003 スキルなしと聖女



「そうか……ウォルターはスキルなしと判断されたのか」


 精霊の信託を終え、神官から結果報告を聞いた長老もまた、複雑な気持ちに駆られていた。

 ウォルターもその場で見たままの光景を伝えた。

 表情からして、それが決して偽りでないということは、長老も長年面倒を見てきたが故にすぐ分かることであった。


「――まぁ、気にするな」


 ウォルターの肩をポンポンと軽く叩きながら、長老は笑いかける。


「お前さんにはお前さんの良さがあるからの。これまでに培ってきた経験が潰れるわけでもなし。これまでどおり、この村で暮らせばよかろうて」


 それが慰めであることは言うまでもなかった。

 彼がスキルなしということを聞いたのか、傍にいる人々も、どこか気まずそうな表情を浮かべている。マーガレットもその一人であり、彼女は納得できないと言わんばかりに顔をしかめていた。


「あの……何かの間違いということはないんですか?」


 そう問いかける彼女に対し、神官は目を閉じながら首を左右に振る。


「それはありませんな。私はちゃんと精霊の信託を行いました。なんでしたら、私自身も信じられず、何回もやり直したほどです。しかし……専用の魔法具に反応が出ることはありませんでした。それが全てとしか言いようがありません」

「で、でも――」

「止めなさい、マーガレット」


 マーガレットの母親であるドーラが、彼女を制する。


「これも精霊様がお決めになられた運命なのよ。ウォルター君も、それをちゃんと受け止めているわ」

「あぁ、母さんの言うとおりだ」


 そして、マーガレットの父親ことザカリーも、娘の両肩にそっと手を置きながら、優しく声をかける。


「だからお前も、それをしっかりと受け入れなさい。ここで文句を言ったところで、どうにもならないんだからな」

「そ、そんな……」


 確かに言っていることは分かる。しかしマーガレットは、両親の言葉にどうしても納得ができなかった。

 スキルを一切持たない――それはそれで、かなり珍しいことだ。

 ある意味ではウォルターも、レアスキル持ちと言えるかもしれない。スキルなしという名のレアスキル、という考えが浮かんだ瞬間、マーガレットは思わず彼から目を背けてしまう。


(私のバカ! 余計にかける言葉が出てこなくなるじゃない!)


 マーガレットは目を思いっきり閉じながら首を左右に振る。その様子に神官は、悲痛そうな表情を浮かべながら彼女に近づいた。


「お優しいのですね。それでこそ、聖女のスキルに選ばれたお方です」


 神官はどこか芝居じみたような声をあげた。その音量も割と大きめであり、まるで村の人々に聞かせようとしているかのようでもあった。


「たとえどのような結果であろうとも、優しい心を送るその姿。マーガレット様こそ聖女の名に相応しい! 私も神に仕える者として、心から誇りに思いますぞ!」


 両手を広げながら、芝居じみた口調で村の人々に聞かせている。神官本人も気持ちよさそうな笑顔を浮かべており、やはりお偉いさんの演説にしか見えない。

 しかし、効果はあったようだ。

 ウォルターの信託結果に戸惑っていた人々が、徐々に笑みを浮かべ出し、周囲と頷き合う姿が見られる。


「そ、そうだな。流石は聖女に選ばれただけのことはあるよな」

「あぁ。俺たちのマーガレットこそが、聖女の生まれ変わりってことだよ」

「折角めでてぇんだから、暗い顔するなんざ勿体ねぇぜ」

「確かにな♪」


 村人たちにすっかり明るい笑顔と声が戻ってきた。さっきまでの気まずそうな雰囲気は、もはや吹き飛んでしまっている。

 そして再び話題の中心は、聖女スキルが判明したマーガレットとなった。

 両親に連れられて人々の中心にいる彼女は、恥ずかしそうに笑う。レアスキルが判明したことで、周りから祝福されている――それについては、純粋に嬉しい気持ちがあるのは確かなのだった。


「全く……凄いな、マーガレットは……」


 ウォルターはひっそりと呟きながら、少し離れた場所でその光景を眺めていた。

 すると――


「ウォルターよ」


 長老が穏やかな笑顔を浮かべ、声をかけてきた。


「さっきも言ったが、気を落とすことはない。ワシはお前さんの味方じゃからな」

「……うん。ありがとう、じいちゃん」


 育ての親でもある長老にそう言ってくれたことで、ウォルターは少しだけ胸がすいたような気がした。

 やはりスキルなしという結果は、少なからずショックだったのだ。

 更にマーガレットの存在だ。

 いつも一緒にいた幼なじみが、まさかのレアスキル持ちという結果。しかも名前からして、勇者と並ぶ存在といっても過言ではない。だからこそ、余計に衝撃を受けてしまったのである。

 付け加えて言うならば、ウォルターはまだ十歳の子供だ。

 どんなに取り繕ったところで、その精神は成長しきれていない。いくら大人たちに混じって仕事を手伝っているとはいえ、その事実は決して変わらないのだ。

 村の人々も決して悪い人たちではない。しかし状況が状況である。殆どがマーガレットの聖女スキルに浮かれて、お祭り騒ぎ状態だ。現時点で、ウォルターを気にかける者は、二人を除いて他にいない。

 もしここで長老に優しい言葉をかけられていなければ、彼は余計に自分が置いてけぼりを喰らったような気分に駆られていただろう。

 長老の親心に感謝するべきではあるが、生憎今のウォルターに、そこまでの意識はなかった。


(……まさか、スキルそのものを持ってなかったなんてなぁ)


 改めてウォルターは、信託の結果を思い出してしまう。神官の狼狽える姿、そしてその結果を聞いた長老――そして、幼なじみの少女が目を見開く姿が、脳内に落ちない汚れの如く、こびりついている感じがしていた。

 しかし、これもまた一つの結果であると、彼なりに思ってはいた。

 故に――


(まぁ、ここでくよくよしても、仕方ないか)


 ウォルターは開き直ることができた。まだ強がりな部分は否めないが、それでも拗ねて塞ぎ込むよりは、いくらかマシだと言えるだろう。

 再び、マーガレットのほうに視線を向けてみる。

 彼女は未だに、同年代の少年少女たちから詰め寄られており、彼女の両親は抱きしめ合いながら涙を流していた。

 とてもじゃないが、自分はあそこに入り込めない――ウォルターはそう思った。


「じゃあ、じいちゃん。俺、帰って畑を耕してくるよ」

「お、おぉ……」


 戸惑い気味に返事をする長老を背に、ウォルターは家に向かって歩き出す。そんな彼の後ろ姿を見つけ、マーガレットは切なそうな表情を浮かべていた。


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