第11話 探偵の素質
「またかよ。キモっ。しかも四人かよ」
「キモって。失礼な。俺はこれでも一部の人たちの間ではすごく人気ある顔なんだぞ」
壱馬の身体の江間川が喋った。
「いや。いいってそんな報告いらん」
「っ。とにかくさ。お前さ、これ以上、俺を失望させんなよ」
「失望って。アンタの為に生きていないし」
どうせ、ここで江間川が出てきたのはこの試験について苦言を呈しにきたのだろう。
俺はため息をついた。江間川は恐らく俺の思っている全てをお見通しだ。
江間川のニヤニヤした顔がムカつく。
「劉。正解だよ。俺はお前の「自分の得にならない」か否かで判断することを説教しに来たよ」
神前の身体で、江間川の顔が喋った。
どうでもいいが江間川が俺を下の名前で呼んでいる。これは初めてだろう。別に嬉しくはないか気持ち悪い。
「はぁーうぜぇ。本当うぜぇ」
「うぜぇじゃないの!いいかい。君は神様の思し召しをもらってチャンスを貰った。それがどういうことか解るか」
「解るかって。あーあれでしょ。人のために生きろ~とかそういう」
俺は心底面倒臭くなってきた。江間川が睨みつけてくる。江間川は普段からにやにやしているので、にらみつけてくると若干恐い。江間川はまがまがしい空気を醸し出し始めた。
「人の為に生きろってことは簡単じゃないよ。それは
俺はおぞましい江間川の空気に怖気づく。江間川が笑う。
俺はこいつが、完全に自身の立ち位置が上だと自覚をしているのが解った。こいつの嫌なところだ。確かに俺の命は俺だけのものじゃない。悲劇にも見舞われてしまった美少女の白石喜和子のものでもある。
厄介なことに、俺と喜和子は運命共同体だ。俺が怖じ気づいたのを察した江間川は更に大声で笑う。
「おい。そんな大声で笑ったら他の奴らに勘づかれるぞ」
俺は咄嗟に江間川の口を塞ごうとするも、さらりとよけられる。江間川が舌打ちをした。
「劉。解っていないね。俺が人に乗り移った時点で、時間が止まる。だから、乗り移られた人も、他の奴らも時間の経過はしていない。だから俺と話している劉の時間も経過していない」
「は?」
「だから俺が何しようとも、俺とお前だけのことだから気づかない。知らなかった?」
「っ。言われてみれば」
「だろう?劉は俺の偉大さを解っていない」
江間川の空気は先ほどより軽くなる。正直なところ、コイツのご機嫌を取っていたほうが自分に得なことが多いのだろう。悔しいことに俺は江間川に命を握られている。それを忘れてはいけないということか。
「解ればよろしい」
「はーうざい」
「うざいって言葉禁止ね」
「はいはい」
「ということだから、劉。試験受けてね」
神前の身体で江間川が言った。江間川は神前の身体を使って右手の指を鳴らした。
すると、四人は元通りになった。
神前が口を開く前に俺は遮るように喋る。
「あの、神前さん。お、私、試験受けます」
「え?本当にいいの?ま。私もこんな断れない状況を作っておきながらだけど。喜和子ちゃんは悪い大人に騙されてこんなことになったからね」
俺はここで神前の本音だと思ったが、それと同時に中身が俺の喜和子に期待しているのが解った。中身が二十八歳の成人の男で、見た目が七歳。
それじゃあ、変な感じかもしれない。
「悪い大人に騙されたからこそ、そんな目に他の子が遭わないようにしたいです」
「そう。私は嬉しいよ、喜和子ちゃん」
「そんな喜ばなくても」
神前は目を潤ませながら感動しているようだった。神前は諒子、映見、壱馬に伺いを立てるように見る。
「皆は喜和子ちゃんが仲間になっても大丈夫?」
「異論はありません」
「ないです」
「大丈夫」
壱馬が真っ先に答えたのが意外だった。壱馬は新しい人を受け入れない空気感があるからだ。もしかしたら、物静かなだけで本当はいい人なのかもしれない。そんなことを思っていると壱馬が俺を見つめてきた。
「最初、お前を見た時、嫌な空気を感じた。何か気に入らないというか。でも、今日、お前の様子を見て考えが変わった。案外、まともなんだな」
「それはどうも」
俺は今さっき思ったことを撤回したい気分になった。雰囲気通りのやつで失礼な性格なのだろう。神前が笑う。
「ごめんね。喜和子ちゃん。壱馬はちょっと人の気持を理解しようとしないというか。自分本位なところがあって。昔は違ったんだけど。悪気はないの。私に免じて許して」
「いいや、いいですよ。昔、何か遭ったんですか?」
壱馬が少し不機嫌な表情を浮かべる。もしかしたら結構な地雷なのかもしれない。更に突き詰めるなら、壱馬が杖になってしまった原因にも関係しているのだろうか。
「それはね。壱馬の個人的なことだから。ごめん、教えられない」
「そうですか。すいません」
俺が謝罪をすると、壱馬の表情が少しだけ和らいだ。何で今みたいになったか興味本位に知りたいところだが、本人が言ってほしくないなら仕方ないだろう。
まあ、野郎の過去なんて正直どうでも良い。自分の身体が元に戻ったときの土産話くらいにはなるだろう。こんなことを思っていると、江間川にまた説教されるかもしれない。
「神前さん。ありがとう」
壱馬は少しだけほっとした声色だった。神前を信頼し、神前も壱馬にかなりの信頼をしているのだろう。それも神前の心遣いや気配りあってのことだ。
神前の懐の深さに驚くことばかりだ。だからこそ、この『養護施設 てんし』に依頼等々が舞い込んでくるのかもしれない。
とにかく試験が受かるか否かかはどうでも良い。俺の身体が元に戻るためにどんなことでもやる。
俺はそんな覚悟を持たなければこの先、厳しいと解った。
探偵の素質 (了)
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