004 王都からの使者



 それから、数日が経過した。

 村では連日の如く、お祭り騒ぎが続いていた。その主役は当然マーガレット。村から聖女が誕生したという事実は、村の人々を笑顔にさせていた。

 そんな中ウォルターは、特にこれといって、何事もない日々を送っていた。

 確かに『スキルなし』という事実は、周りの人々を驚かせはした。しかしながら、それだけでもあった。

 皆揃って、マーガレットを祝うほうに夢中となっており、すぐさまウォルターのことなど、誰も気にしなくなった。

 そのことに関して、特にウォルターは不満に思ったりはしていなかった。

 むしろ、それならそれでありがたいくらいだった。

 変に気を遣われたり絡まれたりすることもなく、平穏何一条を過ごせている――それがどれほど幸せなことなのかを、子供ながらに感じていた。

 その一方で――


(なーんかあれから、マーガレットとは会ってないなぁ)


 狩りで得た肉の塩漬け作業をしながら、ウォルターはボンヤリと思った。

 特に気まずいとか、そういうマイナス的な気持ちはないのだが、なんとなく会いに行くということもなかった。

 そもそも会うとすれば、決まって彼女のほうからだった。

 ウォルターから誘ったこともあるにはあるが、あくまで幼い時に数回程度。昨今では完全に、マーガレットから誘うのがお決まりとなっていたのだった。

 しかし今や彼女は、時の人と化した。

 外を歩けばたちまち村人たちが群がってしまい、思うように散歩すらできないほどであると、長老から聞いた。ウォルターも畑に向かう途中、たまたまその場面を目撃したことがあった。

 こんな山奥の小さな村でさえ、ここまで変わるものなのかと、ウォルターは思わず感心してしまったほどである。


(今やアイツも、自由に出かけられないも同然か……そりゃあ今までみたいに、毎日のように来ることもなくなるってもんか)


 塩漬けの作業を終えたウォルターは、軽く表情を引き締めた。


「よし。たまには俺のほうから、マーガレットに会いに行ってみよう!」


 幼なじみで毎日のように会っていたのだ。自分から会いに行くくらいは、別に普通のことだろう――そんなことを考えながら外に出た。

 すると、広場のほうから、妙に賑やかな声が聞こえてくる。


「……何だ?」


 一瞬、いつものお祭り騒ぎかと思いきや、どうも雰囲気が違っていた。広場へ向かってみると、その正体はすぐに明らかとなる。


「王都の守護騎士たちだ。真ん中にいるのは法皇の使いだってさ」


 そんな村人の声が聞こえてきた。

 王都にある神殿の長であり、人間界における全ての神官の長――それが法皇と呼ばれる存在である。

 その使いが、わざわざこの山奥の村に護衛を連れて訪れた。おまけに村人たちの先頭には、聖女のスキルを得たマーガレットがいる。

 もはや王都側の目的は、ウォルターでさえ考えるまでもなく分かってしまった。


「聖女に選ばれしマーガレット様。我々は、あなたをお迎えに上がりました」


 使いの男がマーガレットの前に立ち、丁寧に頭を下げる。


「この村の神官から連絡が来た時は驚きました。こうして訪れるまでは半信半疑でしたが、私が持つ魔法具にもしっかりと反応を示しておりますし、聖女のスキルを持つ少女が現れたというのは、本当だったのですね」

「そうですとも!」


 食い気味に強く返事をしたのは、この村の神官であった。


「我が村から聖女様が現れたことは事実。これはとても名誉なことであります!」

「えぇ確かに。あなたが担当した信託によって発覚したとなれば、それも立派な功績となることでしょうね」

「ははっ、ありがたき幸せにございますっ!」


 どこまでも大げさに、それでいて下からの態度を崩さない。こんな大人の姿を、ウォルターもそれとなく見たことはあった。


(この神官さん、王都の教会か神殿に、少しでも早く行きたいんだろうな)


 早い話が出世を狙っている――ウォルターは冷めた目でそう感じていた。

 王都の神殿は勿論、教会もこの村の途に比べれば、間違いなく立派で大きい。前に狩りの打ち上げに参加させてもらった際、酒に酔った神官の叫びを、たまたまその耳で聞いてしまったのだ。

 私はこんな小さな田舎村で終わるような男じゃない――と。


(確か、教会のエリートコースから外れて、この村に飛ばされてきたんだっけか)


 それもまた、神官が自ら零していた愚痴から発覚したことだった。それ以上のことは分からなかったが、碌でもないことだろうと思い、ウォルターもそれ以上、無駄に踏み込むような真似はしなかった。


(そんなオッサンからすれば、マーガレットの聖女スキルは、またとない大チャンスでしかないってことか)


 ウォルターが心の中でそう呟いている間も、神官は派手に身振り手振りをしつつ、王都からの使いの者に対し、アピールを重ねまくっていた。

 どこまでも必死過ぎるその姿は、少なからず見苦しさをも感じさせる。


「――コホン。まぁとにかくです」


 とうとう使いの男は、大きめの咳払いをして、遮るように話を変えにきた。

 構っていたら話が進まないと思ったのだろう――頷いていた使いの男もまた、少々うんざりしている様子であった。


「マーガレット様には、我々と王都へ来ていただきたいと思っております」

「お、王都に……ですか?」


 改めて発せられた申し出に、マーガレットが戸惑いを浮かべる。使いの男はコクリと頷き、そのまま話を続けるのだった。


「昔、勇者とともに、この人間界を救ったとされる聖女――そのスキルを得たマーガレット様は、王都で最先端の教育を受けて然るべきだと言われております。これは王都の……いえ、人間界そのものの問題とも言えるのですよ!」


 かなり熱の入った説得をする使いの男。何が何でも、聖女を王都に取り込みたいという気持ちが溢れ出ていた。


「そして王都には、勇者のスキルを持つお方――ニコラス様がおられます。将来はそのお方とともに魔王を倒し、世界を平和に導く使命を、全うしていただきたい。その為にも王都に留学していただくことが、我々の大きな願いなのです!」


 魔王――その言葉を聞いて、ウォルターは思い出していた。

 今、自分たちがいる人間界から海を渡った先にある大きな大陸――そこは魔族が暮らす『魔界』と呼ばれる国があり、そこの魔王と人間界の王族が、長きに渡り対立しあっていることを。

 かつて人間界から勇者が誕生し、聖女を含む素晴らしい仲間たちを集い、魔王を討ち取り世界に光をもたらしたという伝説があった。

 その勇者や聖女は、スキルとなって後世に語り継がれている。マーガレットはその一人に選ばれたということになるのだ。

 更に勇者スキルを持つ同年代の男もいる――これはなんという偶然だろうか。


(改めて考えてみると、これって凄いことなんじゃないか?)


 腕を組みながら、ウォルターがしみじみと思っていたその時だった。


「――あ、ウォルター!」


 困り果てて周りを見渡していたマーガレットは、幼なじみである彼の存在を見つけて笑顔となる。そして、人込みを無理やりかき分けながら、彼の元にやってきた。

 いつもなら「久しぶりね!」と顔を近づけてくることだろう。

 しかし今は、彼女にもそんな余裕はなかった。

 気まずそうに視線を動かしながら、ウォルターに尋ねる。


「その……今の話、聞いてた?」

「あぁ。聖女として王都に来てくれってことだろ?」

「――うん」


 ウォルターの言葉にマーガレットは頷く。


「私、どうすればいいと思う?」

「そんなこと、俺に聞かれてもなぁ……」


 ウォルターは頬を掻いた。はぐらかすとかではなく、純粋にどう返事すればいいのか分からなかった。

 マーガレットが行きたいか行きたくないかであるとはいえ、流石に問題の内容が大きすぎることも確かだ。あまりにも突然過ぎて決められない彼女の気持ちも、分かる気はしていた。

 するとそこに――


「失礼。キミは聖女様と親しい間柄のようだね?」


 使いの男が穏やかな笑みで、ウォルターに話しかけてきた。


「見たところ、キミは彼女と同じくらいの年のようだが、信託は受けたのかい?」

「一緒に受けましたよ。俺は『スキルなし』でしたけど」


 サラッと答えたウォルターに、その場の空気がピシッと固まる。使いの男も笑顔のまま、動きがピタッと止まってしまった。

 そして数秒後――男の笑顔が冷たい睨みに切り替わる。


「今すぐ彼女から離れてもらおうか。能無しが聖女様と馴れ馴れしく話すな!」


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