第10話 養護施設 てんし の秘密

ある夜のことだった。

俺はトイレに行くためにベッドから出た。ベッドから出る際、映見がいない気がした。映見もトイレに行っているのかと俺は思った。けれど、ふとホールを見ると電気がついた。俺はそっちのほうへ行く。神前かみさき映見えみ君島きみじま諒子りょうこの姿が見えた。俺はこっそりと後ろから姿を見る。

「映見ちゃんと諒子ちゃん。今回の任務は養護施設 てんしの存続が掛かったことなの。いいかしら。強制はしないわ。無理なら私のほうで何とかするから」

「神前さん。私も諒子ちゃんも今回も大丈夫。いつもの任務を遂行するようにやっていけばいいと思ってるし」

映見は少しだけ力強い声色だった。今回の任務とは、養護施設の存続に関わっているとはどういうことなのだろうか。俺は息を潜めて、会話に聞き耳を立てる。神前は少し咳きをした。

「危険な目には遭わないようにする。何かあったらすぐに私に連絡入れてね」

「危険って」

諒子は不安そうな声色だった。『養護施設 てんし』は想像を超える何か、秘密があるのかと思うと少しだけ面白く思えた。所謂、土曜日のゴールデンタイムでやっている二時間ドラマのサスペンスみたいなものと似通う。


「これまでの任務でも、あったよね。人身売買とか、売春みたいなのだよ。私は子供たちが酷い目に遭うのが耐えられない」

神前の言葉は心の奥底からのものに思えた。

もしかしたら、白石喜和子を助けたのがこの養護施設なのかと俺は思った。けれど、子供だけで成し遂げられないだろう。あくまでも補助で、多くは別部隊がやっているのかもしれない。

「神前さん。確かに前回の任務、直接のやり取りは私達になかったですよね。今回も大丈夫だと思います」

 諒子の言い分だと潜入捜査的なことをやっていたということか。

「そうかな。ペドフィリア(小児性愛者)のところに行くわけだから。気を付けないと」

「そうかもしれないですが。大丈夫ですよ」

「大丈夫って過信がヤバいの。何かあったらすぐに私に連絡ね」

神前は力強い言い方だった。それは神前の本物の姿に思えた。俺は想像を越える凄い場所にいるのかもしれない。三人の話に一生懸命になっていると、後ろからの音に気付かなかった。「何を聞いている」という言葉と同時に俺はその声の主が誰か解った。

 新藤しんどう壱馬いちまだ。彼は喜和子よりも十歳上の十七歳の高校二年生で、足が悪く杖をついている。外見は目鼻立ちが整い、憂いを満ちた表情が綺麗で芸能人でも通用するレベルだ。

難点なのは基本的に何を考えているか解りづらいところだ。年下の子供たちの面倒を見るタイプでもなし、愛想の良い感じでもない。近寄り難い存在だ。

俺はいつもなら杖を突く音でわかるはずだが、話しに集中しすぎていたようだ。

「壱馬。どうしたの?え?喜和子ちゃん?」

「ああ。こいつ、話を聞いていたらしい」

「あ。えっと。ごめんなさい」

俺は咄嗟に頭を下げる。子供ならではの武器を使えば盗み聞きをチャラに出来るかもしれないなんて思ってしまった。しかし、神前の反応は怒っているというより、拍子抜けしているようだった。

「えっと。聞いてしまったよね?」

「は、はい」

「そうだね。まあ。隠すの無理だから、この際話しますね」

「え?」

「ここから話す内容はこの『養護施設 てんし』内でしか話したらダメだよ」

神前の口調は強くなった。咳払いをする。

「この養護施設 てんしでは可能性のありそうな子供に探偵の真似事をしてもらっているの。勿論のこと、依頼主から報酬を貰ってね。で、その報酬は勿論、任務を遂行した子供と施設に割振るわ。ま、この施設で探偵をしながらちょっとしたお小遣い稼ぎが出来るってわけね」

神前は髪の毛をかき上げる。神前と初めて会ったときの印象と今とでは大分、違う気がした。今、目の前の神前が本当の姿なのかもしれない。

「で。まあ。依頼という名の任務はそれほど多くはない。一件の案件の報酬がかなりでかい。そういう感じね」

「あの、可能性がありそうな子っていうのは試験とかそういうのをやるの?」

俺は「可能性のありそうな子」というのが試験等々を行って選出するものだと解る。神前が微笑む。その微笑みから試験での選出を行っているという回答なのだろう。

「そうなの。正直、私は喜和子ちゃんに可能性を感じていたのよ。ふとね、貴女は七歳と思えない表情や雰囲気を感じてね。大人びているというか、よく一般的な七歳の子より秀でいる。勿論、映見ちゃんも諒子ちゃんもそうなんだけど」

俺はその言葉に少し焦りを感じていた。探偵の真似事を担っているような人は直感が大いに働く。そうとなれば俺が本当は二十八歳だと容易にバレるのかもしれない。

でも、今の言い分だとうっすら気付いているのかもしれない。まあ、現実に二十八歳の男が美少女に転生するなんていうおかしな現象を信じる人なんていない。

「神前さんは私に試験を受けさせたいと思っているということですか?」

「ま。そんなところかな。あ、無理強いはしないよ。どう?」

 俺は少し考える。仮に俺がもし、この探偵試験みたいなもの受けて、元の姿に戻れるのだろうか。

 正直、誰かの冒険譚や何かの事件の話を聞くのは興味がそそる。けれど、自分自身が当事者になってとかは面倒臭い気がした。

 俺のこれからに関係するようでもなさそうだし。仮にこの施設の経営が破綻して潰れたとしても何とかなると思う。

 だって、今の俺の外見は七歳でしかも、美少女だ。なんて思っていると、神前、諒子、映見、壱馬の動きが止まる。

 正確には完全に静止した。ゆっくりと、四人の顔が江間川大輔の顔に変わった。


養護施設 てんし の秘密 了

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