021 ミッションスタート!



 ウォルターの発言に、周りは目を見開いた。アルファーディの驚く顔も、案外これが初めてではないかという呑気な考えに至りながらも、ウォルターはすました笑みを浮かべ、改めて子供たちを見る。


「どうだ? 一緒に行ってくれるか?」

「いく!」

「ん。ぼくも手伝う」


 驚いていた双子たちも、すぐさま笑顔を取り戻し、やる気を見せる。一方、未だに目を見開いていたアルファーディは、ここでようやく再起動した。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 手を伸ばしながら声を上げる。そんな精霊王の姿も珍しいと、ウォルターが心の中で珍しく思ったのは、ここだけの話であった。


「なんだよ? むしろあんたにとっては好都合だろう? その役目を頼むために、あんたは今日ここに来たんだろうしさ」

「確かにそのとおりですし、こちらとしてはありがたい限りですが……」

「だったら、話が早くて助かるってもんだろ」


 肩をすくめつつ、ウォルターは二ッと笑う。口調も落ち着いており、慌てている様子も声が躍っている様子もない。至って冷静な様子であった。少なくとも、ちゃんと考えた上での発言であるということが、アルファーディにも分かる。


「なんてゆーか、まぁ……アレだ」


 ウォルターは恥ずかしそうに頬を掻いた。


「追放されたとはいえ、なんやかんやで故郷を放っておきたくないんだよな。それに俺が何も言わなかったとしても、多分この子たちのほうから、イフリートを助けに行きたいって言い出してたと思うんだよ」


 そんな父の言葉に、双子たちは揃って表情を輝かせる。


「さっすがパパ! あたしたちのこと、よく分かってるよね!」

「ん。ぼくたちが力を合わせれば、助けられるかもしれないんでしょ? だったらもう考えるまでもない話だよ」

「そうそう♪ 苦しんでいる精霊さんを、放っておくなんてできないし!」

「だからいっぱいがんばらないと」

「だよね!」


 賑やかに叫ぶアニーと、大人しくもハッキリというノア。普段から正反対にこそ見られがちだが、そこに潜む強い意志は、双子らしくよく似ているものであった。

 そんな二人を見て、ウォルターは改めて思う。

 やはり子供が持つエネルギーというのは、とても凄まじいものだと。


「俺も個人的に言わせてもらうと……これは、結構いい機会だと思うんだよな」


 そしてウォルターも改めて、アルファーディに向き直る。


「この子たちに外の世界を見せてやれる。俺もなんだかんだで、他の世界を見たことがないからな。色々といい経験になると思う。イフリートを助けたら、その足で他の精霊たちも助けに行くよ」

「……そうですか」


 負けを認めるかのように、アルファーディはスッと目を閉じる。もはや自分から、何も言うことはありませんと言わんばかりであり、ウォルターもそれ以上の説得めいたことは必要なさそうだと思い、穏やかな笑みを浮かべるのだった。


「うーん、楽しくなってきたー!」


 甲高い声とともに、アニーが思いっきり、両手を天井に向けて突き上げる。


「なんか旅行するって感じがしてくるよね♪」

「違うよアニー。ぼくたちの目的は、精霊さんたちを助けることだよ?」

「そんなの分かってるもん。ノアってば頭かたーい!」

「アニーがお気楽すぎるだけじゃない?」

「むーっ!」


 わたわたと忙しそうに動いたり騒いだりするアニーに、物静かに的確な発言をしてくるノア。双子ながら正反対。しかしそのバランスはいいものだと、見ていてなんとなく思わせてくれる。


「――ウォルター君」


 そんなことを父親として考えていたウォルターに、アルファーディが改めて姿勢を正して話しかけた。


「自ら表明してくださったことをありがたく思います。精霊王として、あなた方親子に感謝し、惜しみなく支援することを、ここに約束いたします」


 深々と頭を下げる。本来、彼は精霊界の王。一般庶民であるウォルターに、軽々しく行う行為とは言えない。

 そんなアルファーディ自身の、心からの『誠意』に対し――


「はは、そりゃどーも」


 ウォルターはなんてことないと言わんばかりに、苦笑するのだった。



 ◇ ◇ ◇



 夕食を切り上げ、アニーとノアは、旅支度を整えに向かう。

 野営自体は、二人も何回か経験したことがある。教育の一環として、ウォルターが同伴する形で近くの山に入り、食料や寝床を現地調達する形で、一泊二日のキャンプを行うことがあった。

 食べるために獣を狩る厳しさも、実を言うと経験済みだったりする。

 双子たちが遊びに行く際、気軽に山へ入れるのは、こういった経緯があるからとも言えるのだった。


「ウォルター君、ちょっといいでしょうか?」


 食器を洗い終えたところで、アルファーディが声をかけてくる。


「これは、ここだけの話なのですが……王都にいる聖女も、勇者パーティの一員として同行するそうです」

「――マーガレットが?」


 聞き逃せない情報に、ウォルターは目を見開く。その反応は想定していたらしく、アルファーディも動じることなく頷いた。


「えぇ。つまりあなた方親子の旅先で、その幼なじみさんに遭遇する可能性が、極めて高いと言えるでしょう」

「そうか……」


 俯きながら視線を逸らすウォルター。そんな彼にアルファーディは、穏やかな笑みを向けてきた。


「残念ながら、それ以上のことは分かりかねますが」

「いや、十分過ぎるくらいだよ」

「そうですか」


 アルファーディは穏やかな笑みを浮かべ、踵を返す。


「本日はこれでお暇します。三日後の朝にまた来ますので、それまでに旅の準備を」

「分かった。色々ありがとう」

「こちらこそ。あぁ、見送りは結構ですので。それではまた、後日に」


 音もなく扉を開けたアルファーディは、真っ暗な外に出ていった。そして扉を閉めたその直後、彼の気配は忽然と消えてしまった。

 相変わらずの神出鬼没さに苦笑しつつ、ウォルターは思う。


(マーガレット、か……)


 八年も経てば普通に忘れるかと思っていた。しかしその名前を聞くたびに、やはり心がざわついてしまう。

 良くも悪くも変わらないものもある――そんな気がしたウォルターであった。


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