 アルファーディの掛け声に、ウォルターたち親子は頷く。同時に大きな魔法陣が、四人の足元に展開された。

 次の瞬間、四人の姿は忽然と消えてしまっていた。

 ガレットとロゼッタが驚く中、村長だけが冷静な態度を崩さない。


(ウォルター、アニー、ノア……気を付けて行くのだぞ)


 村長の目から光る何かが零れ落ちたが、未だ驚いたままの若夫婦は、それに気づくことはなかったのであった。


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