020 故郷のピンチ
「普通にヤバいじゃないか、それ……」
ウォルター頬杖をつき、大きなため息をつく。世界の調和を保つ存在の一つが、既に敵の手の中にあるということだ。たった一つでも崩れればどうなるか――その危険性くらいは、話を聞いただけでも容易に想像できる。
「――ねぇノア? 確か絵本のお話だと、四大精霊さんの四つの力が崩れたら、世界が壊れるって感じだったよね?」
「うん。イフリートがもう捕まっているわけだから……」
アニーの問いかけに、ノアが少し考える。
「このまま放っておいたら、世界がバラバラになっちゃうかも!」
「そうだな。ヤツらからしてみりゃ、脅しの材料程度にしか見てないんだろうけど」
息子の言葉に同意しつつ、ウォルターはため息をつく。
「あの勇者の歪んだ笑顔が目に浮かんでくるよ。裏にいるヤツらも、勇者っていう存在に慢心してるとすれば、尚のこと不思議じゃない」
仮に世界が崩壊しても、光を司る勇者さえいればなんとかなる。勇者の光で世界の崩壊を防ぐことだってできるかもしれない――そんな考えで埋め尽くされている光景を思い浮かべてしまい、ウォルターは身震いする。
少し考えれば、そんなのあり得ないと分かりそうなものだ。
しかし無理なのだろうとも思った。
水面下でどう動こうが、表は完全に平和な世界が、何年も続いたのだ。世界の危機とそれを救う存在に、大きな美化が生じるのも無理はないだろう。
「幸い王都はまだ、本格的に動き出そうとしている一歩手前といった状態です。この隙になんとかしなければなりません」
「って言ってもなぁ……」
アルファーディの言うことも分からなくはない。しかしウォルターは、それでも思うことは色々とあった。
「魔物や霊獣の異変は、もうあちこちで起きてる状態なんだろ? 今からそれら全部を助けるのは……」
「えぇ。残念ながら不可能でしょう。しかし四大精霊だけは、なんとしてでも助けなければいけません」
アルファーディは重々しい表情のまま、グラスに残るワインを見つめる。
「私の得た情報によると、既にイフリートは魔力で精神を汚され、勇者たちの操り人形となってしまっている状態です。勇者たちはイフリートを使いこなすべく、適当な村を襲撃し、それを練習台にしようとしているようですね」
「……ちょっと待ってくれ」
流石に聞き捨てならないことがあったため、ウォルターは重々しく手を挙げる。
「使いこなすための練習ってのは、百歩譲って理解できるが……村の襲撃ってのは、流石に勇者としてあるまじき行動じゃないのか?」
「お気持ちは分かります。しかしよく考えてみてください。当代の勇者が、どのような人物なのか」
「あぁ……」
それだけ言われれば十分だった。自分たちの利益のためだけに、十歳の子供を難癖付けて村から追放した――そんな人物が、人々のことを考えて行動するとは、到底思えない。
「確かになぁ。そんな考えがあるんだったら、そもそもイフリートを捕まえて、無理やり従えるなんてことはしないか」
「かわいそうだね……」
「うん。イフリートもきっと、今頃すっごい苦しんでると思う」
アニーに続いてノアも、泣きそうな表情を浮かべていた。それだけ精霊のことを大切に思う、まっすぐな心を持っている証でもあり、その気持ちは是非とも、末永く胸に抱き続けてほしいものだと、アルファーディは思う。
双子たちを巻き込んでしまう申し訳なさを、その胸に抱きながら。
しかし彼は精霊王。世界の調和と精霊たちを助けるために、利用できるものは何でも利用する――その考えを崩すわけにもいかなかった。
たとえ応援している幼い双子たちであろうと、それとこれとは話が別なのだ。
「そして現在、勇者が練習台として、ターゲットにしている村ですが――」
アルファーディは改めて、表情を引き締めながら、ウォルターを見据える。
「とある山奥の村――ウォルター君の故郷だった場所です」
◇ ◇ ◇
八年前――突如として故郷を追われた。
表向きは理解していた。親代わりだった長老に、これ以上の余計な迷惑をかけたくなかったというのも確かにあった。
しかしそれは、あくまで強がりに等しいものでしかなかった。
本当は助けてほしかった。
いくら権力に脅されていたとはいえ、自分は幼い頃から一緒に過ごしてきた。家族のように接してくれたことも多く、何かあれば手を貸してくれたりと、協力を惜しまない姿勢を見せてくれた。
しかし、本当に一番必要としていた時には、何もしてくれなかった。
(最初は薄情だと恨んだこともあったが……致し方なかった部分も大きいよな)
それも今、思い返してみればの結果に過ぎない。しかしながら、八年という時間の長さを表しているようにも感じる。
幼い子供は大きくなった。赤ん坊は元気に走り回れるほど成長した。
見解が変わるには、十分過ぎる時間とも言えた。
(人のことよりも、明日の生活と我が身が大事――今となっちゃ分からなくもない)
ウォルターは無言のまま視線を向ける。大好きな父の視線に気づいた双子たちは、揃ってコテンと首を傾げる。
そんな二人の姿はとても可愛らしく、そして愛おしくて仕方がない。
八年間、赤ん坊からずっと育ててきたからこそ、よりそう思えてならない。
(……じいちゃん、俺に謝ってきてたっけか)
物心ついた時には二人で当たり前のように暮らしていた。厳しくも優しく、そして笑顔を見せてくれた。
意地っ張りな部分も多かったが、それも一つの『良さ』として見ていた。
全てにおいて大好きな、かけがえのない家族だったのだ。
もう、故郷に対する未練はないに等しい。故に助ける理由もないが、見捨てる理由にも繋がらない。
ついでに言えば――
(目を背ける理由にもならない……よな)
これも言ってしまえば、自己満足の域を出ないだろう。わざわざそこまで細かく思わなくても――そう呆れられたところで、何も言い返すことはできない。
「アニー、ノア」
しかしウォルターは、それでも立ち上がる気でいた。
「俺たち三人で、悪い勇者に捕まっているイフリートを助けに行かないか?」
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