022 畑での会話
翌朝――ガレットとロゼッタの若夫婦が、ウォルターの畑にやってきた。
旅立つことを話さなければと考えていた矢先のことであり、まさか向こうから来てくれるとはと、ウォルターは驚きを隠せなかった。
「村長から話を聞いてな。いても立ってもいられなくて、こっちから来ちまったぜ」
水臭いぞと頭を小突いてくるガレット。恐らく昨晩のうちに、アルファーディから村長に話が通されていたのだろうと、ウォルターは思った。
そしてそれを何らかの機会により、この若夫婦は情報として得たのだ。
軽く驚かされたが、根回しの早さに関してはありがたい話である。そんな精霊王に対して、心の中で感謝しながら、ウォルターは若夫婦に向けて苦笑を浮かべた。
「ゴメンゴメン。急に決まったことだったんでね」
「まぁ、それは別にいいさ。ところで……今日はおチビたちはいねぇのか?」
「山に薬草を採りに行ってるよ。ついでに、いつも遊んでいる霊獣たちに、お別れの挨拶をしてくるってさ」
「なるほど。あのおチビたちも連れてくってわけだな?」
「まぁね」
「じゃあ俺たちは、この畑を変わりに見とけばいいってことくらいでいいのか」
腕を組みながらガレットは畑を見渡す。中々の広さだなと呟く彼に、ウォルターは目を見開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「なんだよ? 流石に、何日も放ったらかしとくわけには、いかねぇだろう?」
「それはそうだけど……いいのか? こっちとしてはありがたいが……」
つい昨晩も、似たようなことを誰かが言ってた気がする――ウォルターがそんなことを呑気に考えていると、ガレットがこれ見よがしに深いため息をついてきた。
「畑を見ておくくらい、ワケねぇっての」
「そうよ。ここは遠慮しないで、私たちに頼りなさいな」
ロゼッタも畑を見渡しており、その様子を細かく注目していた。
「見たところ、収穫できそうなものは粗方採っているのね。旅立ち前に畑を少しでも整理していたってところかしら?」
「まぁ、そんな感じ」
「だったら今日は、私も一緒に作業を手伝うわ」
その瞬間、一部の空気がピリッと張りつめたような気がした。しかしロゼッタは気づく様子もなく、気合いの込められた笑みを浮かべる。
「そうすれば畑の様子も確認できるし、この畑のルールも理解できるからね!」
「あぁ。そりゃありがた――」
「ちょっと待て!」
ガレットの大きな声が、ウォルターの言葉を遮ってきた。
「お前が今日、この畑を手伝うだと? 俺の聞き間違いじゃねぇよな?」
「聞き間違いなんかじゃないわよ」
「な、なんで……」
声を震わせるガレット。信じられないと言わんばかりだ。しかしロゼッタは、そんな夫に対して、心から呆れるようにため息をつく。
「なんでも何も、あんたは普段、狩りで村の外へ行っちゃうでしょ? だったら畑の面倒は、必然的に私が見ることになるじゃない」
「それは……」
「大体ねぇ。ウチの畑も普段からそうしていることでしょうが。今更何を慌てる必要があるっていうのよ?」
「ぐっ!」
ガレットが言葉を詰まらせる。確かにそのとおりではあるため、言い返したくても言い返せないのだった。
しかしながら、どうしても譲れない部分はある。
なんとか挽回しなければと、ガレットは必死に言葉を絞り出す。
「だ、だがそれは、あくまでウチの畑に限った話だ。ここは他所の畑だぞ? そんな勝手なことをして許されると……」
「あんた何言ってんのよ。その他所様の畑を助けるために、私たちが協力しようとしているんじゃない」
「ぬぅ……」
「それとも何? 面倒見るとか言っといて、何もするなってことかしら?」
「別にそこまでは言ってないだろうが!」
「じゃあ何が不満なのよ?」
「そ、それは……あぁもう! それくらい分かりやがれってんだよ!」
「はぁ?」
いきり立つガレットの言いたいことがよく分からず、ロゼッタは困り果てる。一方それを脇で聞いていたウォルターは、その意味をすぐに理解していた。
「――心配しなくていいよ、ガレット」
だからこそ長引かせようとも思わず、すぐさまウォルターは声を上げる。
「別に俺は、ガレットの嫁さんを奪う趣味なんてないからさ」
「は?」
「ロゼッタさんに変なことは絶対起こさないから、安心してくれって言ってんの」
「…………」
作物の様子を確認しながら、ウォルターはそう言ってのけた。その瞬間、ガレットも押し黙ってしまう。どうやら効果は抜群だったみたいだと、ウォルターは作業をしながら感じていた。
しかしその効果は、もう一人の人物にも的中してしまっていた。
「……ガレット? あんた、私のことをそんな尻軽みたいに見てたんだ?」
「いや、あの、その……」
地の底から這いあがるような妻の声に、ガレットは背筋を震わせる。しかし時すでに遅しであることは明白。顔もしっかり青褪めさせていたが、もはやロゼッタを止めることは不可能であった。
「とりあえずあんたは狩りに行きなさい。今日の夜、じっくりとことん納得のいくまで話し合いましょう。異論は認めないからそのつもりでね?」
「えっと……」
「返事は!」
「あい」
ガレットは情けない声とともに項垂れ、回れ右をして歩き出す。一応振り返らずにそのまま歩いているため、ロゼッタもそれ以上の追い打ちをかけるようなことを言うつもりはなかった。
やがて夫の姿が見えなくなったところで、ロゼッタは深いため息をつく。
「全くもう、ガレットってば変なところで独占欲が強いんだから!」
「いいことじゃないか。それだけアイツは、あんたのことが大切ってわけだろ?」
「それはまぁ……そうかもだけどね」
ロゼッタも顔を赤くする。なんやかんやで嬉しく思うその姿は、仲のいい夫婦であることが見て取れる。
特にウォルターからしてみれば、それはとても羨ましいことであった。
「あんたらは生まれた時からずっと一緒だったんだろ? それでちゃんとここまでこれたってのは、とても凄いことだと思うけどな」
「大したことじゃないわ。こんなちっぽけな村で暮らしてれば、むしろ自然よ」
呆れたようにロゼッタが笑い飛ばす。
しかし――
「それはどうだろうな?」
ウォルターからしてみれば、決して自然とは言えないことなのだった。
「当たり前なことが、いつまでも当たり前とは限らないからな」
「……あんたが故郷を追放されたことかしら?」
「半分正解」
むしろ大当たりではあるのだが、今のやり取りに関してだけで言えば、まだ完全な答えとは言えない。
「俺にも、同い年で幼なじみの女の子がいたって、話したことあったっけ?」
「……いいえ、知らないわ」
「そっか。じゃあついでに話しとくよ」
なんてことなさげな――それでいてどこか重々しさを込めた口調のウォルターに、ロゼッタは思わず手を止め、注目するのだった。
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