028 勇者パーティの来訪



 村の中心部でもある広場には、老若男女問わず人々が集まっていた。ウォルターたちも遅れて広場に駆け付けたそこには、離れた場所からでもその様子が分かる光景が広がっていた。


「パパ、あそこ!」


 アニーもそれに気づいて、人々の前に立つ人物を指さした。


「もしかしてあれが?」

「多分な」


 銀色を中心とした豪華な鎧と剣を身に付け、腰には煌びやかな長剣を携えている。

整えられた長めの金髪。その頭には装着されたサークレット。その中心部に仕込まれている宝石が、太陽の光に照らされ、キラリと光った。


「間違いなく勇者ニコラスだろう。そしてその隣が――」


 青のラインが入った純白のローブを着用し、腰まで伸ばした栗色の髪の毛が、吹き抜ける風によって靡いている。八年経って顔立ちも成長こそしているが、十歳まで毎日見ていた面影は、確かに残っていた。


「マーガレット……ハハッ、すっかり聖女らしくなっちまってるや」


 ウォルターは思わず笑いが込み上げてしまう。彼の記憶の中では、彼女は単なる村娘の一人に過ぎなかった。服装もベージュや茶色などの汚れても目立たない色で、動きやすい恰好しか見たことがなく、上質さを全面的に出したものなど、想像もつかないほどだった。

 似合っているかどうかだけで言えば、似合ってはいる。

 しかし如何せん、ウォルターの中ではどうしても、違和感が拭えないでいた。

 やはり彼にとっての彼女は、生まれた時からずっと一緒だった幼なじみ――それ以上でもそれ以下でもないというのが、正直な感想であった。


「おとーさん、他にも二人いる」


 ノアがウォルターの服の裾を引っ張った。


「ぼくたちの村にもたまに来てた、剣士や魔導師っぽい恰好してる」

「あぁ。きっとあの二人も入れた合計四人が、俗に言う『勇者パーティ』ってヤツなんだろうな」


 剣士のほうは男。魔導師のほうは女であり、どちらの格好も金に物を言わせた上質な装備を身に付けていた。それでいて態度はかなり大きく、それが自らの地位によるものなのか、それとも実力故なのかは、見ただけで判断することはできない。


「……なんか嫌な感じ」


 アニーがウォルターの背に隠れるようにして、顔をしかめる。


「あの人たち、みんな目つき悪い」

「ん。嫌そうな人ばかり」


 ノアも不快な気持ちを隠そうとしない。しかしそれも無理はないと、ウォルターも思ってはいた。


「まぁなぁ……」


 遠くからでもよく分かる。ニコラスもその仲間たちも、あからさまにこの村の人々を見下している。王都がどのような場所かはウォルターにも分からないが、暮らしなどの環境全てが段違いなのだろうという、想像くらいはできた。

 しかし、マーガレットらしき女性は――


「…………」


 どことなく申し訳なさそうに、顔を背けていた。心なしか他の三人よりも、わずかに距離を置いているようにすら感じられる。

 あくまで、ウォルターの視点からそう見えるだけではあるが。


「マーガレット! あなた、マーガレットなんでしょう?」


 感極まる妙齢の女性の声が聞こえてきた。それがドーラであることは、ウォルターにはすぐに分かった。


「やっとこの村に帰ってきてくれて、お母さんはとても嬉しいわ」

「マーガレット。この八年間、連絡の一つもよこしてくれなくて心配してたぞ。しかしお前が元気でいてくれたのは良かった。随分と立派になってくれたな。父さんは心から嬉しく思うぞ♪」


 ドーラに続いて、ザカリーも声を躍らせている。彼女からの反応はなかったが、少なくとも人違いということはなさそうだ。

 つまり――


(マーガレット……この八年で、また随分と変わったもんだな)


 彼女は本当にかつての幼なじみである――そう確信づけることができた。

 記憶が十歳の時点でストップしているためか、すっかり大人の女性とも言える姿に成長したその姿に、ウォルターは内心かなり驚いていた。

 加えて、元気そうであること自体は、素直に嬉しいと感じる。

 しかし――


(何だ? ちょっとばかし様子がおかしいような……)


 当のマーガレットが、さっきから一言も口を開こうとすらしていないのだ。気まずそうに視線を逸らすばかりで、両親であるはずの二人からの言葉に、何一つ答えようとしていない。

 流石に変だと、ウォルターが思ったその時だった。


「――おい、貴様ら!」


 ニコラスが険しい表情で、マーガレットを庇うようにして、前に躍り出た。


「僕の聖女に気安く話しかけるな! 身の程をわきまえろ!」


 冷たく鋭い言葉が容赦なく投げかけられる。しかしザカリーとドーラは、負けじとニコラスに対して睨みを利かせた。


「わ、私たちはただ、八年ぶりに会った娘と話そうとしていただけです!」

「そうですよ! 親として当然のことをしようと……」


 必死に詰め寄りながら、親の立場として反論する夫婦。

 しかし――


「ハッ! 何を言い出すかと思えば、世迷言も甚だしいものだな!」


 ニコラスは鼻で笑い、マーガレットの肩に手を伸ばして抱き寄せる。


「マーガレットはれっきとした王都の出身だぞ? 小さい頃に両親を失い、孤児としてずっと生きてきたんだ。寝言は寝てから言いたまえ」


 あからさまに侮蔑を込めた笑みを浮かべ、ニコラスは言い放つ。ザカリーとドーラは絶句したが、すぐさまマーガレットのほうを見る。

 嘘だと言ってくれ――そんなすがるような視線とともに。


「……ごめんなさい」


 しかしそんな二人の願いは、瞬く間に崩されてしまうこととなった。


「私は、王都で生きてきた聖女です。この村に家族など……一人もいません」


 目を逸らしながらも、確かにマーガレットはそうハッキリと告げた。

 ザカリーとドーラは呆然とする。まるでこの世の終わりだと言わんばかりの青ざめた表情をしていた。

 村の人々も顔をしかめたり悲痛そうな表情を浮かべたりする者もいたが、ハッキリとニコラスやマーガレットに対して、文句をぶつける者はいない。そうしたら良くない結果しか起こらないことは、目に見えているからだ。

 ウォルターも子供たちの肩に手を添えながら、静観しているだけであった。


「――すみませんでしたな、勇者様」


 長老がスッと前に出てきて、ニコラスに深々と頭を下げる。


「ウチの村の者が、皆様の邪魔をしてしまい、誠に申し訳ございませぬ」

「……まぁ、別に構わん。過ぎたことをいちいち気にする僕じゃあないからな」


 丁寧に頭を下げられ、ニコラスも勇者としての器の大きさをアピールするかのように振る舞う。

 そしてコホンと咳ばらいをし、右手を高く掲げた。


「勇者パーティであるこの僕たちが、わざわざこんな田舎村に来たのは他でもない。我が新しい力の『試し打ち』にこの場を選んでやったのだ。せいぜいこのニコラス様に対して、心よりありがたく思うことだな。ハーッハッハッハッ!」


 高笑いするニコラスに、他の仲間二人もニヤニヤとした笑みを浮かべる。心から不安そうにしている村人たちの様子が、見ていて楽しいと言わんばかりであった。

 そんな中、唯一マーガレットだけは違っていた。

 ニコラスに成すがままとはなっているが、笑顔は浮かべていなかった。

 目の前の両親や長老を、少しでも視界から外したい――そんな意思とともに、なんとか視線を逸らした、その時だった。


「――えっ?」


 人混みの後ろに、その人物を発見した。二人の小さな子供を連れた青年を。

 十年前に、突如として離れ離れとなってしまった幼なじみの少年が、そのまま成長したかのような青年の姿を。


「ウォルター……なの?」


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