014 双子たちは霊獣を救う



「わ、悪い魔力?」

「うん」


 即答するノアに、アニーは大いに戸惑う。


「そ、それってどーゆーこと? てゆーか、ノア。なんでそんなこと分かるの?」

「なんか知らないけど、ぼくにはわかる」

「いや、それ答えになってないし!」


 思わずツッコミを入れてしまったアニーだったが、そのおかげで少しばかり冷静さを取り戻せたのも確かだった。

 すると――


「えっ?」


 ノアはアニーの手を取る。何事かと思ったその時、アニーは目を見開く。


「これ……ノアが言ってた?」

「うん」


 さっきまでは確かに見えていなかった。けれど今は見える。目を逸らしたくなるくらいの不快さを誇る、どす黒い魔力。それが霊獣の体中をうねるように巡り、まるで体そのものを削り取っているかのように傷つけていた。

 何がどうしてそうなったのか。そもそも何故、見えるようになったのか。

 それら全てが、もはやアニーにはどうでもいいことであった。


「なんか、うごうごしてる。すっごい気味悪いね」

「これを綺麗にすることができれば……多分助かると思う」

「キレイに……っ!」


 その瞬間、アニーも頭の中がスッと空っぽになる感覚に陥った。

 今までたくさん渦巻いていたものが、急に抜け落ちた。しかしそれに対して、慌てる気持ちは全くない。それが一体どうしてなのか、そんな疑問を浮かぶことすらどうでもいい――しいて言うならそんなところだ。

 気が付いたら、右手を伸ばしていた。

 苦しんでいる霊獣に向けて、スッと一直線にまっすぐと。

 何をしようとしているのかを意識していない。する必要もなかった。頭で考えるものではなく、心――否、体中の細胞全てで感じ取れば、それでいい話なのだ。

 己そのものに身を委ねる。

 流れに身を任せればいいのだと分かるから、アニーも抗うことはしない。


「っ! これは……」


 隣から、ノアの驚く声が聞こえたような気がした。しかしそれはどうでもいい。大事なのは目の前のことだけだ。

 霊獣に一直線に伸ばされたその指先から、淡いオーラが湧き出る。

 それが魔力であることを、アニーは知っていた。故に考える必要もない。ただ、それを包み込むように解き放てばいいだけ。

 そうすれば全てが終わることを、アニーは確信していた。


(……あったかい)


 アニーの口元が自然に綻ぶ。体中から沸き上がるほのかな光が、指先を伝って流れ出ていき、それは瞬く間に霊獣を蝕む魔力へと注がれる。

 黒い淀みが晴れてゆく。

 果てしなく汚れた流れが透明化し、透き通った綺麗な流れに昇華させる。

 止まることはない。身を委ねた光は広がり続け、淀んだ世界に眩い明るさをもたらしてゆく。

 やがて全ての汚れが消えた瞬間――光は収まった。


「ふぅ……」


 アニーが息を吐いた。そしてゆっくり目を開けると、苦しそうにしていた霊獣は、穏やかな寝息を立てて落ち着いている。


「霊獣さん……助かったみたい」

「ん。良かった」


 ノアの言葉にアニーが頷く。するとノアが、握っていた手の力を強めてくる。


「すごかったよ。さっきの」

「……ノアがあたしに見せてくれたおかげだよ」

「いつの間にできるようになったの?」

「なんか知らないけどできた」

「なにそれ」

「ノアだって、おんなじこと言ってたじゃん」


 双子たちは笑い合う。余計な理屈はいらないような気がしており、それ以上互いに詮索する気はなくなっていた。

 あれがアニーの全てであり、ノアの全て。もう、それでいいじゃないかと。


「グルル――」


 霊獣がのそりと起き上がる。うずくまっていてよく分からなかったが、四足歩行の獣型であることが、ここでようやく二人も認識できた。


「グルッ」


 ぺこりと頷く程度に頭を下げ、霊獣はそのまま歩き出す。ほんの数分前まで苦しんでいたのが嘘のように、軽やかな動きで茂みの外へと飛び出していき、あっという間に見えなくなる。

 事態が解決したことで安心したのだろう。他の獣たちも、それぞれ散り散りになるよう動き出し、残ったのは双子たちと最初から行動を共にしていた、ウサギ型の霊獣のみとなった。


「……なんか疲れちゃった」


 ノアがアニーの手を離すと、アニーも思いっきり両腕を突き上げる。


「そうだねー。今日はもう帰ろっか」

「うん」


 二人の意見が一致し、家に向かって歩き出そうとする。茂みという茂みをかき分けてきているため、自分たちだけで帰るのは殆ど不可能に等しかったが、霊獣に道案内を頼めば事なきを得られることは知っているため、二人とも慌てる様子はない。


「じゃあ、ウサギさん。悪いけど、ぼくたちをウチまで――」


 連れてってくれる、と言おうとしたその時、足音が発生した。


「え?」


 アニーとノアは同時に振り向く。どう考えてもすぐ傍で聞こえた。さっきまで確かにいなかったはずなのに、いつの間に『そこ』にいたのか。

 少なくともその『青年』は、双子たちからすれば初めて見る顔であった。


「えっと……」

「やはりお二人とも、持って生まれてきたみたいですね」


 ノアが何かを訪ねようとするが、その青年が話し始めてしまった。

 穏やかな笑みとともに近づいてくる彼は、傍から見れば不審者そのもの。しかし何故か双子たちには、その人物に怪しさの類は感じられず、むしろどこか懐かしいとすら思えてしまうほどだった。


「わずか八歳にして『覚醒』するとは……精霊王として、実に嬉しいです♪」


 ニッコリと笑う彼に、アニーとノアはまるで意味が分からず、顔を見合わせて首を傾げることしかできなかった。


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