002 精霊の信託



「おぉ、ウォルターにマーガレット。やっと来たか」


 やってきた二人を出迎えたのは長老だった。周りにも子供たちはいたが、皆それぞれ晴れやかな顔をしていたり、項垂れていたりと様々な反応だった。

 そんな様子に、ウォルターは首を傾げる。


「もしかして……もう始まってる?」

「うむ。後はお前さんたち二人だけじゃ」

「え、そうなの?」


 マーガレットが驚きの声を上げる。そして率先して彼女は手を挙げた。


「じゃあ、先に私いいですか?」

「うむ。行ってきなさい」


 長老が頷くと同時に、マーガレットは意気揚々と教会に向かって歩き出す。その去り際に、ちゃんとウォルターに「また後でね!」と、軽く手を振りながら小さく声をかけることも忘れない。

 残されたウォルターは、雑談がてら長老に話しかける。


「……じいちゃん、俺たちそんなに遅かった?」

「いやいや、他の連中が早く準備を終えてしまったからじゃよ」


 ウォルターの問いかけに、じいちゃんと呼ばれた長老は首を左右に振る。


「精霊の信託がお祭り騒ぎになるのは毎年のことじゃが……二年前に勇者が現れたせいか、自分たちにもその可能性があるのではと思う子たちが後を絶たん。レアスキルなどそうそう出るもんじゃないというに」

「それで早く信託してくれーって叫んだもんだから、予定より早く儀式が始まっちまったってこと?」

「まぁ、そんな感じじゃ。親御さんの後押しも凄まじかったぞい」

「なるほど」


 ウォルターは思わず感心してしまう。改めて少し周りを見渡してみただけでも、その気合いの入れようがよく分かる。


「それでも、信託って凄い盛り上がるんだなぁ」

「お前さんが顔を出したのは、実に数年ぶりじゃからの」


 前に来たのはウォルターが幼い頃――長老に引き取られたばかりの時、一回だけ信託の一部始終を見て以来だった。普段からお祭り騒ぎにそれほど興味を持たず、毎年開かれる信託に顔を出すことはなかったのである。

 するとここで、教会の扉が重々しく開かれる音が聞こえてきた。


「おっ、どうやらマーガレットの信託が終わったようじゃな」


 長老やウォルターを含め、その場にいる人々が注目する中、マーガレットは神官とともに出てきた。

 神官はいつになく興奮した様子で、皆に聞こえるように大きな声を出す。


「皆さんお聞きください! この村から聖女様が誕生なされました!」


 両手を広げてアピールする神官の後ろで、マーガレットが真っ赤な表情で恥ずかしそうに俯いている。

 長老も村の人々も、そしてウォルターでさえも驚きの表情を浮かべていた。


(マジかよ……俺の言ったことが本当になっちまったってのか?)


 聖女というレアスキルがマーガレットに当たった。

 一説によれば、勇者と並ぶ立場とも言われているスキルともなれば、神官が興奮してしまうのも無理はない。


『うおおおおぉぉぉーーーーっ!!』


 その瞬間、村の人々による大歓声が響き渡る。


「マーガレットが聖女スキルを持ってたってことかよ? こりゃエライことだぜ」

「まさかウチの村から聖女様とはなぁ!」

「この村が大繁盛するのも、そう遠くはねぇってことだよなぁ!」

「おめでとー、マーガレット!」

「後で皆でお祝いだねー」

「羨ましいわぁ。聖女様なら王都行き間違いなしってもんじゃない!」


 次から次へと笑顔と興奮に満ちた人々の声が聞こえてくる。

 更に――


「お、おい、聞いたか? ウチのマーガレットが聖女だって言ってたぞ!」

「えぇ、聞いたわ。まさか本当に……うっ、うっ……」

「バカヤロウ。泣くヤツがあるか!」

「アンタこそ大粒の涙ボロボロじゃないのよ!」

「ち、ちげーよ。これは男だけが流す、心の汗ってもんだ!」


 マーガレットの両親も、二人で泣きながら抱き合っていた。まさかの聖女様誕生がここまで場を盛り上げるとは――ウォルターは一人、やや冷静な表情で周囲を観察していた。


「まさか聖女とはのう……長老としては嬉しい限りじゃわい」


 そして長老は、笑顔でウォルターに視線を向ける。


「さぁ、ウォルター。次はお主の番じゃぞ」


 その声にコクリと頷き、ウォルターも堂々と教会へ向かって歩いていく。そして未だマーガレットに肩を回しつつ、手を振り続ける神官に話しかけた。


「神官様」

「おぉ、喜びたまえ。遂にこの村から聖女様が誕生して――」

「次は俺の信託をお願いします」

「――へっ?」


 ウォルターの言葉に、気分良く笑っていた神官は目を丸くした。そしてどこか浮かない表情で見下ろしてきた。折角レアスキル持ちが現れたというのに、まだ終わりじゃなかったのか――そんな無言の訴えを乗せて。

 それに対し、ウォルターは何故そんな微妙な表情をされるのかが分からず、戸惑いの表情で見上げていた。

 するとここで、ずっと恥ずかしそうにしていたマーガレットが、パアッと明るい表情を浮かべながら話しかけてきた。


「ウォルター、信託の結果を楽しみにしてるからね! 勇者だったら嬉しいわ♪」

「そんなご都合主義があればいいけどな」

「大丈夫。だって幼なじみとしてずっと一緒にいたんだから、あんたも私と同じくらいのレアスキルって可能性も、十分あり得るわよ」

「どんな理屈だよ、それ……」


 どこまでもブレない幼なじみに、ウォルターは思わず苦笑する。彼女の隣にいた神官も、ポカンとした表情を浮かべていた。

 そこに長老が、ウォルターの後ろからゆっくりと歩いてくる。


「マーガレットや。早くご両親に聖女スキルのことを報告してきなさい」

「あ、はい。じゃあウォルター。また後でね」

「おぅ」


 マーガレットもそれだけ言ってさっさとその場から去り、未だ号泣している両親の元へ向かった。

 そして長老は神官に視線を向ける。


「神官殿、この子が最後の一人ですじゃ。よろしく頼みましたぞ」

「分かりました」


 神官は慌てて表情を引き締めた。そしてウォルターに笑みを浮かべながら、教会の扉を開ける。


「それでは、教会の中へお入りなさい。これから信託を行いましょう」

「はい。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げ、ウォルターは中へ入る。その後に続き、扉をゆっくりと閉めながら、神官はニヤッとほくそ笑む。


(まさか聖女スキル持ちが現れるとは……この流れで、この少年にも何かレアスキルが現れれば、この村に飛ばされた私の未来にも、やっとバラ色が訪れるっ!)


 お世辞にも神に仕える者がする表情とは言い難いが、それにウォルターが気づくことはなかった。

 教会の祭壇に、水晶玉のような形をした魔法具が設置されている。

 神官によって案内され、ウォルターは水晶玉の前に立つ。そして神官も、水晶玉を挟んで対面する形で位置に付いた。


「――ではこれより、精霊の信託を始める」


 神官が目を閉じながら呪文を唱え、ウォルターがそっと魔法具に手を置く。

 信託の魔法が発動されたが――魔法具は何も反応を示さなかった。


「……ん?」


 ウォルターは思わず首を傾げる。何も反応がないというのはどういうことか、それを尋ねようと見上げると、神官の表情が引きつっていることに気づく。


「こ、これは、まさか……」


 神官は言葉を絞り出すように呟いた。そして再度呪文を唱えるが、やはり魔法具には何の反応を示さない。

 やがて神官は肩を落としながら、可哀想な目でウォルターを見下ろす。


「まさか、スキルを持たない子が現れるとは……予想外でした」


 その神官の言葉に、ウォルターは呆然とするのだった。


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