スキルなしで追放されたら精霊たちのパパになりました
壬黎ハルキ
第一章 運命の出会い
001 ウォルターとマーガレット
ここは、とある山奥の小さな村。
ベージュ色のお手製ワンピースに身を包んだ少女が、元気よく走っている。サラサラな栗色の長い髪の毛が、どれだけ揺れようが気にする様子はない。
その目指す先はいつもの場所――幼なじみの少年が暮らしている家であった。
「ウォルター、そろそろ時間よー!」
「おーぅ」
家の前で呼びかけた少女に反応した声は、庭から聞こえてきた。首にタオルを巻いて軍手を着用し、鍬を持った黒髪の少年がのそりと姿を見せる。
「今日はいつになく早いな、マーガレット?」
少年――ウォルターがそう尋ねると、マーガレットと呼ばれた少女は、むぅと頬を膨らませた。
「当然じゃない。今日は大事な『精霊の信託』を受ける日なのよ? むしろなんであんたは、そこまでいつもどおりなわけ?」
「そんなこと言われてもなぁ。慌てたところで、どーにもならないだろ」
ウォルターは鍬を、玄関脇の壁に立てかけながら言った。
「そもそもスキルってのは、生まれた時から決まってるんだしさ」
「……それはそうかもだけどね」
彼の言うことはもっともであった。しかしマーガレットは、それでも言い返したい気持ちでいっぱいだった。
「これで私たちの人生が決まるといっても過言じゃないんだよ? 精霊の信託っていうのは、それだけのものなんだからね!」
精霊の信託――それは、十歳を迎えた子供が必ず受ける儀式である。
人は生まれた際、何かしらのスキルを持っており、一説では世界を見守る精霊王が授けたとも言われているのだ。特殊な魔法具を用いて授かったスキルを判断し、その子供の将来の進路が、自ずと決まってゆく。
要するにこの世界における『スキル査定』ということだ。
勇者など選ばれた者にしか与えられない特別なスキルも存在すれば、逆に何の役にも立たないスキルも存在する。
それが差別の対象になることも、決して珍しくない。
特に王族や貴族、王都の王宮勤めなど、一部のエリート思考の強い職業に関係している者やその家系の場合は、尚更と言えるほどであった。
幸い、ウォルターたちが暮らしている山奥の村は、そうでもなかったりする。
どんなスキルだろうと仕事はできる。狩りや獲物の解体などをこなし、活躍している大人たちは皆、スキルに囚われない生き方をしている形であった。
ウォルターもその背中を見て育ってきた一人だ。
故に他の子供たちに比べると、気楽さが目立つと言えていた。
しかしマーガレットは、どんなスキルがあるのかをとことん楽しみにしており、素晴らしいスキルが欲しいと心から願っていた。
制反対とも言える意見が一致する気配こそないが、それで大きな喧嘩にならないこの二人の関係性は、他の子たちに比べると、かなり深いものだと言える。
「とにかく早く教会へ行きましょ! 遅れたりしたら長老様に申し訳ないわ!」
「へいへい。分かったからちょっと待ってろ。準備してくるから」
「急いでねー」
パタパタと手を振りながら、つま先だけでぴょこぴょこ飛ぶ仕草を見せるマーガレットに対し、ウォルターはどこまでもマイペースに行動していた。
これも昔からのことであった。
年相応に明るく元気な姿を見せるマーガレットに対し、ウォルターはどこか冷めた印象が強い。それでも大人たちに混じって狩りの手伝いをする姿は、割と周囲からも評価されることも多い。
だからこそマーガレットは、マイペースなウォルターに対し、少し不満に思うこともあった。
(全く……亡くなられたお父さまのために、いいスキルを授かってやるぐらいの気持ちはないのかしら?)
ウォルターの父親は、彼が生まれてすぐにこの世を去ってしまった。同時期に母親も姿を消してしまったらしい。
彼を引き取って育てた村の長老が、教えてくれたことだった。
マーガレットも聞いた当初は驚いたものだったが、ウォルターは存外それほど驚いた様子はなかった。
実感がないというのもあるだろう。しかし彼にとって、長老こそがたった一人の家族なのだ。実の両親に対しては、殆ど何の気持ちも抱いていない――それが彼の中に宿る確かな気持ちであった。
(まぁ、ウォルターならどんなスキルでも、やっていけそうな気はするけどね)
割と確信はあった。働かざるもの食うべからず――村長はそう言って、ウォルターを幼い時から働かせてきたのだった。
料理や掃除などの下働き、そして狩ってきた獣の解体作業も。
ウォルターの腕が上がってきたのを見計らい、時には村の大人たちによる狩りの遠征に同行させ、食事の世話や野営の経験も積ませた。
全ては彼が大人になった際、一人で生きられるようにするためであった。
(ウォルターもいつかは村を出ると思うのよね。もし私が冒険者向けのスキル持ちだったら、一緒に行ってあげようかしら? 幼なじみとして、私がアイツの面倒を見るのは仕方がないことよね)
自然とマーガレットの表情に笑みが宿る。少しだけ大人になった自分たちが、二人で一緒に村を出て旅をする――そんな将来が訪れる姿を思い描きながら。
「うっす。待たせたな」
そんなことを考えていると、ウォルターが着替えて出てきた。
「遅かったわね。早く行くわよ」
「おう」
踵を返して歩き出すマーガレットの隣に、ウォルターも自然と並んだ。そしてそのまま二人で、信託が行われる村の小さな教会を目指す。
そのまましばらく歩いたところで、マーガレットがポツリと言い出した。
「もしスキル次第では、王都の学校に行けるかもしれないのよね」
「冒険者を育てる学校だったっけ? 剣士とか魔導士とかのスキルなら、ほぼ間違いなく留学できるらしいな」
「むしろ専門分野を学ぶなら、王都への留学を推奨されてるぐらいだもんね」
無論、これはあくまで強制ではなく、決めるのは本人次第となる。王都への留学を取りやめて、そのまま町や村の学校に通う手段もあるのだ。
しかしその選択をする者は、本当にそれ相応の理由がある者に限られる。
普通の町や村の学校は、あくまで最低限の一般的な教育しかしない。各々の持つスキルがそのまま将来に直結するといっても過言ではないため、特別な事情でもない限りは、王都の養成学校に進学するのが殆どだ。
「とはいってもなぁ……スキルに恵まれてるかどうかが、そもそもの問題だろ?」
これはこれで、ウォルターの言うとおりでもあった。スキル次第では、養成学校留学の枠に入れないことも珍しくない。
昔はそれで差別の対象となっていたほどだった。
もっとも場所と時代に大きく左右されているのも確かであり、この山奥の村では、そのような傾向は少ない。
故にウォルターたちもまた、スキルに雁字搦めになるということはなかった。
あくまで子供特有の『憧れ』みたいなものである。
「まぁ、これがもし滅多に出ないレアスキルみたいなのだったら、王都行きは決まったようなもんだろうけどさ」
「確かにね」
ウォルターの言葉にマーガレットは苦笑する。
「勇者とか聖女なんてスキルだったら、王都からスカウトされちゃうかも」
「案外マーガレットが、その聖女的なのに選ばれたりしてな?」
「まっさかー」
からかい気味に言うウォルターに対して、マーガレットは手のひらをヒラヒラと上下に振りながら笑い飛ばす。
「いくらなんでもそれはないわよ。出るとしても、せいぜい王都で暮らしている貴族様か王族のどっちかだわ」
「そういや、二年前に出た勇者ってのも、王都の貴族だったっけか」
正確には勇者スキルを持つ者である。普段は滅多に流れてこないニュースが、その時に限っては山奥の村にまでしっかりと流れてきたのだった。
「あんときはいかに王都が舞い上がってるかが、よーく分かった気がしたよ」
「全くよね」
その時のことを思い出し、思わず二人揃って軽く噴き出してしまう。内容自体はどうでもいい。幼い頃から当たり前のように味わってきた空気が、今もなお心地良くて仕方がないのだ。
こんな時間がいつまでも続けばいいと――本気でそう思えてしまうほどに。
「……ホントのこと言うとさ。いいスキルが出たらなぁ、とは思ってるんだよな」
するとここでウォルターが、俯きながら神妙な表情を浮かべた。
「じいちゃんも、きっと喜んでくれるだろうし」
「あら、そんなこと考えてたんだ?」
「別にいいだろ」
「悪いとは言ってないわよ」
マーガレットは仕方ないなぁと言わんばかりに、小さなため息をついた。
「心配しなくても、長老さまはウォルターのことを認めてるわよ。ただ、表立ってそれを言ってないだけでね」
「そうか?」
「うん。幼なじみの私が言うんだから、間違いないって!」
隣を歩く彼の肩を軽くポンポンと叩くマーガレット。彼を励ます仕草として、それも幼い頃からしてきたことだった。
しかし十歳にもなれば、それ相応の恥ずかしさも覚えてくる。
だからこそ、ウォルターも視線を逸らしつつ、誤魔化すように空を見上げていた。
「まぁどっちにしろ、スキルが分からないことは始まらない話だけどな。考えるのはそれからだ」
「……開き直ってるわねぇ。ウォルターらしいとは思うけど」
相変わらずの幼なじみの反応に、マーガレットは小さくため息をついた。そうこうしているうちに、目的地の教会がある広場に、二人は到着した。
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