017 双子たちの秘密



「アニーとノアが持つ『力』……だって?」

「はい」


 訝しげに尋ねるウォルターに、アルファーディは頷いた。


「まずはそこから詳しく説明したいと思います。今日のことも含めて、少し話を聞いてください」


 それからウォルターは、双子たちが体験した出来事について聞いた。

 山を散策中、悪い魔力に侵されていた霊獣と遭遇し、助けたいというまっすぐな気持ちを込めて願い続けた結果、眠っていた特殊能力が覚醒。二人のコンビネーションにより、その霊獣を助けることができたと。

 アルファーディは、その様子を離れた場所から一部始終見ており、成長した双子たちの様子を観察していたことも、本人の口から明かされた。


「なるほどな――」


 話を聞いたウォルターは、頷きながら双子たちに笑いかける。


「二人とも。今日はよく頑張ったな。偉いぞ」

「――怒らないの?」

「怒る理由はどこにもないさ」


 恐る恐る訪ねてくるアニーの頭を、ウォルターは優しく撫でた。


「お前たちが純粋に助けたいと思ったからこそだろ? 立派なことじゃないか」

「でも、野生の霊獣だし、無暗に助けるのも良くなかったかなって……」

「それが分かっていれば十分だ。次から気を付ければいい。今回は運良く助けられたことを喜んでおこう」

「――うんっ!」

「ノアも、分かったな?」

「はいっ!」


 アニーに続いて、ノアの頭もしっかりと撫でるウォルター。父親として、ちゃんと双子を平等にしようとしている心の表れであった。

 そんな姿を、アルファーディは微笑ましそうに見守っていた。


(やはり、彼に任せたのは大正解だったかもしれませんね)


 当時十歳の子供に任せたのは、アルファーディからしても一種の賭けだった。いくら村長たち他の大人がフォローするからと言っても、流石に無茶が過ぎることぐらいは自覚していた。

 それでも、ウォルターはここまでやり遂げた。

 まだゴールしたわけでも何でもないが、成果としては上々であると、精霊王として心の中で賞賛していた。


「あ、それでなんだけど――」


 ここでウォルターが、思い出したようにアルファーディのほうを向く。


「アニーとノアの『力』について、詳しく整理してもいいか?」

「はい。子供たちに改めて把握してもらう必要は、あると思いますからね」


 アルファーディが視線を向けると、アニーとノアも揃って、知りたいという気持ちを眼差しに込めていた。

 これは純粋に、子供の好奇心によるものだ。特権と言ってもいいだろう。

 知らないことに興味を抱き、どんどん吸収していく。そんな子供の可能性は、たとえ精霊王でも見過ごすことはできない。


「簡単に言えば、ノアは『魔力の流れを読み取る』力で、アニーは『浄化』の力、という感じか?」

「えぇ。大まかな点は、それで合っています」


 ウォルターの要約に対し、アルファーディは笑顔を浮かべる。


「ノア君の場合、今はまだ読み取ることしかできないと思いますが、鍛えればそれ以上のことができると思いますよ。例えば……魔力を操るとか」

「あやつる?」


 ノアが首を傾げた。


「魔力って、あやつれるものなの?」

「えぇ。むしろそうすることで、悪い魔力を助けられることもあるんです」

「そうなんだ……」


 ノアが顎に手を当てて何かを考えている。そんな中、アニーが立ち上がり、身を乗り出すようにしてきた。


「ねぇねぇ、あたしは?」

「アニーちゃんも、鍛えればもっと凄い浄化ができるはずですよ」

「霊獣さんをたくさん元気にできたりする?」

「えぇ。生き物だけでなく、汚れた土地そのものを、綺麗に再生できてしまう可能性もありますね」

「すごーい! あたしもそれできるようにがんばるー♪」


 目をキラキラと輝かせるアニー。純粋にワクワクしているのは明らかであり、その勢いのまま、双子の弟に眩しい笑顔を向ける。


「ノア、一緒にガンバローね! ノアの力と組み合わせればサイキョーだよ♪」

「うん! がんばる!」


 ノアもノアで、気持ちが掻き立てられていたのだろう。アニーの笑顔に、迷うことなく力強い頷きを返していた。

 そんな双子たちの様子を見ながら、ウォルターはぼんやりと考える。


「確かに二人の力は、組み合わせることで効果を発揮するもんだよなぁ」

「まさに双子らしいと言えますね」


 いつものように穏やかな笑みを浮かべるアルファーディ。しかしその表情は、ここに来て物憂げな様子をにじませる。


「あの子たちを産んだ人がこの姿を見たら、どう思うでしょうかね……」


 はしゃぐ双子たちには聞こえない小さな声。しかしウォルターの耳には、ハッキリと聞こえていた。


「――いるのか?」

「えぇ」


 頷くアルファーディに、ウォルターは素直に驚いていた。


「俺はてっきり、もうそーゆーのが誰もいなくて、厄介払いされたもんだと……」

「ある意味、正しいと言えます」

「というと?」

「家柄の事情に振り回された結果――とでも、申し上げておきましょうか」

「あー……」


 もうそれだけで、ウォルターもなんとなく想像できた。

 故郷やこの村においては、殆どそのような問題は皆無であるが、貴族や王族のいる王都、もしくはそれに準ずる大きな町になれば、その手の問題も当たり前のように発生することは、自然と学ぶものだった。

 ましてやウォルターの場合、明らかに『訳あり』らしき双子を育てていた。

 それ故、大人たちからその手の話を聞くことも多く、その上で二人を育てる覚悟を蓄えていった――とも言える。

 もっともこの八年、双子たちの出自について判明する気配すらなく、真実を知ることはもうないのではとすら思っていた。

 まさかこんなところで、その話を聞くことになるとは、想像もしていなかった。


「まぁでも……納得できなくはないかもな。生まれてすぐに精霊界から放り出されるなんて、どう考えても普通じゃないし」

「当時のあなたは、深く聞くようなことはしてきませんでしたね?」

「俺は俺で、それどころじゃなかったもんでな」


 そもそも当時のウォルターは、まだ十歳の子供だった。しかも理不尽に故郷を追われたばかりであり、赤子の事情を気にするなど、到底できるはずもない。


「……ま、それが功を奏した感じは、ちょっとだけしてるけど」

「十分に奏してますよ。その結果が『これ』ですから」

「ん?」


 アルファーディに促されて視線を向けると、双子たちがいつの間にか会話を止め、凝視してきており、ウォルターは軽く驚いてしまう。

 それに構うことなく、先にアニーが口を開いてきた。


「あたしたちに、ホントのパパとママがいるの?」

「まぁ……なんかそうらしいけど……」


 戸惑いながらウォルターが答えると、アニーはノアに視線を向ける。


「ノアは会いたい?」

「別に」

「そっか。ちなみにあたしも同じだよ♪」

「ん。だよね」


 双子たちは頷き合う。無理をしている様子は欠片もなく、心の底からそう思っていることは、なんとなく分かる気がした。

 故にウォルターは、純粋なる疑問を抱いてしまう。


「本当の親に、興味とかないのか?」

「ない。パパがいるもん!」

「ん。ぼくたちの親は、おとーさんだけでいいよ」

「あたしたちを捨てた人なんて、どーだっていいもんね!」

「そゆこと」


 アニーとノアは立ち上がり、ウォルターの元へ駆け寄ってくる。そして左右から同時に抱き着いてきた。

 これが自分たちの答えだと――そう言わんばかりに。


「――そうか」


 ウォルターも優しく、二人を抱えるようにして抱き締める。この八年間は、間違いなく本物であったことが証明された。

 それが素直に嬉しく思い、目頭が熱くなってくる。


(俺は父親なんだ。この子たちのためなら……なんだってしてやる!)


 左右から感じる温もりを味わうウォルターは、改めてそう決意するのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る