018 動き出そうとしている王都
「さて、そろそろ話の続きをしようと思います。この世界で起きようとしている大きな出来事についてですね」
「あ、そういえば、それもあったっけ」
双子たちを抱き締めながら、ウォルターははたと気づく。アルファーディは、やや困ったように苦笑した。
「むしろここからが本番ですので。もう少しお付き合いください」
「分かった。二人とも、メシの続きしてていいぞ。話は俺のほうで……」
「いえ。食べながらで構いませんので、この子たちにも聞いてほしいところです」
アルファーディの言葉に、ウォルターは軽く目を見開いた。
「どういうことだ? もうこの子たちの力については……って、そういえば!」
「えぇ。これから話す内容に、関係してくるのです」
確かにさっきもそんなことを言っていたのを思い出した。故にウォルターの表情は怪訝なそれとなり、アルファーディを睨みつける。
「……巻き込むつもりか?」
「精霊王として、心苦しいとは思っています」
アルファーディは形だけの謝罪を以て、ウォルターの睨みを軽く躱してしまう。
しばし無言の時が流れる中――
「ったく……そう言えばいいってもんじゃないだろうが……」
先に白旗を上げたのはウォルターだった。軽い舌打ちと文句は、許容範囲だと認識しているため、アルファーディも苦笑するしかない。
「で? 何が起ころうとしてるんだ? まさか戦争とかじゃないだろうな?」
「あながち、的外れとは言えないかもしれません」
「……は?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまうウォルター。特に他意も何もない、単なる冗談のつもりに過ぎなかった。それがまさかの『外れ』ではなかった――その瞬間、彼の中で様々な感情が沸き上がる。
「あんたもしかして……俺たちに血を流せって言うつもりか?」
「少し落ち着いてください。私は何も、あなた方に人殺しをさせる気はありません。ただ、その事柄に、あなた方が無関係ではないということを言いたいのです」
「……全部教えてくれるんだろうな?」
「少なくとも私が話せる範囲は、お話しいたしましょう」
睨みつけるウォルターに対してのアルファーディは、どこまでも冷静に――それでいて神妙な態度を崩さない。
緊迫していながらも、それ以上の危険な空気にはなり得ないという、なんとも表現しがたい感じが、子供たちをも惑わせる。
「――はぁ」
やがて、ある種の根負けをしたらしいウォルターが、深いため息をつく。その姿にアルファーディも、少しだけ穏やかな笑みを取り戻したのだった。
「ではまず、結論から申し上げましょう」
そしてアルファーディは、改めて表情を引き締めて語り出した。
「人間界の王都が動き出しました。勇者と聖女を使い、世界を掌握するためです」
目を見開いた。あまりにも突然過ぎて思考が追い付かない。しかしそれでも、反応するには十分なキーワードも確かにあった。
「勇者と……聖女?」
「えぇ。名前はニコラス、そして――マーガレット」
その名前だけ、わざわざ間を置いたのも、かなりわざとらしかった。否――あえてそうしたと言ったほうが正しいだろう。
何故ならその名前は、ウォルターにとって深い関係がある人物なのだから。
「マジか……よりにもよってアイツが……」
ウォルターは頭を抱えた。実に八年ぶりとなる幼なじみの名前を、このような形で聞きたくはなかった。
無論それは、アルファーディも承知していることであった。
「ウォルター君にとっては、不本意なことかもしれませんがね」
「まぁな。少なくとも、聖女になってはいるんだろうなぁ……とは思ってたけど」
「その評判はいいみたいですよ? この八年間、教会のトップである法皇の下で、かなり精進したようです」
「そっか。アイツも頑張ったんだな。まぁ、それはいいんだけどさ……」
幼なじみの少女が、成果を出している話は普通に嬉しい。だが今は、それどころではないのが残念極まりないと、ウォルターは思う。
「ニコラスって、確か勇者だったよな? 俺の記憶だと、かなり傲慢な俺様気質って感じだったんだけど」
「えぇ。そのニコラスなる勇者君が、率先して動く姿勢を見せているとか」
「やっぱり……」
そもそも故郷を追放されたのも、ニコラスの鶴の一声だった。スキルなしという、ただそれだけを理由に。
(今となっては、それも建前みたいなものだった気はするんだけどな)
聖女スキルを得たマーガレットを、なんとしてでも自分の元へ取り込みたかった。それこそがニコラスの真の狙いであったことは、なんとなく想像はついている。
八年という時間はあっという間ながら、決して短くもない。
子育てをしながらも、色々と考えるくらいのことはできたし、村人たちとの会話のネタにもしていたくらいだ。そこから自然と意見交換みたいな展開になり、それなりの分析と考察も、導き出されていた。
「世界を掌握っていうのも、ニコラスが提案した可能性は高そうだな。流石に聖女のほうは、巻き込まれたような形だと思いたいけど……」
「今のところはそうみたいですね。もっとも、私が見る限りではの話ですが」
「……まぁ、十分だ」
これでも追放されるまで、十年という時間を故郷で過ごしてきた。マーガレットと過ごした時間の長さも、決して伊達ではない。彼女がどのような人物かは、一応よく知っているつもりではいたのだ。
それでも、不安はあった。
どんなに心優しい人物であったとしても、時間とともに変貌してしまうケースは、決して珍しくない。マーガレットもその一人になるのではと思っていた。
(アルファーディの言っていることが正しければ安心だが、それを鵜呑みにするのもどうかとは思うしなぁ)
そのいい情報が間違いという可能性もあり得る以上、断定はできない。結局、何も分かることがないというのが現状だ。
それはそれとして、ウォルターはもう一つ、気になることがあった。
「ところで、そのニコラスたちの野望めいた考えと、俺たちに一体、何の関係が?」
「えぇ。そこが問題なんですよ」
むしろここからが、本当の本番なのだと、アルファーディは深く頷いた。
「先ほど、悪い魔力に侵された霊獣の話をしましたよね? その悪い魔力こそが、人間界の王都におけるキーカードなのです」
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