016 豪華な夕食は精霊王を添えて



「全く……来るなら来るって、連絡の一つくらいしてくれないもんかなぁ?」


 豪快に切り分けた猪肉のステーキを、ジュワアッと香ばしい音を立てさせながら、ウォルターは不満をぶつける。


「もてなしの準備をするこっちの身にもなってほしいもんだよ」

「ハハッ、それはどうもすみませんでしたねぇ」


 精霊王という、大きいを通り越したトップの立場に立つ者相手に、臆することなく対等の知り合いとして接してくるウォルターに対し、アルファーディも全く気にする様子を見せていない。

 もっとも、あくまで表面上の話であり、内面までは知りようもなかったが。


「しかしながら、ちょうどタイミング良く、いい食材が手に入ったご様子。私も何かと運が良かったみたいですね♪」

「……あんたなら、それを狙って来ることもできるんじゃないか?」

「さぁ、どうでしょう」

「ったく……どこまでも掴みどころがないのは、相変わらずって感じだな」

「それはお褒めの言葉として、受け取らせていただきますね」

「お好きにどーぞ」


 どこまでも平行線を辿る会話が繰り広げられる中、焼き上がった巨大ステーキが、切り分けられた状態で盛り付けられる。付け合わせの焼き野菜も添えられ、彩られた巨大な皿を、ウォルターは持ち上げてきた。


「さぁ、できたぞー」


 テーブルの中央に置かれたそれは、まさに圧巻の一言であった。

 いつも穏やかな笑みを崩さないアルファーディですら、この時ばかりは素直に目を見開いており、心から感心している様子であった。


「これはまた見事ですね。お野菜も含め、素材の良さが活かされているようです」

「感想は食ってからにしてくれ。遠慮しなくていいぞ」


 取り皿をそれぞれの前に置いていくウォルター。ここでようやく、彼の視線は同席している双子たちに向けられた。

 それまで浮かべていた不満そうな表情からは一転、いつもの優しい笑みを見せる。


「アニーとノアもな。今日はお客さんいるけど、気にしなくていいから」

「はい。私のことは置き物だと思っていただければ幸いです」

「「……いや、それ無理」」


 父に続いて客人の放った言葉に、アニーとノアは思わず声を揃えてしまう。

 あまりにも色々とありすぎたが故に、ここまで何をどう発言していいか分からず、成り行きを見守ることしかできないでいたのだった。

 他所からの客人に緊張していると言われれば、それはそれで間違っていない。しかしそれ以上に、精霊王と称するアルファーディという人物が、自分たちにとって途轍もない存在なのではないかと、そう思えてならなかった。

 果たしてそれは同じ精霊故なのか、それとも他に何かあるのか――二人には到底、分かるはずもなかった。


「まぁ、とにかくまずは、冷めないうちに食べようぜ」


 ウォルターもエプロンを外して席に付き、姿勢を整え手を合わせる。


「では改めて――いただきまーす!」

「「……いただきます」」

「いただきます」


 双子たちは戸惑いながら、そしてアルファーディはいつもの穏やかな笑みで、それぞれ手を合わせる。

 そして、香ばしい香りを放つ肉を、それぞれフォークで刺して口に運ぶ。


「――んん!」


 アルファーディの口から思わず唸り声が出る。噛んだ瞬間、大量の肉汁が湧き出してきたのだ。そしてそれは全くしつこさを感じさせず、塩によってマイルドな甘みが十分に引き出されている。

 ウォルターの料理の腕前もあるのだろうが、これはそれだけではない。


「肉そのものの素材が良いのでしょうね。綺麗に仕留められ、なおかつ時間を置かずに上手く解体されている、なによりの証拠ですよ」

「お気に召した?」

「はい。足を運んだ甲斐がありました♪」

「そりゃなによりで。ワインも好きなだけ飲んでくれ。村長からもらったんだ」

「ありがとうございます」


 どこまでが社交辞令で、どこまでが本気なのかはウォルターにも分からない。だから深いことは考えず、言葉のとおりに受け取ることにしていた。

 そもそも相手が相手であり、考えたところでどうにもならないというのが、正直なところであった。

 そしてウォルターは、視線を子供たちのほうに切り替える。


「どうだー? お父さんの焼いたステーキは美味いだろ?」

「「んむ、んむ♪」」

「そうかそうか。いっぱい食べろな。足りなかったら、また焼くからよ」


 コクコクと頷きながら、一心不乱に肉と野菜をモシャモシャ頬張る子供たち。その姿にウォルターは、この上ない嬉しさを感じ取っていた。

 客人の姿に緊張している様子だったが、今はそれも取れている。

 美味しい料理の前であれば、人の心も裸になれるのだと、改めてそれを思い知ったような気がした。


「――もう八年になりますか」


 色鮮やかなワインが注がれたグラスを片手に、アルファーディが切り出す。


「あの時の小さな赤子が、ここまで元気に大きくなるとは……ウォルター君が、いいお父さんをしてくれているおかげですよ」

「そりゃどーも」


 その言葉自体は、ウォルターは素直に受け止めたつもりだった。実際、この八年の努力を認められることを言われるのは嬉しく、それを否定するつもりは全くない。

 しかし――


「それで? あんたは今日、何か大事な用があって来たんじゃないのか?」


 アルファーディの本当の目的について、しっかり問いただしておかなければならないとも思ってはいた。


「俺にこの子たちを託したっきり、八年も全く顔を出さなかったあんたが、ここに来て急に顔を出してきた。様子を見に来ただけとは思えないけど?」

「ほぅ……」


 興味深そうに相槌を打つアルファーディ。双子たちも食べる手を止めて、そのやり取りに注目していた。

 そんな子供たちの視線に、ウォルターの視線が交錯する。


「おまけにあんた、山で遊んでた二人のところへ、先に行ったらしいじゃないか。そこで何があったのかは知らないが、多分それらもひっくるめて、『何か』があるからこうして姿を現した……俺にはそう見えるんだがね」


 アニーとノアが、先に山でアルファーディと顔を合わせていた――ウォルターが聞いたのはそれだけであった。

 しかし、二人の様子からして、何かがあったのは間違いないと踏んでいた。

 とりあえず怪我などの大事らしさは見当たらなかったため、とりあえず先に腹ごしらえを優先させ、今に至る形であった。


「――流石はウォルター君です。やはり私の見込んだ方ですね」


 アルファーディはグラスに残ったワインを飲み干した。そして姿勢を正し、穏やかな表情を引き締めてくる。


「今日、私がこちらに伺ったのは他でもありません。あなた方にお話ししておきたいことがあったからです」

「話したいこと?」

「えぇ」


 軽く前のめりになるウォルターに、アルファーディは頷く。


「これからこの世界で、大きな事が起きようとしています。そしてそれには、この子たちの――アニーちゃんとノア君が持つ『力』に関係してくるのです」


 三人の親子が注目する中、アルファーディは語り始めるのだった――


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