019 四大精霊
「悪い魔力か……なんとも穏やかじゃないな」
ウォルターは腕を組み、ため息をつく。
「昼間に、アニーたちが助けたっていう霊獣も、それと関係しているのか?」
「恐らくそうかと。ここ数ヶ月の間に、同じような形で異変が生じる霊獣や魔物が、急激に増えているのです」
アルファーディの言葉に軽く驚きつつ、ウォルターは彼の空いたグラスに、新しいワインを注ぐ。
「この辺りはいつもみたいに、静かなもんだけどなぁ……」
「他と比べて、自然界の魔力に恵まれているというのが大きいでしょう。多少なりの変化は避けられなかったようですが」
それが昼間の一件を指し示していることは、言うまでもなかった。流石の双子たちも察しており、揃って顔をしかめる。
「あの霊獣さんみたいなのが、いろんなところで……」
「とても苦しそうだった」
「うん……見てるだけで辛かったよね」
双子たちの言葉に、ウォルターも視線を向ける。目の当たりにしたその光景は、幼い子供にとってはショッキングなことだったのだろうと、彼は思う。
ここ八年を思い返しても、魔物の異変らしき出来事が発生したことはなかった。
それが突然訪れて、偶然に助けられたとはいえなんとかなったというのは、ある種の奇跡とも言えるだろう。
もっともアルファーディが現れている以上、果たしてその奇跡も、言葉どおりと受け取っていいのかどうかは微妙だと、ウォルターは考える。こうして話を持ち掛けているのだから、尚更であった。
「――話を戻しましょう。その悪い魔力の裏には、人間界の王族貴族がいます」
ワインを一口飲み、アルファーディが仕切り直してくる。
「悪い魔力による魔物たちの異変は、世間的には『謎の狂暴化』と見なされており、それ自体は決して間違っているとは言えません」
「裏がいるってんなら、その狂暴化も人為的ってことになるんじゃないか?」
「そうなりますね」
アルファーディがウォルターの質問に頷く。ここでアニーが、首を傾げながら父親の服の裾を引っ張った。
「ねぇ、パパ――『じんいてき』ってなに?」
「人の手によってワザと起こした、ということだよ。アニーたちが助けた霊獣も、その悪い誰かさんの仕業で、苦しむ羽目になっちまったってわけだ」
「何それ……ひどい」
わなわなと震えながらも、アニーは何かをこらえるように拳を握る。ノアが宥めようとアニーの背中に手を添えるも、表情の歪みは取れない。
それは決してアニーだけではなかった。
「その人たち、もしかして霊獣や魔物を、無理やり捕まえてるんじゃないかな?」
「え、どーゆーこと?」
「だっておかしいよ! 悪い魔力があるんなら、フツー逃げるはずだもん!」
首を傾げるアニーに対し、ノアは声を荒げる。こんな双子の弟は、滅多に見たことがないからだろう。その姿にアニーは、驚きを隠せなかった。
それはウォルターも同じくではあったが、それよりも気になることがある。
「確かにな。ノアの言うとおり、ソイツらが仕掛けてる可能性はある」
「えぇ。そしてそれに、他の霊獣や魔物たちが巻き込まれているというのが、濃厚だと言えるでしょう」
アルファーディも神妙な表情で頷いた。
「悪い魔力は、周りに伝染することも確認されています。最初は気づかないくらいに弱いものだったとしても、それが他の魔物や霊獣に乗り移り、時間をかけて増幅していった結果、各地における狂暴化に繋がった」
「質の悪い風邪をうつされたみたいだな……例えとしては微妙かもしれんが」
「適切な措置を施せば治る、という意味では間違ってませんよ。問題は、その措置を施す手段が、現状殆どないという点になります」
「……それこそが厄介極まりないって」
ため息をつきながら、ウォルターは双子たちを――特にアニーのほうを見る。その話に基づけば、数少ない手段の一つが、目の前の小さな愛しき存在にかかっているといっても過言ではないからだ。
流石に当の本人は、まだよく理解しきれず、首を傾げるばかりだったが。
「もっとも、これらの狂暴化問題は、大きな一つの前座に過ぎません」
人差し指を立てながら、アルファーディが切り出してきた。そしてしばらくぶりとも言える穏やかな笑みを双子たちに向ける。
「アニーちゃん、ノア君。キミたちは『四大精霊』というのを知っていますか?」
「うん、知ってるー!」
「絵本とかでたくさん読んだよ。おとーさんや村長さんからもらったの」
「ではその名前を、ここで言ってみてください」
「えっとねー」
アニーが人差し指を唇に当て、天井を見上げながら思い出す。
「イフリートとジン、それからフェンリルと……ベヒモス!」
「炎と風、氷と確か……土の精霊! この精霊たちが世界を守ってるんだよね?」
双子の姉に続いてノアも答えを示す。それを聞いたアルファーディは、笑顔で拍手を送る。
「お見事です。実に完璧ですよ」
「わーい♪」
アニーが万歳しながら、素直に喜ぶ。それはそれで微笑ましい光景なのだが、残念ながら今はそうも言っていられない。
「じゃあそいつらは、その四大精霊を狙ってるってことか?」
「そのとおりです」
ウォルターの問いかけに、アルファーディは再び神妙な表情を見せる。
「四大精霊を悪い魔力で支配し、それを以て世界を掌握しようとしています。そしてその計画の筆頭となっている人物こそが――勇者ニコラスなのです」
「なるほどな……ヤツが八年前のままだとしたら、十分にあり得る話だ」
「パパを村から追い出した人だよね?」
「酷いよ。ぼくも許せない!」
「だよね!」
アニーとノアも、ウォルターが故郷を追い出された話は知っている。大好きな父親を陥れた人物というだけで、憤慨する理由としては十分なのだ。
そんな二人の気持ちに嬉しくなりつつも、ウォルターは更なる疑問を出す。
「でも、四大精霊ってのは、そう簡単に支配できるもんなのか? 絵本の話でも、普通に強い存在として描かれてたけど……」
「普通は無理ですね。いくら選ばれし勇者と言えど、そう簡単に倒して従えられるような存在とは、到底言えません」
ならば心配はいらない――とは言えないことは明らかだった。もしそうであれば、アルファーディもこんな話はしてこないはずだからだ。
そう考えたウォルターの頭の中に、ある一つの推測が浮かぶ。
「普通は無理ってことは、普通じゃない何かしらの方法を使えば可能ってことか」
「そのとおりです。かの者たちは密かに、特殊な魔法具を開発していました。いくら四大精霊と言えど、それを使えば操るくらいのことはできるでしょう」
「弱らせることさえできれば、ってか……そりゃ確かにハードルも下がるわ」
魔法具次第では、隙を作るだけで事足りる可能性も十分にあり得る。いずれにしても四大精霊を捕らえる策は、既に完成している状態なのは間違いないだろう。
「そして厄介なことに、既にその結果は発揮されている状態です」
「え、まさか、それって……」
「はい」
軽く目を見開くウォルターに、アルファーディが重々しく頷いた。
「炎の精霊イフリートが、勇者ニコラスの手に堕ちた――そう確認されています」
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